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021 フライパンを買いに行っただけなのに

「晴太くん、ちゃんとお財布は持ってきてるよね?」

「もちろん! 委員長とのデート代はばっちりだぜ!」

「違うよね。フライパンを買うお金だよね」

「……はい」


 学校帰り、制服を着たままの晴太といのりは駅ビルに併設された雑貨店を目指していた。

 目的は、次元の(ゲート)をめぐる出来事の中で破壊してしまったフライパンを買い直すことにあった。


 家電の類はともかく、調理器具の類に一切関りを持ってこなかった晴太にとってはフライパン一つ買うことすら悩むことである。

 一週間が過ぎても壊れたことを親に秘密にしていると耳にしたいのりは、自身も関わったことであるという妙な責任感からフライパン探しに協力することを自ら申し出たのであった。


 とは言え、いのりも調理が趣味という訳ではない。一番多く調理器具が探せそうな場所に検討をつけた結果、駅ビル内の雑貨店という形になったのだった。

 駅へ続く商店街の通りをいのりと二人、まるでデート気分で歩く晴太の足取りは軽い。隣であれこれと調べてきたことを説明するいのりの言葉が耳に入らない程に浮かれていた。


「聞いてないよね、晴太くん」

「聞いてる聞いてる~! 委員長の声、ずっと聴いてる~!」


 頭を抱えるいのりの足がぴたりと止まる。

 先を行く晴太がどうしたのかと振り向くと、いのりが斜め前を指でさしていた。

 いのりが指をさす方を見ると、晴太の視界に見慣れた三人組の姿が飛び込む。


「お? 直江達じゃねーか。あいつら何してンだ?」


 通りの終わりに設けられている小さな神社。その入り口に直江、佐竹、宇都宮の三人の姿を見つけて晴太は思わず首を傾げた。

 三人揃って神社になんの用なのか。晴太は少しばかり気に掛ったが、三人に見つかっていのりとの時間を邪魔されることがあってはならないと無視することを決める。が、いのりは違う。


「そんなところで、何してるのー?」


 良く通る声で三人に声を掛け、いのりは神社へ向かって歩き出していた。


「だーっ! 待って委員長! ほっとこーぜ!」

「でも、無視するのもおかしいよ」

「いやいやっ! あいつら気が付いてないからっ! 大丈夫!」

「あ、でもほら。直江くん達も振り向いたよ」

「げっ」


 心底嫌そうな顔をして、晴太は渋々もう一度、直江達を見た。


「なぁ、委員長。あいつら、なんか変……いや、いつも変なんだけどいつもより変だ!」


 直江達は確かにいのりの声に気が付き、晴太といのりを見ていた。

 しかしその立ち姿はあまりにも異様なもので、晴太といのりは思わずギョッと目を見開いた。


 ふらふらとまるで幽鬼の様な足取りと、土気色の顔色。纏う雰囲気に生気は無く、先ほどまで学校内で見ていた姿とはまるで様子が違う。


「なんだあれ……?」


 晴太は三人の頭上から、何か細い糸の様なものが生えていることに気が付いた。

 髪の毛ともまた違う、しなやかさのある黒い糸。

 気には掛かるが、それ以上に目立つ異常に意識を割かれる。


「ど、どうしたんだろう? 体調が悪いのかな……っ」

「待ったーっ!」


 不調を疑い駆け寄ろうとするいのりの腕を、晴太が掴む。掴んた腕の細さに一瞬どきりとするが、その視線は直江達を捉えたままだ。

 困惑するいのりを引っ張り自身の後ろへ隠すと同時に、直江達が今にも縺れてしまいそうな足取りで駆け寄ってきた。


「オゴゴゴゴゴーッ!」

「なぁぁんだおめーらっ! やってやらぁよぉ!」


 三人それぞれが上げた雄叫びに驚きながら、晴太も負けじと声を張り上げた。

 直江達のだらりと情けなく空いた口の端からは、唾液が垂れている。拭うこともせず、ただ真っすぐに晴太に掴みかかろうとする狂気的な姿にたまらずいのりが震え上がった、その途端。

 舞台を照らすスポットライトの様に、天から一筋の光が降り注いだ。


「えっ、な、なに……!?」


 光の眩しさに目を細めながら、いのりが驚きの声を上げる。

 直江達の背後に現れた一筋の光はさらに輝きを強くして、巨大な柱になる。それはまるで晴太が見せた勇者の力に似ていて、いのりは目を大きく見開いた。


 光の眩しさを気にすることもなく、直江達は真っすぐに晴太へ向かって手を伸ばす。その手が晴太に触れる刹那。直江達の背後に、光の柱から飛び出した何かが迫った。


 飛び出した光の塊は、人の形をしていた。その全てが白く輝く光の中にあって、正確な姿は分からない。しかし何か、かっちりとした鎧の様なものを身に着けている事は、そのシルエットから想像が出来た。


 その手には、ひと際強く煌めく長い棒状のものが握られている。それが剣の形をしていることに晴太といのりが気が付いたのは、直江達三人の背中を光が横凪ぎに一閃した直後だった。


「ギャァアアッ!」


 断末魔の悲鳴にも似た声を上げて、三人が一斉に膝から崩れ落ちる。

 三人が倒れたことで視界が開け、晴太といのりは光の柱から現れた存在と真正面から相対する。


「なにこれ! めっちゃ発光してるンですけど! 委員長の知り合いだったり!?」

「こんな光ってる人、知らないよ!」


 晴太に光の柱から現れる様な知り合いはいない。いのりもまた然りである。

 人の姿をした光は、晴太といのりの前で足を止めた。二人の顔を観察しているのだろうか。暫くじっと動かないままでいるかと思えば、しびれを切らした晴太が声を掛けようとした寸前、弾けるようにその姿を消してしまった。

 


 目が眩むほどの光の破裂にワッと声を上げて、晴太といのりはたまらず目を瞑る。程なくして恐る恐る目を開けると、目の前には何もなく、ただ元の光景が広がっているだけだった。


「な……なんだぁ、今の?」

「分からないよ……。それよりもっ……!」


 状況が落ち着いたことを確認して、いのりは晴太の背後から飛び出した。

 緩慢な動作で起き上がろうとしている直江達に近寄り、大丈夫かといのりが手を差し伸べる。


「……すみません、お気遣いありがとうございます」

「いのりさんのお手を煩わせるほどではないです」

「大丈夫です。僕たちの為に、いのりさんの手を煩わせるわけにはいきませんよ」


 差し出した手を拒否されて、いのりは行き場をなくした手を動揺しながらひっこめる。

 驚いたのは晴太も同様で、この三人であれば差し出された手を我先にと掴み合うだろうと考えていたのだ。


「え……みんな?」

「いのりさん達の邪魔をして、どうも失礼しました。俺たちはこれで」

「さよなら、また明日。晴太もまた明日な」

「お、おお……」


 三人の人が変わってしまったかのような態度に、晴太といのりは終始呆然としていた。

 立ち去る三人の背中を眺めていると、晴太はその頭上に付いていた黒い糸もまた消えていることに気が付いた。気のせいだったかと頭を掻くと、ようやく落ち着いたいのりが声を上げた。


「どうしたんだろう……三人とも、おかしくなってた……」

「うーむ……。あの三人もとうとう改心したのか?」

「改心するなら晴太くんもだよ。でも、そういうのじゃない気がする……」

「委員長、なんか俺に対するアタリ強くなってない!? でもそれだけ遠慮のない関係になったってことだよねっ! 嬉しっ!」


 いのりは今、目の前で起こった出来事の不可思議さに得体の知れない不安を抱く。しかし周囲の状況に変化はなく、何か行動を起こすにしても、何をすればいいのかも分からない。

 

「委員長~、買い物行こうぜ~」


 同じ現象を目にしたはずなのに何一つ気にしていない晴太の様子に苦笑しながらも、分かっているよと返事をして、いのりはまずは当初の目的を果たすべく行動を再開したのであった。

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