026+α 駆け付けた魔法使い
「……っ、痛、なんだ……ここはどこだ……?」
晴太たちが次元の裂け目に姿を消してほどなく、藤ヶ丘は鈍い頭痛と共に目覚めた。
見慣れぬ景色に慄きながらも、冷静に周囲を見渡す。見える景色の高さから、ビルの屋上だということを理解して藤ヶ丘はよろめきながら立ち上がった。
ぼやけた視界で出入り口の扉を見つけ、おぼつかない足取りでそこを目指す。扉に手をかけ屋内に入ると共に、胸ポケットをまさぐってスマートフォンを取り出した。
警察に連絡をすべきだろうか。それとも救急車?
「……大丈夫です。先生は巻き込まれただけですから」
「なに?」
悩む藤ヶ丘の耳に聞きなれた生徒の声が届く。
時刻は既に二十時を過ぎている。こんな時間にこんな場所に誰が。
誰だと口にしかけて、藤ヶ丘の意識は再び泥の中に沈み込んだ。立ちながら、深い眠りについている
藤ヶ丘の反応がなくなったことを確認して、暗闇の中からオーバーサイズのパーカーに身を包んだいのりが姿を現した。
「睡眠魔法……上手く出来たかな……」
恐る恐る藤ヶ丘の顔を覗き込む。
整った顔立ちを緩めることなく眠りについている様子に、いのりはほっと胸を撫で下ろした。
「えっと、ここから更に……認識、改変」
いのりは胸の前で手を組み、祈りを捧げた。
柔らかな色合いの光の粒子が集まって、藤ヶ丘へ向けて飛んでいく。光が藤ヶ丘に届いたことを確認して、いのりは静かに呟いた。
「先生は今日、ここには買い物で来ていた。屋上になんて行っていない。目当てのものが無くて、エレベーターに乗って手ぶらで帰るところ」
いのりの言葉が届いたのか。眠ったまま藤ヶ丘は動き出し、エレベーターのボタンを押す。程なくして到着したエレベーターに乗り込むと、一階のボタンを押して扉を閉める。
エレベーターが問題なく下へ動いている事を確認して、いのりは盛大な溜息を吐き出した。
「アルルさんに教えてもらった魔法、大活躍だった……」
いのりはほんの一時間前の出来事を思い出す。
帰宅して暫く。帰宅後も直江達を気に掛けていたいのりの目に、ネットニュースが飛び込んだ。
直江達の異常の原因であると判断して、いのりは思わず家を飛び出そうとする。
直情的な行動を咎めたのは、いのりの中に眠る魔法使いアルルだった。
この出来事はいのり一人では解決不可能である。そして再び次元の裂け目が生まれようとしている。
自身の内側から響くアルルの声に、いのりは冷静さを取り戻す。
私には何が出来るのか。そう問えば、アルルは新たな魔法と行くべき場所をいのりに授けたのだった。
いのりは気を取り直して、屋上へ続くドアを開けた。
ギィと音を立てて扉が開き、冷たい夜風がショートパンツから伸びた足いのりの足を撫でていく。その冷たさに小さく身を震わせながら、先へと進む。
異変はすぐに見つかった。人の気配のない屋上の中央に、空間を切り裂いたような奇妙な裂け目が浮かんでいる。
「これっ! ……あの時と、一緒の……?」
いのりは信じられないものを見る様な顔付きで、空間に浮かぶ裂け目に駆け寄った。周囲を見渡すが、やはり人の姿は無い。
「まさか、この中に……?」
誰がこの穴をあけたのか。いのりの脳裏に薔薇の姿が過る。
薔薇が行った事であれば、晴太も絡んでいるに違いない。そう踏んで、いのりは既に子供一人、通れるかどうかまでに小さくなった裂け目を見つめていた。