5 新世界
指先が無意識にぴくっと動く。体に痛みはなかった。何かやわらかいものの上に僕は寝ていた。
独特の青臭い匂いから、おそらく芝生の上にいるのだろう。
頭上でひそひそ話す声がする。
「川谷、久しぶりだな、急に来なくなって、皆心配してたんだぞ。」
Aの声だ。
「…うん。久しぶり。」
奴の声だ。妙にしおらしい。奴の名前は川谷らしい。そう言われてみればそうだった気がする。
「こいつにいじめられてたのか?」
こいつとは、僕のことだろう。
「……うーん、まあ、そんなとこ」
「へー、そんな奴だと思わなかった」
薄目を開けかけていた僕は慌てて目を閉じる。
Aが僕に軽蔑の目を向けていた。
心臓が嫌な音をたてる。
こんなの、今更だ。
気にして何になる。
そうは思っても、Aの表情が脳裏に焼き付いて離れない。
「それより、ここどこだろう」
僕は再び薄目を開ける。
奴、もとい川谷が立ち上がり周囲をうかがっている。
僕ら3人は広大な草原の中にいた。周囲には霧が立ち込め、薄い光が差しており、どこか幻想的だ。
「学校…、ではないだろうな」
「ここにいても仕方がない、誰かに助けを求めよう」
Aが言い、川谷が頷く。そして倒れてる僕を見た。
「そいつは、置いておこう。いじめをするような奴は嫌いだ。小学生や幼児じゃないんだ、自分で何とかするだろう」
川谷は一瞬逡巡する。Aに従う方が良いと判断したのだろう。
2人は霧の奥へ向かい、すぐに姿が見えなくなった。
僕はそれを見送ると体を起こした。
ちゃんと動く。屋上から落ちたのに、けがもない。
僕は改めて周囲を見た。
360度、どこを見ても草むらである。
僕は広い草むらにたった1人で立っていた。
体の奥底から何か熱いものがこみ上げてくる。
僕は、1人だ。
僕は、自由だ。
ひきつれるような孤独ととてつもない解放感に僕は、ただ佇んだ。