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君に触れた音のない恋  作者: 倉津野陸斗
第1章 恋とはどんなものかしら
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出会い

 豊中結月は、ゆっくりと起き上がり、最初にスマートフォンの通知を確認することから一日を始める。

 「あ、柊」と小さく呟きながら、眠い目をこすりつつラインのアイコンを見つけ、そっとタップする。


『おはよう! 今日も一緒に行こうよ』


 可愛らしい文字を目にし、思わず微笑む。彼女は、了承のメッセージを送りながら、柊のことを思い浮かべる。

 柊は彼女と同じくらい、あるいは少し小柄な背丈を持っている。彼女が中学生の頃、柊は男子からも女子からも好かれ、さらには先生からも子犬のように愛されていたことを思い出す。

 昨日の入学式では、周囲の女子たちからインスタグラムのアカウントを尋ねられていた姿が印象的だ。彼女にとって、幼馴染である柊は少し自慢できる存在だった。

 ぼんやりと明るくなり始めた外の光を眺め、彼女は体を伸ばしながら、ゆっくりとリビングへ向かう。


「おはよう、今日から学校ね」


 母がキッチンでコーヒーを入れながら微笑む。


「うん、友達できるかな」


 結月が心配を漏らす。


「柊くんがいるから大丈夫よ」


 母の言葉に、彼女は安堵の表情を浮かべ、自分を奮い立たせる。

 用意された朝食を食べ終えると、彼女は飼っている犬、むぎの散歩に出かける。まだ家を出るまで一時間半もある。むぎとの散歩は朝の習慣になっている。

 ポメラニアンのむぎは、結月が中学生に入学した際に、父が祖父から譲り受け、家で飼うことになった犬だ。祖父は半年前に足腰の痛みから犬の散歩ができなくなり、結月の家で面倒を見ることになったのだ。

 好奇心旺盛で元気なむぎは、すぐに豊中家に懐いた。特に結月には一番懐いており、時折、柊とも一緒に散歩に行くこともあった。

 三十分ほど、家の周りを散歩する。オレンジ色に輝く空は、桜の花びらと共にゆっくりと混ざり合い、美しい春の一瞬を彩っている。静かな朝は、虫やウグイスの鳴き声、春の風が吹き抜ける音、そしてむぎの息遣いだけが耳に届く。

 春の心地よい雰囲気の中を散歩し、家に戻ると、真っ先に風呂場に向かう。足の汚れを落とすためだ。むぎの小さな足をシャワーで優しく流すと、むぎのクリクリした目がキョロキョロと左右に動いている様子が愛らしい。

 タオルで拭かれると、むぎは一目散に母の元へ走っていく。ご飯の時間だ。

 むぎがご飯を食べている間、結月は準備をするために部屋に戻る。準備を終え、紺色の制服に着替える。余裕を持った出発を心掛けているため、ストレスのない毎日を送ることができている。

 駅までの道を歩きながら、心が弾む気持ちを抑えきれない。

 柊と合流するために駅へ向かう。


「おはよー! やっぱり似合うね」


 透き通った高い声が響く。柊は先に来ており、その小さな体格に端正な顔立ち、綺麗な茶髪のおかげで、まるで俳優のように美しい存在感を放っている。道行く女子高校生たちが柊を見つめる姿も、彼女にとっては少し誇らしい気持ちを抱かせる。

 柊の透き通るような高い声が、朝の静けさに響く。まだ声変わりが来ていないのか、綺麗な声だ。

 一緒に列に並び、中央線に乗り込む。朝の中野駅は非常に混雑しており、電車に乗るのも一苦労だ。西国分寺駅を通過したところで、突然、緊迫したアナウンスが流れ、電車が急停止する。「人身事故?せっかく早く家を出たのに」と、結月はがっくりと肩を落とす。


「初日なのにー。遅刻しちゃうね」


 隣の柊が笑いながら言う。彼は、あまり気にしていない様子で、むしろラッキーとでも思っているかのようだ。


「いきなり遅刻はやだよ」


 結月が柊を小突きながらため息をつく。電車が動き出したのは二十分後。ギリギリ作業の時間に間に合うかどうかの微妙な時間だ。

 八王子駅に着くと、遅延のため中央線、八高線、横浜線からの乗客がごった返し、身動きが取れないほどの混雑に巻き込まれる。


「おお、すごい人!」


 柊が楽しそうに驚くが、結月は少し羨ましい気持ちを抱く。


「早く行こう」と彼女が促すと、「うん」と柊が元気よく答える。


 急いで駅を抜け、バスに乗り込む。学校に到着したのは、始業開始時刻から十五分遅れた頃だった。


「おい、初日から遅刻って何考えてるんだ」


 頭の光った初老の男性教諭が二人に叱責する。


「すいません。電車が遅延していて・・・・・・」


 柊が遅延証明書を示すと、教諭は納得したように職員室へと二人を連れて行く。

 職員室前には多くの生徒が集まっており、全員が電車の遅延に巻き込まれたことを悟る。


「なんかこんだけいたら怖くないね」


 柊が言うと、「そうかも」と結月は、内心ほっとした気持ちになる。


 結月と柊が二人で教室へ向かおうとすると、後ろに一人の女子生徒がいることに気がつく。


「あれ、君も五組?」


 柊が話しかける。彼は誰にでも話しかけられる、いわゆるコミュニケーションの達人だ。ニコニコとした柊に対して、女子生徒は少し呆気に取られたような表情を見せる。


「え、そうです。二人も?」


 と少し緊張しながら答えると、そうだよ! 一緒に行こう!」と柊が元気よく返す。

 結月は、少し安心しながらも微笑んでいた。三人で教室に向かう途中、柊が「名前なんて言うの?」と尋ねると、女子生徒はまたも少し顔をこわばらせている。


「野島香恋です」と彼女が答える。


「香恋? いい名前だね! 僕は星野柊! 柊って呼んで」と柊が無邪気さを発揮して自己紹介すると、結月も続ける。


「私は豊中結月です。結月って呼んでね」

 

 「結月? いい名前だね」と香恋が緊張しながらも微笑む。


 柊以外の二人は、少しずつ打ち解けていく様子が見受けられた。

 三人で教室に入ると、担任が椅子に座り、全員が揃うのを待っている。


「あ、やっと来たか。あと十四人だ」


 担任が言う。


「十四人もまだ来てないんですか?」


 結月は思わず口に出す。担任は呆れた表情をした。


「ああ。初日から遅延は勘弁だよ」


 他の生徒は、もう友達を作り、グループを形成し始めている。

 三人はそれぞれの席についたが、柊は荷物を置くとすぐに結月の元へやってきた。


「まだみんな集まるまで時間かかりそうだね」


「うん。最初の授業は日本史だけど、先生も来てないみたいだね」


 結月と柊が周りを見回すと、香恋がやってきた。


「ねえ、ライン交換しない?」


 香恋がスマートフォンを取り出した。


「あ! いいね! しよう!」


 柊が無邪気に答える。

 それぞれ交換すると、適当に『よろしくね』と描かれたスタンプを送る。

 ついでに三人のグループも作った。


「ねえねえ、香恋は何の部活に入るとか決めてる?」


 柊はもう香恋と名前で呼んでいる。


「いや、まだ決めてないけど、柊くんは?」


「僕はね、オーケストラ」


「あ、柊もオーケストラなの?」


 結月は、見つめていたスマートフォンの画面から目を上げて反応した。


「うん! 僕クラシック音楽好きなの」


「私もオーケストラにしようと思ってるの」


 結月もそう言うと、香恋が反応した。


「私もクラシックが好きだから、そうしよっかな」


「そうなんだ! 一緒にやろ!」


 柊が香恋を誘うと、香恋も頷いた。


「今日、入部体験あるらしいけど、行く?」


 結月が言うと、二人も答えた。


『ここのオーケストラってすごいイケメンの人がいるんでしょ?』


 隣のグループの女子たちが甲高い声で騒ぎあっている。


「イケメンいるんだ」


 結月がボソッと言うと、柊が笑った。


「僕は?」


「え? 柊はイケメンだけど、可愛いが強いもん」


「なにそれー」


 柊は、そう言いながら笑っている。

 全員が集まったのは、それから五十分後。丸々一時間潰れて、男子たちはラッキーと叫んでいた。


 その日の授業が終わり、三人はオーケストラの練習場所である多目的室に向かった。

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