4 三つ巴
「飛び降りて、新しい人生が始まる、なんてさ。
そんなことあり得ないかもしれないけど、もしあるんだったら、って。」
奴の声は次第に小さく掠れていく。
「どうせ俺がいなくなったって、誰も気にしない。
それって生きてても死んでいても同じじゃないのか。」
そうは言っても、糞は出るし、腹も減るんだよな。
そして、日は必ずのぼるのだ。
僕は紙パックのジュースを飲み干す。急いで大量に吸ったため、思ったより大きい音が出てしまった。慌ててストローから口を離すと、強く吸った反動でキュポン!と大きな音が出た。弾かれたように奴が顔を上げる。
「だーかーら、ここ、シリアスなとこなの!
いつの間に紙パックジュース飲み干してんの!?
そしてまたおにぎり食べてるし!!」
あと62秒で食べ終わらなければならないのだ、何せあと96秒でチャイムが鳴るのだから。
僕はモゴモゴと口を動かした。
「もう!何言ってんのか分かんないよ!」
奴は呆れを通り越して、苦笑した。
「なんか、俺までお腹すいてきちゃったじゃん。
最後の食べ物がおにぎりなんて言うのもありたよね。」
奴は僕の弁当箱を見て言った。弁当のおかずは最初にすするように口に吸い込んだので、残すはおにぎり一つだ。
これはつまり、残りのおにぎりをくれ、と言うことか?
腕時計を見る。あと48秒。食べるには微妙な時間だ。死ぬのが本当かは分からないが、精神的に弱っている奴に恵んでやる良心くらいは僕でも持ち合わせている。
僕はおにぎりを片手に立ち上がった。
柵に近寄り、おにぎりを手渡そうとしたその時、
「何してんだよ!」
のっぽのAだった。扉を破らんぱかりに屋上へとびこんできた。手元が狂い、おにぎりが宙を舞った。
そこからはスローモーションで動画が流されているように見えた。
僕の右手はおにぎりを求めて柵の向こうへ、体ごと傾く。
奴の体が驚いたように柵による。
何だ、やっぱとぶ気なんてないんじゃん。
奴の顔はAの方に向けられていた。
眉が下がり、なんというか、気弱そうな顔をしている。
なんというか、きゅるんとした、そう自分は純粋で悪いことなんか何も考えてません、全てにおいて自分は被害者です、と言う様な。
さっきまでの勝ち気さを考えると、まるで別人である。
「お前、さてはいじめてたな!?」
Aはなぜか突っ込んできた。きっと、僕と奴の間に入ろうとしたのだろう。
僕は後ろからAに押される。金属音がして押さえつけられていた足もとが自由になる。つまりは柵の一部が壊れ宙に舞う。止めようと僕の手を掴んだAの体も、僕を留めきれず、バランスを崩し足場を完全に失う。
そしてA。完全に僕に体当たりをしいた。柵があると思っていたのだろう。驚きの顔のまま、僕に当たった勢いのまま、柵のあった場所を乗り越える。
走馬灯のように、一生の記憶が一瞬にして流れる。
どれも隅っこで生きてきた取るに足りない記憶。
そして傍らには母がいた。
最後に老人のしかめっつらと、将棋の局面。
ーあぁ、これが詰みかー
遠くで柵が地面に叩きつけられる音がした。