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023 ジェードの危機

 一方、その頃。

 黄昏時の街中をジェードは一人歩いていた。薔薇(ローズ)に目立つと言われたからか、その出で立ちは白のカットソーに黒のジャケット、スキニーデニムジーンズに黒のショートブーツという無難なものになっていた。


 ジェードが目指すのは町一番の書店『白馬野(はくばの)書店』だった。

 次元の(ゲート)をめぐる出来事から一週間。新たに目覚めた趣味趣向の繋がりで、すっかり親しくなった宇都宮との待ち合わせの約束をしていたのだ。


 今日は二人揃って気に入っている作家の、新刊発売日なのである。新刊を手にして一緒に読み、その場で感想を語り合うという約束に、ジェードはすっかり舞い上がっていた。


「我が同志はもう来ているだろうか」


 宇都宮のことを同志と呼んで浮足立ったジェードの姿は、この一週間ですっかりこちらの次元に馴染んでしまった結果と言っても過言ではないだろう。

 書店の手前でジェードは足を止めた。両手に大きな紙袋をぶら下げた、制服姿の宇都宮の姿を見つけたのだ。


「我が同志! すみません、お待たせしてしまいましたか?」


 掛けた声に反応し、振り向いた宇都宮を見てジェードは違和感を抱いた。

 いつもは崩して制服を着ている宇都宮が、今日はシャツと上着のボタンを一番上まで止めてキッチリと着こなしているのだ。身に着けている眼鏡も今時珍しい瓶底眼鏡……ではなく、細いリムでレンズを囲ったシンプルな眼鏡を掛けている。


 これはイメージチェンジというものなのかとジェードは少し戸惑いながら、宇都宮の近くに寄った。


「いえ、僕も先ほど来たばかりですから」

「え、ぼ、僕……?」


 軽く会釈をする宇都宮の様子はさわやかな青年そのもので、ジェードはひどく狼狽えた。

 特徴的な一人称と特徴的な語尾、そして顔を合わせた途端に始まる百合語り。それがジェードがここ数日で知った宇都宮であり、目の前の宇都宮はまるで別人の様だと驚く。


 戸惑うジェードを他所に、宇都宮は紙袋を軽く持ち上げ、ジェードに中身が見えるように少しばかり傾ける。

 紙袋の中にはぎっしりと参考書の類が詰められていて、ジェードは目丸く見開いた。


「すみませんが、暫くは勉強に専念しようと考えているんです」

「え、は、はぁ……それは、良いことだとは思いますが……」

「ありがとうございます。それじゃあ、僕はこれで」


 紙袋を持ち直し、もう一度頭を下げて立ち去ろうとする宇都宮に、ジェードはつい声を荒げた。


「同志! 冬木ナナコ先生の新刊を手に取らずに帰るのですか!?」

「僕は結構です。ジェードさん、どうぞ」

「そ、そんな……っ!」


 宇都宮に布教された百合漫画作品の中で、群を抜いてジェードの好みに合った作家が冬木ナナコだった。



 ――おぉ! 流石ジェード殿! 冬木先生を気に入るとは、お目が高いでござるな!

 ――敵対し合う少女同士の繊細な心の機微、そしてこの年頃の少女だからこその躍動感……。この二つを両立させる絶妙なバランス感覚は、他の追随を許さないと言っても過言ではありませんね!

 ――そうでござる! あ、もうすぐ冬木先生の新刊が出るでござるよ。一緒に買いに行くでござる!

 ――はいっ! 是非ともご一緒させて下さい、我が同志よ!



 たった数日前に交わした会話が脳内を駆け巡り、ジェードは膝から崩れ落ちそうになる。

 一体、この僅かな間に宇都宮に何が起こってしまったのか。

 あまりの変わりように、ジェードは遠ざかる宇都宮の背中すらも見れなくなっていた。


(おかしい、心変わりにしてはあまりにも急すぎる……。これは一体……)


 書店の前で思わず思考の海に沈み込む。これがジェードにとっては命取りとなってしまった。

 ジェードの背後に突如として強烈な光の柱が降り注ぐとともに、そこから光の塊が弾丸の様に飛び出したのだ。


 飛び出した光の塊は人の形を成し、その手に握り締めた光の剣でジェードの首を斬り落とさんと迫る。


「何者だッ!」


 刃が首筋を滑る直前に身を翻し、ジェードは寸でのところで相手の攻撃をかわす。

 魔力を用いて作り上げた魔王軍としての装束と武器を一瞬で身に纏い、戦闘態勢に移行したジェードは自身を殺そうとした相手の姿を視界にいれた。


「……光? 何だ……魔物、いや、この気配は……」


 ジェードは自身の前に立つ目に痛いほどの白色の光――光の剣士に身構えた。

 自身の首を斬り落とそうとした相手を前にして、ジェードは得体の知れない不気味さを感じ取る。抜いた剣を正面に構え、意識を剣の切っ先その一点に集中させた。


「何者かは知らないが我が首、そう易々と落とせると思うなよ!」


 ジェードの足元から風が吹き上がり、剣が風を纏う。風はエメラルドの光を放ち、剣に力を与えていた。

 光の剣士は構うことなく、地を蹴りジェードに再び突撃する。手からぶら下げるように斜めに構えた剣を、突進の勢いに任せて振り回す。ぶっきらぼうに下から上へ振り上げられた剣の切っ先がジェードの胴体を掠めた。


 自身を袈裟斬りにせんと迫る光の刃を、ジェードは手に持つ剣で受け止める。

 刃と刃の衝突。その途端に、ジェイドの剣は轟とひと際強い風の音を鳴り響かせた。剣の纏うエメラルドの風が、まるで嵐の様な暴風を起こす。


 あまりの風の強さによろめいた光の剣士を、ジェードはすかさず返す刀で斬りつける。

 鋭い剣の刃は確かに光の剣士を斜めに袈裟斬りにして、その身を真っ二つに斬り分けた。


(……ッ! 手応えが無い!?)


 刃は確かに目の前の光の剣士を斬りつけた。しかしまるで雲を斬ったかの様な感触に、ジェードは思わず歯噛みする。

 目の前には姿を失い、キラキラと輝く残滓(ざんし)だけが漂っている。ジェードは剣を収めながら、その不気味さに嫌なものを感じ取っていた。


(これは我が王に報告をすべきか……)


 何か異常なことが起きている。それだけは確かだとして、ジェードは薔薇(ローズ)を探すべく光の残骸に背を向けその場を去ろうとする。

 光が蠢く。

 漂う光の残滓(ざんし)は変色し、見るも悍ましい漆黒の霧が漂う。そこから、こぽこぽと湧き立つように闇が溢れて漆黒の闇がみるみる内に広がっていく。


 強い闇の気配に気が付き、ジェードは目を見開いた。

 ジェードの目の前にはただ暗闇が広がっていた。目を閉じているのかと錯覚するほどの漆黒の中、ジェードは理解する。

 自分は今、暗闇に飲み込まれているのだと。


 傍から見れば、それは異様な光景だった。

 漆黒の球体が、人一人を丸のみにしている。


 騒ぎを聞きつけた野次馬達が、皆一様にドラマの撮影か、映画の撮影かと騒ぎ立てる。野次馬の男が非現実的な黒い球体をスマートフォンのカメラに収めようとシャッターボタンを押した瞬間。球体はその姿を消し去った。


 何も映っていない画面を見て、野次馬の男は首を傾げた。視線を液晶画面から上げると、やはりそこには何もなく、ただ書店の入り口だけがあった――。

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