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026 時空を切り裂く勇者の剣

 晴太には剣道などの心得がある訳ではない。授業で習った程度の知識のみである。故にその構えはめちゃくちゃで、いかに立派な剣と言えどもフライパンと同じ扱いだと言えた。


 晴太の胸の奥深くから、じわりと何かが湧いて出る。それが勇者の力であると分かったのは、振り上げた剣が益々強く輝いたからだった。


「せぇ~のぉ~でぇッ!」


 上段に構えた剣を一気に振り下ろす!

 斬るべき対象物など何もない。けれども晴太は何かを斬ったという確かな感触を覚えていた。


 音もなく空間が裂ける。小さな裂け目から光が溢れ、一気に穴が広がった。


「お、おぉ……この前のアレに似てんな……」


 ほんの一週間前に経験した、空に大穴が空き、割れるという超常現象を思い出して晴太は少しだけ(おのの)く。

 ――もしかして、マズイことしちゃった?

 「もう! 勝手な事しちゃ駄目じゃない!」と、怒るいのりが脳裏に現れて、晴太はひんっと情けない声を上げた。


 少し泣きそうになりながらモルガナを見ると、モルガナは藤ヶ丘の顔をこれ以上ない程の昂揚感で歪めていた。頬を赤らめ荒い息遣いで次元の裂け目を見つめる藤ヶ丘の顔から、晴太は慌てて目を逸らした。

 担任教師のイケナイ表情を覗き見てしまったようで、流石の晴太にも罪悪感が湧く。


「すっ、素晴らしいわっ! これが勇者の力! こんなものがどうして人類に宿ると言うの! あぁっ! こんなの無茶苦茶よ! この力の前では研鑽を重ねた魔法ですらバカバカしく思えてしまうっ!」


 身を悶えさせながら熱狂する藤ヶ丘inモルガナに、晴太はまた違う意味で見てはいけないものを見た気持ちが湧いた。 

 まだ興奮の余韻を引きずったモルガナが、意気揚々と晴太へ振り向く。


「さぁ! 行きましょう、ハルカゼくん! ここから先、私は精神体で付き合うわ」


 すっかり人一人通れる程度に開いた裂け目を前にして、藤ヶ丘は突然、糸の切れた人形の様にその場に倒れ伏した。


「センセ!?」


 晴太は慌てて駆け寄り、藤ヶ丘の体を抱き起す。意識はないが、特に怪我のないことに安堵して息を吐く。顔を上げると、目の前に羽の生えた小さな猫の様な生物が飛んでいるのが見えて、晴太は目をぱちくりとさせた。


 手のひらサイズの黒猫のような生物。曖昧な表現になってしまうのは、こんなにも小さな黒猫は存在しない上に、蝶の様な羽の生えた猫などもってのほかであるからだ。


「え? なにこれ。妖精サン?」

「あら。嬉しいことを言ってくれるわね」

「猫っぽい何かがシャベッターッ! って、モルガナさんじゃん!? 可愛い! めっちゃくちゃにキュートですよ!」

「フフ、本当に面白いわね、君。此処から先は普通の人間の肉体では進めないのよ。次元と次元の狭間なんて、対策も無しに入り込めば即死よ」


 小さな猫に姿を変えたモルガナは、その場でぐるりと一回転してみせる。

 よく見ればその体は黒い糸で編まれたものであり、本物の肉体ではない事が分かる。羽もまた実体を持たず、魔力で形作られていた。これこそがモルガナの言う対策なのだった。


「そうなると、俺も即死しちゃうのでは?」

「あら、冗談が上手いのね。勇者の魂と肉体、それに加えて勇者の剣、十分すぎるでしょう?」

「アッ! これ勇者の剣だったの!? となればもう俺って名実ともに勇者では!?」


 手に持った剣を掲げて、晴太はポーズを幾つも取る。はしゃぐ晴太を見ながら、モルガナはくすくすと笑った。


「君、勇者になりたいのね」

「いや、別に勇者になりたいってワケじゃないんだけどね。薔薇(ローズ)ちゃんが勇者お好きでしょ? だったら俺が薔薇(ローズ)ちゃんの勇者になってやらぁよぉと! 意気込んでいるワケでありますよ!」


 剣をバットの様に振りながら、晴太は意気込みを口にする。

 女性に誓った言葉に二言は無い。晴太は屋上で誓ったことを一時たりとも忘れることはなかった。


「そう。それじゃあ、早く魔王サマを助けに行きましょう。そうすれば――君は真に勇者となれるわ」

「もちのろん! 薔薇(ローズ)ちゃん! 今、君の勇者が行くぜーッ!」


 陽気に跳ねて、晴太は躊躇なく次元の裂け目に飛び込んだ。

 その背中を小さな黒猫に扮するモルガナの、薄紫色の瞳が見詰めていた。

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