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016 死線を越えろ!

 緩慢な動作でドラゴンの口が開かれる。鋭い牙と長く肉厚な舌を覗かせながら上下に開かれた顎の奥に、赤く燃える炎が見える。


 晴太といのりは異様な暑さを感じていた。

 それがドラゴンの口内に宿る炎の影響であると気が付くのは、ドラゴンの口から火炎放射が放たれた直後の事だった。


「どわぁーッ!?」

「きゃぁーーッ!?」


 真っすぐに伸びる炎の渦が、晴太といのりを包み込む。上げた悲鳴はすぐに炎に飲み込まれて掻き消えた。

 ドラゴンは十分に二人を焼いたと確信して、炎の尾を引かせながら射出を止める。辺り一面が焼け焦げているにも関わらず、その中心、つまり晴太といのりの居る場所だけが奇麗なままだったのだ。


 晴太といのりは無傷だった。晴太の掲げたフライパンが盾となり、二人を火炎から守ったのだ。


「さ、流石フライパンだね……っ!?」

「お、おお! ドラゴンの炎も中華の炎に比べれば温いんだぜ!?」


 二人とも気が動転しているのか、支離滅裂なことを口にしてしまう。

 無論、フライパン一つでドラゴンの火炎を防ぐことは到底不可能である。晴太が再び無意識に勇者の力を使い、自動発動したいのりの防御魔法で透明なシールドを展開していたから防げたのだった。


 ドラゴンは炎の後に生物が残っている事を不思議に思った。

 全てを焼き尽くす(ほむら)である。生きていては、道理が通らない。故にドラゴンは再び口を開き、躊躇(ちゅうちょ)なく火炎を二人に浴びせかけた。


 驚いたいのりが目をきつく瞑ると、ドーム状のシールドが展開された。二人を包み込むシールドは、炎に炙られ激しく揺れる。

 晴太は再びフライパンを構えて、背後のいのりを守る構えを取る。フライパンの表面にドラゴンの放つ炎が直撃して、途端、フライパンから白銀の光が放たれた。


「ぬおぉぉぉおーーっ!」


 晴太の雄叫びを耳にしながら、いのりは恐る恐ると目を開けた。


「……っ」


 視界に映る晴太の背中。そこにある筈のない蒼のマントがたなびいて見える。

 真っ白な光を放つフライパンは、清廉な輝きを放つ長剣に。それを持つ姿は白金(プラチナ)の鎧を着込んだ青年に。


 いのりは見知らぬ青年の幻影こそが、勇者であると本能的に理解した。そして、晴太に力を使わせてはならないのだと理解する。


 ――このままでは、晴太が晴太ではなくなってしまう。


 そんな恐怖が脳裏を過っていた。


 いのりの心配をよそに、晴太は更にフライパンを握る手に力を込めていた。

 火炎の勢いで押されそうになる両足を軽く曲げ、肩幅ほどに開く。やや前傾姿勢に上体を倒し、同時に軸足に力を込めた。


「こんっ、ニャロォ――ッ!!」


 晴太はフライパンを握る手を一瞬だけ下げた。その隙に生まれた火炎の勢いをフライパン全面で受け止めると、上半身を勢いよく捻らせて火炎ごとフライパンを振り抜いた――!


 振り抜く瞬間、フライパンは眩い光を放っていた。光は白銀の巨大な盾となり、火炎を押し返しながらドラゴンへ向かって勢いよく飛んでいく。


「ホォーーッムランッ!!」


 晴太の声に応えるように光の盾はドラゴンへ向かい一直線に飛び、そして炎を巻き込みながら直撃した。


「ギイァアァァアッッ!!」


 自身の火炎と光の盾の直撃を受け、ドラゴンが絶叫を上げる。巨大な体を大きく揺らし、二対の翼を激しく震わせた。


「シャーッ! ね、ねっ! 見たっ!? 俺、凄くない!?」


 悶えるドラゴンを指差しながら、晴太は興奮した面持ちで振り返る。

 いのりは呆けた顔のまま、その姿がまごうことなく晴太本人であることに密かに胸を撫で下ろしていた。


 しかし安堵も束の間、いのりは自身の頭上から影が落ちている事に気が付く。

 濃く、大きな影。

 視界の端に翼のシルエットが見えて、恐る恐る顔を上げる。


「そんな……」


 絶望に顔を歪ませるいのりにハッとして、晴太も慌てて顔を上げた。

 頭上にはドラゴンがいた。傷一つない様子で、平然と空に浮かび、深紅の眼で晴太といのりを見下している。

 死線はまだ続いているのだと、二人の背筋に冷たいものが走った。


「焼き加減が足りなかったかよ、この野郎っ!」


 威勢よく晴太が再びフライパンを構えるも、その額には大量の汗がにじんでいた。晴太が肉体的にも精神的にも疲弊しているのだということは、誰の目から見ても明らかだった。


 しかしドラゴンには晴太の疲弊など関係ない。巨大な両翼を大きく羽ばたかせ勢いをつけると、まるで弾丸の様な勢いでその巨体を晴太といのりに向けて突っ込ませてきたのだ。


 シンプルな体当たりという攻撃だが、ドラゴンの大きさを考えればその威力は計り知れないものがある。下手をすれば学校そのものが崩れ去る可能性も十分にあり得た。しかし晴太といのりには、そんなことを考える暇も与えられない。一瞬の出来事だった。


 猛烈な勢いで近付いてきたドラゴンが、一瞬にして二人の視界から消えた。

 轟ッと地響きにも似た音が、衝撃と共に後から遅れてやってくる。


「何っ!? 何が……っ!?」

「なん、だぁ……!?」


 晴太といのりは轟音と突風にあおられながら、必死にその場に踏みとどまる。頭上を覆う影は消え去り、目の前に迫っていたドラゴンの姿はない。

 何が起こったのかと二人揃って呆けていると、二人の目の前に一人の男が降り立った。


「御無事ですか、イノリ」

「ジェードさん!?」

「げッ! さっきのヤな奴!」


 突然のジェードの登場に、晴太はあからさまに嫌悪感を示し、いのりは少しだけ安堵する。

 この常識を超えた状況において、違う常識に生きるジェードは頼りになると確信できたからだ。


 振り返ったジェードは、いのりが無事であることを確認してやわく笑む。因みにではあるが、晴太のことは視界にすら入っていない。

 それからすぐに表情を引き締めて、正面を向く。空を見上げ、遠くを見据えた。


 晴太といのりはジェードの視線の先を辿る。

 空の上に何かが見えた。上下に激しく動く大きな影と、その影の前に立つ小さな影。目を凝らし、大きな影が先ほどまで自分たちの目の前に迫っていたドラゴンだと気が付き、晴太といのりは大きな声を上げた。


「ドラゴン!? どうしてあんな遠くに!?」

「待てよ、あのちっこい影っ! もしかして、薔薇(ローズ)ちゃん!?」


 晴太の目敏さにジェードは不愉快そうに顔を歪め、舌打ちを一つ溢す。敬愛する主君に関することの一欠けらでも、晴太に触れて欲しくはなかったのだった。


「……そうだ。我が王が『奴』を吹き飛ばし、あそこまで移動なさったのだ」

「吹き飛ばした!? 薔薇(ローズ)ちゃんが、あのおっきいのをっ!?」

「そうだと言っているだろう。貴様、よもや我が王を疑うのか!?」

「はぁ~!? 俺が薔薇(ローズ)ちゃん疑うワケねぇーーだろっ!!」


 大声を上げて言い合いを始めた二人に、いのりは頭痛を覚える。似た者同士は相反する。或いは、水と油とはこういうことを言うのだろうと実感しながら、いのりは二人の間に割り入った。


「二人とも落ち着こう? 今は言い合ってる場合じゃないよね」


 いのりの冷静な声色に、晴太とジェードは気まずそうに口ごもる。

 特にジェードは余程情けなかったのか、目元を手の平で覆ってがくりと肩を落としていた。


「……失礼しました。私としたことが、情けない……」


 気まずさは一瞬のみで、特に反省をする様子のない晴太は「怒られてやんの」とジェードを指さして笑う。

 直後、いのりにぎろりと睨まれて、一気にその身を縮こまらせた。


「ジェードさん。私達、何も状況が分からないんです。もし、知っている事があれば教えてもらえませんか?」

「勿論」


 頷いて、ジェードは再び空を見上げた。空中に浮かぶドラゴンと薔薇(ローズ)は互いに見合っているのか、微動だにしない。その様子に緊張感を覚えながらも、ジェードは逸る気持ちを抑えながら口を開いた。


「イノリ、貴女はそもそも、あの空に空いた穴が何であるかはご存じですか?」

「一応……。次元と次元、つまり私達の世界とジェードさん達の世界を繋ぐ門の様なもの……って、認識してます」

「ええ、概ねその通りです。本来なら次元同士は繋がりません。しかし我が王のお力により、繋がろうとしている。流石は我が王! 不可能を可能にしてしまうお力、やはり唯一無二!」


 ジェードは鼻息を荒くして、空中に留まる薔薇(ローズ)に熱い視線を送る。

 どうにも薔薇(ローズ)のこととなると平常心を失ってしまう様だとジェードを評し、いのりなるべく穏やかに続きを促した。


「次元というものは数多存在します。『奴』はその次元と次元の狭間に住まう化け物です。今回の様に次元同士が重なり合う瞬間にのみ姿を現す存在であり、次元の破壊のみを目的とする存在なのです」


 次元の破壊。それが意味するところを察して、いのりは顔面蒼白に陥った。

 ただごとではないとは思えども、世界の命運がかかるほどの事態とは思ってもいなかったいのりは、沸いた困惑から逃げるように思わず晴太の顔を見る。

 既に状況に飽きたのだろうか。薔薇(ローズ)に向かって必死に手を振り名前を呼んでいる姿に、いのりは肩の力がどっと抜けた。


 気を取り直し、いのりは空を見上げる。未だに割れたまま漆黒に染まった空を見て、いのりは自身のやるべきことを理解した。


「もう一度……封印魔法を使います」


 いのりの言葉にジェードは力強く頷く。


「『奴』を我が王が降します。その直後、『奴』ごと(ゲート)を封じてください。私がサポートします」

「分かりました。ジェードさんが力を貸してくれるのなら、今度こそ必ず……!」


 胸の前で組んだ手を、いのりは力強く握り締める。

 いのりの決意に満ちた顔付きに、ジェードは場にそぐわないと分かっていながらも、胸がひどく高鳴るのを感じていた。つい、手を伸ばしてその細い肩に触れようとした途端。ようやく二人のやり取りに気が付いた晴太がワッと大声を発した。


「お前ッ! なにまた委員長に触ろうとしてんだよ! ムッツリスケベかこの野郎!」

「ぶっ、無礼なことを言うッ! この私がっ、そんな不埒な理由で女性に触れるとでも思っているのか!?」

「触ろうとしてんだろッ! お前さぁ、薔薇(ローズ)ちゃは良いのかよ。我が王、我が王って言ってるくせに委員長に現抜かして。薔薇(ローズ)ちゃんに言いつけちゃおっかな~?」

「我が王は関係ないだろう!? あぁぁあ! やはり貴様は斬る! 我が剣の錆にしてくれる!」

「やれるもンならやってみろ~! またコイツで防いでやんよォーッ!」


 噛み付くような態度で、晴太はフライパンの底をジェードに向けた。その瞬間。ドンッ! とひと際大きな衝突音が響き、空気を揺らした。


「なっ、なんだ!?」

「王が動かれた!」


 既に空を見上げているジェードを追って、晴太といのりも空を見上げる。

 先程まで見合っていた薔薇(ローズ)と化け物と呼ばれたドラゴンが、空中で舞う様に動いているのが見えた。


薔薇(ローズ)ちゃん!」


 晴太の呼び声は風に掻き消され、薔薇(ローズ)に届くことは無かった。

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