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014 気楽に行こうぜ!

薔薇(ローズ)ちゃんがいなーいッ!」


 校門を前にして、薔薇(ローズ)の不在に気が付いた晴太がべそべそと情けない声を上げていた。

 そんな晴太を放置して、いのり達は鍵の開いた校門を押し開けていた。

 頭上には暗雲が立ち込め、学校の校舎を飲み込むような暗闇が広がっている。

 不吉な予感が漂う中、開けた門の先へいのり達は足を進めた。その後を、肩を落とした晴太が追う。


「……なんだか、凄く静かだね」


 下駄箱に着いて、いのりがぽつりと溢す。

 校内は水を打ったように静まり返っている。下駄箱に靴が幾つか入っている事から、誰もいないというわけではないことが分かった。


「いのり!」


 その場の全員が靴から上履きに履き替えている最中、廊下にいのりを呼ぶ声が木霊した。

 いのりは慌てて声のした方へ飛び出す。すると、長い廊下の一番端。そこに仲の良いクラスメイトの姿を見つけて、思わず大きな声を上げていた。


麻里亜(まりあ)!」


 いのりに名前を呼ばれ安堵したのか。麻里亜と呼ばれた少女は、どこか泣きそうな顔をしながらいのりへ駆け寄ってくる。

 肩まで伸びた、少し茶色み掛かった髪が乱れることも気には留めていない様子だった。

 同時に、いのりもまた急ぎ麻里亜へ駆け寄る。互いを目の前にして、二人はわぁっ、と声を上げた。


「いのりっ、あんた無事だったんだねっ、良かったぁ~っ!」

「麻里亜こそ、無事に学校に来てたんだね……!」

「朝練で学校に来たら外になんか変なのいるし、学校の上、変なんなってるし、何なのこれ! ていうか、あんた、なんでモテんズと一緒にいるの?」


 いのりの背後にいる晴太達に気が付いて、麻里亜はジトッとした視線を向けた。


「麻里亜ちゃーん! おはよ!」


 いのりの後を追ってきた晴太が、場にそぐわぬ能天気な声を上げる。

 晴太の変わらぬ調子に麻里亜は呆れたように肩を竦めた。

 しかし、この異常な状況においてその変化の無さは安堵できる要素でもあったのか、麻里亜の表情は意外にも柔和なものになっていた。


 晴太達はどこか得意げな顔で、麻里亜に向けてサムズアップをする。


「俺達、委員長親衛隊って感じかな!」

「はいはい。えらいえらい。でっ! 大変なんだよ、職員室まで来て!」


 晴太の言葉を軽くあしらって、麻里亜はいのりの手を取ると、言うが早いか駆け出した。

 手を引かれて足をもつれさせながらも走り出したいのりの後を、晴太達も慌てて追いかける。バタバタと足音を響かせながら廊下を駆け抜け、あっという間に職員室の前に辿り着いた。


「失礼しまーすっ! 先生っ、いのりが来たよっ!」


 麻里亜が大声を上げながら、乱雑に職員室の戸をあけ放つ。

 手を引かれたままのいのりは、視界に飛び込んだ職員室の光景に目を丸く見開いた。


 朝早くから学校へ来ていたのだと思われる教師が五人、ひどくやつれた顔色で、各々の仕事用の机に向かって座っている。職員室には生徒の姿も多数あり、部活動や学校の活動で早く来ていた十数人ほどが、空いている席に腰を掛けていたり、床に座り込んでいた。皆一様に顔色が悪く、何かに怯えた様子を見せている。


 いのりの姿に気が付いた教師の一人が立ち上がる。

 いのり達のクラス担任、藤ヶ丘だった。


「夏野、それに春風達も一緒か。よく無事に学校まで来られたな……」

「はい、どうにか……。あの、先生、顔色が……」


 普段は強気に鋭く吊り上がっている藤ヶ丘の目付きが、今はやけに弱々しく見えることにいのりは不安げな声を上げた。


「あぁ、どうにも学校に来てから体調が優れなくてね……。私だけではなく、皆そうらしい……」

「具合悪すぎて保健室で寝てる子もいンの。救急車呼んでも来ないしっ、もーっ! マジ何なのこれ!?」


 力ない様子の藤ヶ丘と、不可解な状況に怒りを露わにする麻里亜の様子に、いのりは胸を痛ませた。

 夢の中でアルルが語った話を思い出し、きっとこの異変は(ゲート)が開いてしまったからなのだと思い至る。


(早く、(ゲート)を閉じなくちゃ……っ)


 託された魔法を使う時が迫っているのだと、いのりは無意識に握り締めた拳に力を込めていた。


「麻里亜、先生たちとここで待ってて。私、屋上の様子を見てくるよ」

「危ないよ! ここの真上、なんかすっごい変なことになってるじゃん!」

「大丈夫。晴太くんも一緒だし。ね、晴太くん」

「ぬ? おう! もっちろん!」


 他の女子生徒に話しかけて回っていた晴太は、いのりに名前を呼ばれて笑顔で振り返る。未だ手にしたままのフライパンを握り締め、逆の手で作った握りこぶしで胸元をドンッと力強く叩く。任せておけと言わんばかりに、胸を張って踏ん反り返った。

 そんな晴太の両隣を直江と佐竹か囲み、膝でぐりぐりと突く。


「まーたこいつッ、一人で良いカッコしようとしやがって!」

「晴太のクセに、生意気だぞー」

「よせやい! 男の嫉妬は醜いぜ!」

「誰がオメェに嫉妬するかぁーッ!」


 職員室に漂う重たい空気をなど気にも留めず、晴太達はわぁわぁと騒ぎ立てている。

 従来であればこんな所で騒ぎもすれば即座に叱咤の声が飛ぶのだが、今は誰にも余裕がない。それどころか、晴太達の普段通りの様子に安堵する者までいる始末だった。


「あ、直江くん達は職員室で待っててもらえるかな。この中で元気なのは直江くん達だけだから、もしも何かあったらみんなを避難させて欲しいんだ。お願いしてもいいかな?」


 いのりと晴太に着いていく気満々の直江達であったが、出鼻を折られて口ごもる。しかし、いのりに「お願い」されてしまっては、それを断ることなど到底出来るものではなかった。


「仕方ねぇ。委員長、気ぃつけてな。特に晴太にな」

「晴太のやつ、二人きりになった途端、なにするか分からんからな」

「そうでござる。晴太殿はすぐ調子に乗るでござる」

「うっせ! お前たちが何と言おうが、委員長は俺をご指名なんだよ~っ!」


 右手の人差し指で右目の下を引っ張り、晴太は直江達に向けて舌を出した。

 負けじと同じ仕草をする直江達に対抗しながら、晴太はとっくに廊下へ出てしまったいのりの後を追った。



 廊下へ出た二人は、真っすぐに屋上へ向かった。

 屋上へ続く階段をのぼりながら、いのりは背後の晴太にぽつりと溢す。


「……上手く出来るかな」

「え?」

「封印魔法。私、上手く出来るのかな」


 いのりの足が止まる。

 珍しく不安げな様子のいのりに、晴太もまた足が止まった。


「魔法とか、正直、良く分からないままここまで来ちゃったからなぁ」


 言いながらいのりは眉根を寄せて、困った顔をして笑みを浮かべた。

 背を向けたままのいのりの表情は、晴太からは見えない。けれども晴太には顔を見ずとも、いのりがひどく困っていることが理解できた。だからこそ、晴太の足が自然と前に出た。


「ごめん! こんな弱音を言ってる場合じゃないよね。早く行かないと」

「委員長!」


 階段を上ろうとしたいのりは、晴太の呼び声に振り返る。たった一つ違いの段差。思った以上に近くに晴太が居て、いのりは目を瞬かせた。

 晴太は段差一つ違いで、いのりの真横に着いていた。その顔付きは晴太にしては真面目なもので、余計にいのりは戸惑う。しかし晴太はすぐにいつものへらりとした笑顔を浮かべ、伸ばした手でいのりの肩を二度ほど軽く叩いた。


「大丈夫だって! 委員長なら絶対出来る!」

「そ、そうかな」

「そりゃそうさ! だって委員長たぜ? やれるって。気楽にいこうぜ!」


 晴太の励ましに根拠はない。そのことは、いのりにも分かっている。しかし同時に、晴太の言葉に偽りがないことも伝わっていた。

 だからいのりは素直に励ましを受け止める。晴太から向けられた信頼に応えたいと、自らの意志で思えたから。


「……うん、そうだね! ありがとう、晴太くん」


 落ち着きを取り戻したいのりの笑顔は一段と柔らかく、晴太は思わずどぎまぎとしてしまう。

 顔に熱が籠るのを感じながら、晴太はふいっと斜め上を向いていのりから顔を逸らした。


「あいやっ、別に礼を言われる程じゃないって! へっ、へへっ」


 頬を指先で搔きながら、あからさまに照れている様子の晴太にいのりは自然と笑い声が零れてしまう。

 笑いながら、いのりは自身の中に湧いていた緊張感が完全に弛緩したことを感じ取る。一通り笑った後、再び前を向いた。レンズの奥の瞳には、もう迷いはなかった。

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