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027 欲望を解放せよ

 果てのない夜が広がっている。

 足元の荒野を照らすのは、空に浮かぶ星々に似た何かの煌めきのみ。音もない。生物の気配もない。ただそこに在るというだけの場所。


 次元の裂け目の先に広がる光景に、晴太は薄ら寒さを感じていた。


「あら、怖がらせちゃったかしら?」


 羽を羽ばたかせ、小さな黒猫姿のモルガナが晴太の耳元で囁いた。

 見た目に反して艶のある声色に、晴太はびくりと肩を震わせ頬を赤める。


「全ッ然ッ! むしろ実家みたいな安心感っていうの? そういうの感じてますよ!」

「フフッ、頼もしい限りね。さぁ、それじゃあ早速頑張ってね。ハルカゼくん」

「へぇ? モルガナさん? モルガナさーんっ!?」


 晴太の元からふわりとモルガナが飛び立つ。

 モルガナは姿と気配を消す魔法を自身にかけ、その身を闇に溶かした。


 消えたモルガナを探し四方を見渡す晴太だが、その視界には果てのない夜と荒野が広がるばかり。途方に暮れながら背後を見ると、晴太はたまらず目を見張った。


 晴太の背後には暗黒が広がっていたのだ。

 一歩先すらも見えない漆黒。思わず晴太が後退ると、唐突に闇が白ずむ。だがしかし、夜が明けたわけではない。開かれただけなのだ。

 晴太の眼前に存在する、巨大な眼球を覆い隠す幕が。


「――汝。次元を乱す者。――汝。存在しえぬもの。――汝。罪の証明」


 地響きにも似た声が晴太の鼓膜を震わせる。

 物言わぬはずの眼球の一方的な言い分に、晴太は恐怖を飛び越え怒りが湧いた。身の丈を優に超す巨大な眼球に対し、晴太は手にした剣の先をビッと突き付けた。


「難しいこと言ってるけど、俺のこと馬鹿にしてンの伝わってんだかンなッ!! てかよっ! 薔薇(ローズ)ちゃんどこだよ早く出せーッ!」


 ワッと喚きたてて、剣を激しく上下に振る。

 まるで駄々をこねる子供の様な晴太を前にしても、眼球はぴくりとも動かない。ただじっと晴太を見つめていた。


「――汝。異端なるもの。――汝。欲深きもの。――汝。消滅すべし」

「勝手に人を値踏みすなっ!! って、ン? 消滅?」


 告げられた言葉を反復すると共に、晴太の視界が再び漆黒に塗りつぶされる。

 途端に頭の上から足元までが、真っ暗闇の中に閉じ込められた。脳裏に薔薇(ローズ)が消えた瞬間が過り、これこそが薔薇(ローズ)(さら)ったモノであると気が付いた。


「ふんぬっ!!」


 怒り心頭で晴太は手にした剣を足元に突き刺した。剣先が何かに刺さった感覚はあるものの、変化がない。手当たり次第に突き刺し、周囲に向けて剣を振ってはみるが、やはり手応えを感じられずに晴太は子供の様な癇癪交じりの声を上げた。


「ぬわーッ! どないせいっちゅーねん!」

「出られるわよ。君ならね」

「モルガナさん! 無事で良かった~!」


 何もない空間に響いたモルガナの声に、晴太はほっと胸を撫で下ろした。


 モルガナは思わず場にそぐわぬ苦笑を漏らす。逃げる為に消えた自身の安否を気遣う晴太がおかしくてたまらなかったのだ。

 惰弱な人間が強者である魔女を案ずる。

 最強の魔女として君臨し続けているモルガナにとって、誰かに心配されるということは初めての出来事だった。


 だからモルガナは何時もより上機嫌で晴太に助け船を出すことにする。

 哀れな(うつわ)の少年に、ひと時の救いをと。


「いい? 君が目にしたあの目玉。あれが地上で暴れていた光の剣士、その実体よ」

「全ッ然、勇者要素無いンすけど!」

「当然よ。ここは次元の狭間。奴らの本拠地なんですもの。本来の姿により近づくのも当然ね。そして今、君がいるのは暗黒空間。フフッ、何のひねりもないそのままの名称でおかしいわよね。でもそうとしか呼べないのよ。完全なる闇。全てを飲み込み遮断する黒。君も見たでしょう? それに成す術もなく飲まれる魔王サマを」

「てことは! もしかして、薔薇(ローズ)ちゃんもこの中にいんのか!?」

「御明察。暗黒空間は全てが繋がっているわ。魔王サマだけではない。今まで捕らえられた全てがそこにね」

「てことは!? 全部救えば俺は間違いなくヒーロー、つまり勇者ってこと!?」

「そうね。全てを救えるのは勇者のみ、即ち君だけよ。でもね、その空間を打ち破るのは力ではないわ。欲望よ」

「欲望?」


 思わぬモルガナの発言に、晴太は一瞬、困惑する。しかし次の瞬間、その顔に満面の笑みを浮かべた。


 晴太は勇者の力を扱えるだけの、普通の人間である。戦いとは無縁の世界で生きて来て、剣の扱いだって知るわけがない。此処へ来たのだって勢いでしかなかった。

 命を削り合うような戦いであれば、勝てるかどうかはわからない。


 だがしかし。欲望の話となれば別である。

 つまり晴太は、これは勝てる戦いである。そう踏んだのだった。

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