お誂えた真影 雑草
父は目尻を下げ穏やかに笑う。母は下腹部に違和感が残るのか時折体位を変えながら父親と額を突き合わせて嬰児をのぞき込む。前日に誕生した我が子との対面だ。子供の育成のサポートを目的とし開発されたアンドロイドベビィケアの背に乗せられた小さな命は健やかに眠る。父母は揃って17歳の高校生だ。育成システムの休暇はまだ80日残っている。母は健診が良好だったので明日産院を後にして、共に生活する住居に向かう。出産という栄光は多くの補助に肖る。出産の苦痛は最新医療によって安全かつ、苦痛を取り除かれ、体力の回復をするための部屋は非常に快適だ。贅沢をし、丁重に扱われふたりの高揚は最高潮に達している。
「俺と尋伊の子だ。」
「小さいとか、凄いとかばかりで、生んだわたしへのありがとうは?」
父は、我に返り慌ててありがとうと感謝を伝える。母親からもったいつけてこちらこそママにしてくれてありがとうと感謝が返ってくる。両親は自然に嬰児をのぞき込む。
「俺は無敵って苗字を持つ最後のひとりだった。」
「最初は変な名前って思った。一度聞いたら絶対に忘れない名前だけれど。」
「けれど、この世でふたりの苗字になれるかもしれない、三人で名乗れるかもしれない。」
母はうっとりと耳を傾ける。ふたりは結婚チェックで婚姻の許可が出ていない。仕方なくまず出産し育成の補助を享受しつつ夫婦になろうと画策する。3年間は三人で暮らす生活基盤が保証される。婚姻許可のない男女のふたり、もしくはどちらか片方でも、補助がなくなる4歳の誕生日に700通貨を国に納付すれば親権を獲得できる。
父は白い顔に力を籠める。決心を新たにする気迫が込められる。
「俺、働くよ。700通貨って何かわからないくらいの大金だけど、貯めてみせる。スキップできない程度の頭だし、最小単位だけ取って、後は働く。」
「わたしも働く。ベビィケアがいるし、なるべくどっちかが赤ちゃんといよう。寂しくないように。」
母も力強く賛同し、父の白い顔を紅潮させ深く頷く。
「親権を取れたら結婚だってできるよ。そして二十歳で兄弟をつくって大勢で過ごそう。」
「結婚さえできれば、子供がたくさんできれば、注目の的の憧れ家族になるよ。きっと。」
母は声を立てて笑う。嬰児が気配にむずかり始める。父が素早く抱き上げ、可愛い可愛いと揺らす。ベビィケアは初期形態の卵を横にした形に戻って部屋の隅に移動し待機態勢で静止する。個室は生命力で溢れ、熱気と希望を含み高揚している。最も幸福な時間に父母は酔っている。
3年が経過し親権審判の日、父母は学習の過程を終えておらず大学生だった。新しい親を待つ施設へと引き取られる子供を見送るために久しぶりにふたり揃っている。
怠惰なふたりは学位をスキップせず、生活は育成助成金で賄い個々の欲求に忠実に生活を送った。最初はアルバイトをしていた。労働を嫌い徐々に育成を理由に学業も労働もおざなりになり今日に至る。結婚チェックの通り、健康以外に目立った長所がない子供は多くはいらない。幼児はベビィケアに最も懐き、アンドロイドがプログラム通りに育児を行っており、のびやかに過ごしている。人型に擬態したベビィケアと手を繋ぎ、出かけることを喜びはしゃぐ後姿が我が子を見る最後となる。輝かしい家庭ごっことの決別に親子水入らずの部屋で悲壮感を醸し出そうとするが、とっくに飽きていた年若いふたりに気持ちを乗せることはできず、名前を呼んで手を振るだけに終わった。若い父母は再び子供に返り、親の庇護下へ帰ってゆく。子供は健康的で丈夫な肉体を活かせる伴侶と紐付くため、適切に育てることのできる選ばれた親の元に送られることになる。