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028 真の勝利者

「暗黒空間は物理的な攻撃の一切を受け付けない堅牢な牢獄。捕らえた相手も、消し去った欲望も全てこの空間に閉じ込めている。つまり、物理でどうにか出来ないのなら、精神の力でどうにかしようって話ね。ハルカゼくん。君の欲望を解放なさい。暗黒空間でも飲み込み切れないほどの欲望で、全てを壊しなさい」




 君なら出来るわとモルガナが囁く。


 モルガナには勝算があった。魔王と勇者が消えた後、魔法の鏡を通して観察し続けていた他次元。そこに生まれた勇者の魂を持った晴太のことを、ずっと観察していたのだ。




 魔女として長い年月を生き続けたモルガナをして、晴太の欲は実に並外れていると言えた。女の子を追いかけることこそが、生きている理由そのものであると言えるほどだ。




 そんな晴太の欲望と、勇者の力が合わさったのならば。攻略不可能とまで言わしめた暗黒空間すら打ち破れるに違いない。そう確信をしていたのだった。




(まぁ、本・来・の・暗黒空間では流石にハルカゼくんとて攻略不可能でしょうけれど。今回は、ね……フフッ)






「りょ! それ間違いなく俺の得意分野! どうすればいい?」


「集中なさい。君の欲望の全て、その剣に乗せて再び空間を斬るのよ」


「承知ーッ!」




 言われるがままに晴太は瞳を閉じて、意識を前に構えた剣の一点に向け始める。


 頭の中で、ありとあらゆる思い出が渦を巻く。






 一番古い記憶は三歳前後。親族のお姉さんに可愛い可愛いと持て囃されたことから始まる。そこから幼稚園では美人の先生にべったりとくっつき、仲良しの女の子達と毎日のようにおままごと遊び。幼さを武器に、道行く女性にも平然と声を掛けていた。




 小学校では低学年の間はクラスメイトの女子と遊ぶ機会が多かったが、高学年ともなれば少しばかりの恥ずかしさも生まれる。少し気取って遊びに誘うようになった。




 しかし中学校に入学した途端に恥じらい消え失せ、再び道行く女性や女子生徒に声を掛けるようになった。更に守備範囲も広がったのだ。下は同年代から上はマダム世代まで。時折、怖い男子諸君に睨まれることもあったが、持ち前の陽気さと人当たりの良さで大事にならずに今日まで生きている。




 晴太は自身の女性好きを、生まれ持っての天性の癖であると認識していた。もうどうしようもないのだ。


 だからと言って、決して女性を困らせたい訳ではない。女性が好きだから知り合いたい。眩しい笑顔が見たい。あわよくば仲良くして欲しい。さらに言えば付き合って欲しい。


 それだけなのだった。






 今日まで出会ってきた女性の名前を一人一人心の中で呼んで、その姿を思い浮かべる。


 妄想は自由だ。現実では素っ気ない彼女達であっても晴太の頭の中では皆、きらきらと輝く笑顔で晴太の名前を呼び返してくれていた。




「へへっ、えへへっ! みんなっ、みんな大好き~~ッ!」




 晴太のデレデレとした声と共に、剣にどどめ色の禍々しいオーラが集まっていく。決して、勇者の剣が放っていいオーラではない。


 脳裏にいのりと薔薇ローズの姿が浮かぶ。薄桃色のキラキラとした空間の中、二人に挟まれて晴太の興奮は最高潮に達していた。




(晴太くん。今度、屋上で二人きりの秘密の勉強会、しよっか?)


(二人きり……秘密の……!? 委員長、手取り足取り、お願いしますッ!)


(ククッ……、我にも付き合え。サービスだ。直々に愛でてやるぞ……?)


(あっ、そんな! 情熱的すぎるよ、薔薇ローズちゃんーーっ!)




「委員長ーッ! 薔薇ローズちゃーーんッ!!」




 晴太の妄想の中のいのりと薔薇ローズは、どちらも心なしか潤んだ瞳でしなを作って晴太に迫る。


 現状、現実には絶対的にあり得ない光景である。だが、それが良い。現実的ではないからこそ、妄想は楽しいのである――!






「ぬぉぉおおおッ!! 春風晴太にはッ、いつか叶えてみせたい夢があるーッ!!」






 願望を込めに込めた欲望を解き放つ!


 どどめ色のオーラが怒涛の勢いで剣を伝い膨れ上がる。オーラはバチバチと音を立てて炎の様に揺らぎながら、本来の刀身をすっかり覆い隠して剣を何十倍もの大きさに見せていた。


 両腕と腹に力を込めて、剣を大きく振り上げる。天まで届きかねないほどの巨大なオーラの剣。手に伝わるずっしりとした重量こそが、晴太の欲望の証明だった。




「必殺ッ! なんか取り合えず叩き斬る!! そぉいッ!!」




 晴太は掲げた剣を力強く振り下ろした。ブォンと風を切る大きな音を立てて、どどめ色のオーラが激しく震えて爆発した。




「ぬおぉぉっ!?」




 巨大な風船が弾ける様な、鼓膜を震わせる激しい爆発音と視界を塗りつぶすどどめ色。


 思わず剣から手を離し、きつく目を閉じた晴太は両腕で自身の顔を隠した。直後、どどめ色を塗りつぶす様に白い光が空間を塗りつぶす。




「――……よくやった、器よ」


「薔薇ローズちゃんっ!」




 キンと耳鳴りのする中で、晴太は薔薇ローズの声を聴いて目を開けた。


 まだ全てが光の中に居て、薔薇ローズの姿はシルエットでしか分からない。けれども確かに近づいてくるその姿に向かって、晴太も一歩足を踏み出した。




「薔薇ローズちゃんお待たせ! 君の勇者! 晴太だよーっ!」


「ククッ! そうだな。貴様は確かに――我が勇者だ!!」




 晴太の胸にズンッと重たい衝撃が走る。




「……え?」




 視線を下げると、開いた薔薇ローズの手が胸元に押し当てられているのが見えた。


 やだ薔薇ローズちゃん、積極的。そう思いながらも、薔薇ローズの手の平と自身の胸の間に走る光のきらめきを晴太は見逃さなかった。


 光は薔薇ローズの手の平から晴太の胸の中へ。


 全てが収まりきった途端、立ち尽くしたまま晴太の意識はぷつりと切れた。

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