025 薔薇を追え！
本来であれば決して有り得ない魔力濃度。
その濃さを感じ取ったのか。天が光を放った。
一筋の光の柱が晴太たちの前に現れる。藤ヶ丘の肉体に潜むモルガナごと叩き斬ろうと、光の剣士が飛び出した！
ドンと鈍い音が響く。衝撃に舞い上がる土煙の中、藤ヶ丘の肉体を前にして、光の剣士と薔薇が対峙していた。
振り下ろされた剣を薔薇が右手一つで受け止めていたのだ。
薔薇は光の剣士をぎろりと睨みつけた。その目に憎悪が込められている事は誰の目から見ても明らかだった。
受け止めている剣を握り締める。すぐにでも斬り落とされてしまいそうな柔らかな見た目に反し、剣を握り締める手は鋼鉄の様に固い。剣を抜こうと光の剣士が後退るが、びくともせずにいた。
「笑止千万。貴様如きが勇者の肉体を使うなど、万死に値する！！」
バンッと大きな破裂音を立てて、光の剣は呆気なく真っ二つに折れた。
薔薇は手の中に残った剣の刃を投げ捨て、間を置かずに踵を返し光の剣士に背を向ける。
光の剣士は手に残ったままの剣の柄を握り締めたまま、薔薇の背中に飛び掛かった。
「薔薇ちゃん！ 危なァーーいッ！」
「大丈夫。魔王サマ、お強いんだから」
思わず駆け出そうとする晴太をモルガナが制するよりも早く、薔薇が動く。
軸足である左足で地を強く踏みしめ、ぐるりと体を回転させる。回転の勢いを乗せた右足が、ブンッと空気を割く音を立てて光の剣士の顔面を蹴り上げた。制服のスカートの裾がふわりと舞う。
魔力を乗せた強烈な後ろ回し蹴りである。
直撃を受けた光の剣士は顔面を崩壊させながら、後方へ勢いよく吹き飛ぶ。衰えることのない勢いそのままに光の柱に激突した。光の柱は光の剣士を飲み込んで、徐々にその輝きを薄れさせていった。
「す……すげぇーッ！ 薔薇ちゃんカッコいい～！！」
乱れたスカートを叩いて直す薔薇に、晴太は腕を大きく振り回し、興奮気味に近寄る。
溜飲を下げた様子の薔薇は、どこか余裕のある顔付きで晴太に向けてにやりと笑んだ。
薔薇に笑みを向けられた事で、晴太の鼻の下が伸びる。しかし次の瞬きの直後、晴太の顔に戦慄が浮かんだ。
「――ッ！ 薔薇ちゃん！ 後ろッ！！」
「ッ！」
薔薇の背後には、巨大な闇が広がっていた。
身の丈を優に超えて広がる闇は、振り向く隙も与えずに薔薇を包み込むように飲み込んだ。一瞬にして薔薇の姿が漆黒の闇に消え失せる。
「薔薇ちゃん！！ コンニャロォ！！」
薔薇を飲み込み、暗黒の球体と化した闇に向けて晴太は体当たりを試みた。勢いをつけて肩からぶつかるも、暗黒の球体はびくともしない。
「クソッ！ 薔薇ちゃんを出せ出せ出せェーッ！」
何度体当たりしても変化がなく、ついには両手で暗黒の球体を殴りだす。ヤケクソじみた攻撃は当然ながら効果はなく、暗黒の球体は溶けるように姿を消して、振り上げた拳は空を切った。
辺りに静寂が満ちる。
晴太は呆然と立ち尽くし、それからワッと声を上げて泣き出した。
「なぁーん！ 薔薇ちゃんがぁー！」
べそべそとしながらモルガナの元へ駆け寄るも、モルガナの焦る様子のなさに晴太は思わず小首を傾げてしまう。
「あぁ、ごめんなさいね。必死な君があまりにも可愛かったから」
「かわっ！？ そっ、そんなこと言われたの初めてですよへへっ……照れちゃうっ！」
キャッと両手で顔面を隠し、恥ずかしがる。しかし今はそんな場合ではないだろうと珍しく思い直した晴太は、モルガナに向き合った。
「あいや！ 今は薔薇ちゃん優先！ 薔薇ちゃん助けなきゃ！」
「助け、ね……。そうね。魔王サマをお助けするのが、我ら四天王の務めでもあるし。フフッ」
ほくそ笑み、モルガナは藤ヶ丘の手を晴太に向けた。
細く長い藤ヶ丘の指は少し骨ばっていて、晴太はセクシーだと思う。そんなことを考えている場合ではないのだが、晴太にとっては自然な思考の流れだった。
不意にその指先から黒い糸が浮かび上がる。目を丸くして糸の先を辿れば、薔薇の消えた場所まで伸びているのが分かった。
「糸を魔王サマに付けていたのよ。この先にいるわ」
「この先……って、何もないけど？」
糸の途切れた場所へ駆け寄り、晴太は何もない空間を手でまさぐる。スカスカと空を切るばかりで何かがあると言う感触は得られない。
晴太が必死に空間をまさぐる様子に微笑みながら、モルガナは足元に転がる折れた剣を拾い上げた。
「やはり人間の肉体だと持てるのね。フフッ……中々キレイじゃない」
拾い上げた剣の一部をまじまじと観察して、それからモルガナは空いた手の指を重ね合わせてパチンと鳴らした。すると黒い糸が剣を覆い、折れて足りない部分を補う様に形を作る。程なくして鍔と柄を備えた完全な剣が出来上がっていた。
その出来栄えに満足そうにしながら、モルガナは晴太に近寄り剣を差し出した。
「この剣で次元を裂くのよ。そうすれば魔王サマの元へ行けるわ」
「剣！？ いっ、いや駄目だよ、銃刀法違反！ アウトアウト！」
「安心なさい。これはこちらの世界に実在する剣ではないもの。セーフよ」
「マジ！ なら、やりまーすっ！」
意気揚々と剣を受け取った晴太は、柄をぎゅっと握り締めてその全体を嬉しそうに眺めた。
折れて尚、刃は光を放ち続けている。キラキラと眩いばかりの光に見惚れ、晴太は良しと大きく頷いた。
