9 転がり族
僕はそれからというものの、転がって過ごした。
起き上がるのは、何というか、息切れするし、頭が揺れてぼーっとするし、体力消耗するし、あまり良いことがない。と、言っても体力が必要なことなど、この生活においてはないのだけど。
今のところ、一番体力を使うのは、汚い話だが、大便の時だ。
僕は動きたくない。しかし、糞便にもまみれたくない。汚れて洗うなんてことになったら、川や水たまりを探すところから始めねばならない。とてつもない労苦である。
よって大きい方をもよおした場合、少し離れたところに行きしゃがんで叢にする。近くの草で尻を拭いたらその場からできるだけ離れる。むろん、ごろごろ転がって。それなりに距離をとらないと風に乗って匂いが漂ってきたりするのだ。
夜から朝になると、草に露がついていることがあった。
透明な雫が緑の繊細な葉の集まりを映している。
なんとなしに舌が出た。
途端、口に甘く広がった。乾いていた大地に水がしみ込むように、全身が水分の訪れを喜ぶ。
僕は目を少し見開いた。そうか、僕は喉が渇いていたらしい。
口の中に意識を移せば、確かに露一粒口に転がしただけで、上あごがひりついている。舌もぱりっぱりに渇いており唾液の量が少ない。唇も乾燥し、切れ目が入ってしまっているようでカサカサしている。
僕は夢中で露を手あたり次第口にした。もちろん寝転がりながら。
体中が潤いをもち活性していくのが分かる。
とはいえ、やはり立ち上がりたいとは到底思えず、舌を伸ばしてなめとれる露がないとなると、転がって次の露を求めた。
露はほとんど朝だけで、昼間になるにつれて跡形もなく消え去ってしまう。
夜明けがチャンスだ。
そうして僕が草原にきて何日たっただろうか。4日、いや7日くらいか?
僕はいつものように草原に転がっているとシャツを引っ張られた。
ぎょっとして僕は服を取り返そうと引っ張る。
「やめてくれ、これは僕の一張羅なんだ!」
この制服がなければ、僕は裸で過ごさねばならなくなる。
抵抗もあえなく、服が引き裂かれる音がする。
日頃何もしていない僕よりも、羊の方が強かった。
僕が撃沈していると、ぬっとしわくちゃの顔が現れた。
羊飼いの爺さんだ。
何度かあれから姿を見ていた。
羊に餌を食べさせにやってくるのだ。
爺さんは驚いたような顔をして何か言った。
そして懐から堤を出し、僕の上に乗せた。
そして口に入れるような仕草をしてみせた。
どうやら食べ物をくれるらしい。