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009 小規模な大冒険開始

「晴太くん! ……と、暁月(あかつき)さん!?」


 晴太と薔薇(ローズ)の後方から、良く通る声が響く。

 振り向くと駆け寄ってくるいのりの姿が見えて、晴太は笑顔で手を振った。


 こんな状況にもかかわらず、いつも通りに制服をきっちりと着こなしたいのりの姿に晴太はひそかに安堵を覚える。

 三つ編みを揺らしながら寄ってくるいのりに晴太もまた近寄り、手を伸ばせば届く距離で足を止めた。


「委員長、おっはよ~! 今日も眼鏡似合ってるぅ!」

「おはよう。こんな状況でも晴太くんは変わりなさそうだね」

「まっね! 委員長は? 大丈夫?」

「うん、平気。アルルさんの防御魔法が守ってくれているみたい」

「アルルさん? あっ、もしかして昨日の魔法使いのお姉さん!? えっ! 会ったの!? 紹介してよ、委員長!」

「無理だよ。って、それどころじゃないよ、晴太くん」


 真面目な顔つきで、いのりは薔薇(ローズ)に視線を向ける。

 薔薇(ローズ)は何も言わず、晴太といのりのやり取りを遠巻きに眺めていた。


 薔薇(ローズ)の考えを察することは不可能であると察し、いのりは空を見上げた。

 変わらず大きく穴をあけた空を見上げ、いのりは詰めていた息を吐きながら晴太を見据えた。


「晴太くん。私、あの穴を塞ぎに行ってくるね」

「マジ!? 俺も塞ぎに行くところなんだよ~。ねっ、薔薇(ローズ)ちゃん!」


 晴太に話を振られても、薔薇(ローズ)は微動だにしない。


「そうなんだ。じゃあ、一緒に行こう」

「もっちろん! 委員長と薔薇(ローズ)ちゃんと俺で三人パーティ……くぅ! これは夢ですか!? いいえ、現実ですーーッ!!」


 薔薇(ローズ)といのり、二人と行動を共にするとなった途端に晴太のテンションは最大までアがった。

 まるで欲しかったおもちゃやゲームを買ってもらえた瞬間の子供の様にはしゃぐ晴太に、いのりは苦笑せざるを得なかった。


「小娘」


 それまで静観していた薔薇(ローズ)が、不意に口を開く。

 一瞬、身を強張らせながらも、いのりは薔薇(ローズ)へ向いて、どうしたのかと尋ね返した。

 いのりの緊張を感じ取ったのか、薔薇(ローズ)が意地悪くにやりと笑う。

 同性から見ても美麗と思える薔薇(ローズ)の笑みに、いのりは違う意味で心臓が高鳴った。


「そう固くなるな。取って食うつもりはない。何をして(ゲート)を封じるつもりなのか、答えよ」

「えっと、封印魔法だよ。次元を分かつ封印を施す大魔法……らしいよ?」 

「ほう。かの大賢者ダイヤが作り上げたアレか。アレを使えるようになるとはな……ククッ! 魔法使いの小娘め、随分と歳を食ったとみえる。もう小娘とは呼べぬか?」


 一人愉快そうに笑う薔薇(ローズ)に、いのりは小首を傾げる。

 薔薇(ローズ)は上機嫌に分かったと頷くと、晴太といのりに背を向けて一人で歩き出した。


「待って、薔薇(ローズ)ちゃん!」


 慌てて後を追いかけようとする晴太を、薔薇(ローズ)は右手を上げて制する。


「我が居ては貴様に窮地は訪れぬ。精々、殺されぬように励めよ」


 突如立ち込めた霧の中に、薔薇(ローズ)の姿が消えていく。

 一瞬で切り消え去ったが、同時に薔薇(ローズ)の姿も消えてなくなり、晴太はがくりと肩を落とした。


「そんなぁ~~! 夢の三人パーティが……」

「まぁまぁ。ほら、私が一緒に居るから。行こう?」

「おうよ!! 委員長と二人旅、それも最高過ぎるね! はっ、もうこれって実質デートでは……?」

「違うよ。ほら、置いてくよ」

「あーんっ! 待って! あ、おやつ持ってく?」

「もうそれはデートというか遠足だよね?」


 晴太の調子の良さに呆れながらも、いのりはつい笑みを溢すのだった。

 


 足早に空に空いた穴・(ゲート)の真下――つまり学校へと向かう二人は、目に付いた街中の光景に唖然とする。

 スライムに取り囲まれ、身動きが取れなくなっている人。犬に吠えられ、逃げ惑う動く骨。電灯に引き寄せられるようにして飛び回る真っ黒なコウモリ達。

 中には竹刀を片手に、鎧兜を着た魔物と戦う人もいて、その様相は混沌と言えるものだった。


「意外と……誰でも普通に魔物と戦える……?」

「くっそー! これじゃあ、俺が特別な勇者ってワケじゃなくなるじゃんっ!」


 心底悔しそうにする晴太を横目に、いのりは足を止めて周囲を見渡した。視界に一本の電柱が映り込んだその瞬間、電柱の陰から大きな黒い影が飛び出してきて、いのりは思わずワッと短い悲鳴を上げる。

 反射的に晴太はいのりの前に躍り出て、いのりに覆い被さらんとする影に向けてフライパンを構えた。


「委員長は俺が守る! 必殺ッ、なんか取り合えず打撃!!」


 叫びながらフライパンを精一杯振りまわす!


「イッ、でぇーッ!!」


 フライパンの底で相手を捉えたガンッと鈍い音と共に、野太い悲鳴が盛大に上がる。


「お……?」


 晴太といのりは、フライパンに弾かれてその場に倒れた相手の姿を恐る恐る見やる。倒れているのが見慣れた人間であることに気が付いて、二人は大きな声を上げた。


「あーッ! 直江ーッ!!」

「直江くん!?」


 二人の前に倒れ伏しているのは、クラスメイトの直江継之助だった。

 フライパンの一撃の前に気を失ったのか、低い声でうめく直江を晴太は慌てて抱き起した。


「直江ーッ! しっかりしろ! 一体、誰がこんなことを!」

「お、おめぇだよ……!」

「なんだ。大丈夫じゃん。良かったー」


 直江の意識があることに安堵して、晴太はぺいっと直江を放り投げた。

 ギャッと直江が短い悲鳴を上げると同時に、電柱の陰から更に二つの影が現れた。


「直江殿ーっ!」

「ツグー!」


 それぞれが直江の名を呼びながら駆けてくる。

 それが佐竹重義と宇都宮綱であると気が付いて、晴太はフライパンを持つ構えを解いた。


 巨体を揺らしながら佐竹は宇都宮と共に、投げ捨てられた直江を抱き起した。


「魔物にやられたのか、ツグーっ!」

「直江殿~っ、傷は浅いでござるよ~! がっくりするでござる!」


 わぁわぁと友を心配する様子を見かねて、いのりが前のめり気味に二人に声を掛けようとする。


「あ、えっと、それは、」

「委員長……」


 掛けようとしたところで、晴太に肩を掴まれて制止された。

 必要な犠牲だったのだと言わんばかりの晴太の悲し気な表情に、流石のいのりも少しばかり引いてしまう。


「なに似合わんシリアスな顔して誤魔化そうとしとるんじゃ、おのれはーッ!」


 友人二人に起こされた直江は、晴太に向かって罵声を飛ばした。

 晴太は舌を出して片目を閉じ、てへへっと軽く笑って見せる。それが余計に直江を怒らせて、ついには取っ組み合いのケンカが始まろうとした瞬間。


「ごめんなさい!」


 いのりの謝罪の言葉に、場が静まり返る。

 直江に向け頭を深々と下げたいのりは、今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「私がしっかり確認もしないで騒いだから……直江くん、大丈夫? 本当にごめんなさい」

「あっ、いっ、いや! 委員長は悪くないぞ! いきなり飛び出した俺が悪い! あと、暴力振るった晴太が悪い!」

「そう! 飛び出した直江と俺が悪い! って、俺は悪くねぇよ! 委員長をお守りする為だかンな!」


 思わぬいのりからの謝罪に、晴太と直江は慌てふためく。

 まだ浮かない顔をしながらも顔を上げたいのりは、晴太と直江にもう一度だけ謝罪をすると、少しはにかんで笑った。


「二人とも優しいね。ありがとう」

「ガッ!!!!」

「ヴァッ!!!!」


 向けられたいのりの微笑みの前に、晴太と直江は声にならない叫び声を上げて胸を抑える。

 女の子に微笑まれる経験なんてゼロに近しい二人には、いのりの微笑みは眩しくてたまらなかったのだ。


「終わったか―」

「ラブコメすんなら後にして欲しいでござるー」


 何となく状況を察した佐竹と宇都宮は、疎外感からつまらなさそうに三人のやり取りを眺めていた。

 

「あ、ごめんね。でも、みんなどうしてこんなところに?」


 いのりの質問に、胸を押さえながらよれよれと立ち上がる直江が答えた。


「学校にな、取り合えず行こうと思っとたんだ。こんな変な状況だ。一人でいるよか、ずっと安心できる」


 同様に、佐竹と宇都宮も学校へ向かっていたと言う。

 それなら都合がいいと、いのりは晴太の顔をちらりと見た。


「私達も学校へ向かっているの。みんなで一緒に行こう。ね、晴太くん」

「えーッ! 委員長と二人きりがいいーっ!」

「また今度ね。さ、学校に行こう」


 行こうと頷いた三人と共に、いのりはすたすたと歩きだす。

 イヤだイヤだと喚きながらも、晴太もその後を渋々と着いて歩き出した。

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