000 とある冒険譚、その結末
――これは此処ではない、どこか遠い世界の冒険譚。そしてその結末である。
勇者と魔王は殺し合う宿命にある。
それは世界が定めた絶対のルールであり、今、まさに勇者と魔王がそれを体現しようとしていた。
白金の鎧兜を着込み、清廉な輝きを宿す長剣を手にする青年。
彼こそが今代の勇者、魔王と対を成す者。――シリウス・フリージアである。
彼が相対するのは一人の女だった。
床に付くかという長さの赤毛を風に舞わせ、獰猛な金の瞳で真っすぐにシリウスを見つめている。その口元には歪な三日月が浮かんでいた。
深い闇を思わせる漆黒のゴシックドレスに身を包んた彼女こそ、魔王ロズクォーツであった。
「魔王よ! これで終わりだっ!」
勇者が上段に構える剣から清廉な白い光が迸る。
白い光は波打つオーラとなり、剣を芯としてまるで柱の様にそびえ立つ。
巨大なオーラを纏った剣を、勇者は一切の躊躇なく魔王の頭上に振り下ろした。
頭上に迫る光の柱を前にして、魔王は狂喜の笑みを浮かべていた。
恐れる様子は微塵もなく、自身の頭上に両手を掲げて魔方陣を展開させる。
青白く光る巨大な魔方陣には、古代文字で書かれた呪文がびっしりと敷き詰められていた。
「素晴らしい……ッ、素晴らしいぞ、勇者よ! これ程の力であれば成せる! 成せるぞ!!」
バリアの役目も果たす魔方陣で剣を受け止め、魔王は興奮を隠せない様子で笑っていた。
勇者には魔王が何故、こんなにも喜びを見せているのかは分からない。
けれども倒さなければならぬ敵であるという事だけは、確かな事だった。
だから勇者は更に力を剣に込めた。
既にここまでの戦いで激しく消耗している彼に出来ることは、命を燃やすことのみだった。
剣の纏うオーラが更に倍化する。
圧倒的な質量を持った攻撃を前にして、魔王の展開する魔方陣が大きく震えた。
変化が起きたのはその直後のことだった。
魔方陣の放つ光が青から赤へと変化を遂げる。その輝きを目にした瞬間、魔王の顔に恍惚とした悦びが浮かび上がっていた。
「――ッ! この瞬間を! 我はずっと待っていたのだッ!!」
刹那、衝突を起こしている魔方陣と剣の間に、目が眩むほどの閃光が生じる。
「何だ、この光は――!?」
「さあ、参ろう。宿命も届かぬ別次元へ……。――次元転移術」
全てを飲み込む白色の光が勇者と魔王を包み込む。
視界が真っ白に染まる中、勇者は戸惑いながらも目の前にいる筈の魔王を凝視する。
光の中に溶けるその顔付きがやけに穏やかであることに気が付いて、勇者は何故だと小さく溢していた。
その呟きは、誰の耳にも届くことは無かった。
光が収束し、静寂だけが残される。
傷付き倒れ伏していた勇者の仲間がよろめきながら身を起こし、周囲を慎重に見回す。
目に付くのは焼け焦げ崩壊した玉座のみで、勇者の姿も魔王の姿も見当たらない。
「シリウス……? どこなの……? シリウスーッ!!」
蒼いローブを身に纏う、魔法使いの少女の叫びに応える者はどこにもいない。
こうして勇者と魔王の宿命は、双方の消失をもって幕を閉じたのだった――。
「そして此処からは、宿命に囚われぬ我と勇者の愛の物語が幕を開けるのだッ! あぁっ、ああ! どれほどまでに、この瞬間を待ち焦がれていた事か! さぁ、新たなる次元にて愛しあおう――!」
お読みいただきありがとうございます。
この作品が気になる、面白そうと感じてもらえたら幸いです。
ブックマークや評価は励みになりますので、良ければぜひ!