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君に触れた音のない恋  作者: 倉津野陸斗
第2章 憂鬱なセレナード
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板挟み

 期末テストは無事に終わった、と言い切ることはできなかった。結果を受けて、私はひどく胸を痛めていた。

 数学の試験で、赤点ギリギリの点数を叩き出してしまったからだ。なんとか部活参加停止の措置は免れたものの、担任の先生と親からは、やんわりとだが厳しい言葉を浴びせられた。勉強の重要性を再確認するようにと言われ、心に刺さるような言葉が胸に残った。

 柊や結月も、私と同じような境遇にあるのだろうか。

 結果を受けて、彼らの顔にもどこか落ち込んだ色が浮かんでいるように感じられた。あるいは、もっと多くの生徒が同じように叱責を受け、口々に「もっと勉強しなさい」と言われているのだろう。

 テストの返却が進む中で、各教科の先生方も同じように、淡々とした口調で「もっと努力しなさい」と繰り返していた。

 それがまるでお決まりのセリフのように響き、自分がひどく劣っているような気さえした。目の前で渡される一枚一枚の答案用紙が、何よりも重く、心を締め付けるようだった。

 三者懇談というものが待ち受けている。進学校という特異な環境がそうさせるのだろう、懇談ではおそらく厳しく追及される。

 そのことを思うと、胸の中に冷や汗が滲んできた。テストが終わり、ようやくその場を去ったというのに、心の重さはむしろ増しているような気がした。

 その日最後の教科、地学のテストの返却が終わると、私たちは静かに音楽室へ向かった。

 柊も結月も、明らかに元気がない。その足取りは、どこかしら重く、悩みの影を背負っているようだった。私もまた、無意識に足元に視線を落として歩く。

 音楽室の扉を開けると、すでに二年生と三年生の姿が見受けられた。部室の空気は、どこかしら静寂をたたえていた。

 それは、音楽室に立ち込める重圧にも似ていた。三年生たちは、間もなく受験を迎えるため、この夏の定期演奏会をもって引退する予定だ。

 その後は、受験勉強に一層専念することになるのだろう。

 私たちはまだ、高校生活の最初の一歩を踏み出したばかりだというのに、彼らはもうすぐその幕を下ろすことになる。

 引退まで、まだ部活にどっぷりと浸れるだけの時間があると思っていたが、それがどれほど贅沢な時間なのかと、心の中でつぶやく。

 受験勉強というものが、どれほど過酷で、心を削るものであるのかは、私にはまだ到底想像できないが、彼らがその道を歩むことを選んだ以上、それを避けることはできないのだろう。

 音楽室の中では、まだ穏やかな雰囲気が漂っていた。壁に掛けられた楽器の影が薄暗くなり、まるで過去と未来の狭間に立っているような気分にさせられる。しかし、やがてその静けさも、時間とともに変化していくだろう。私たちもまた、立ち向かうべき壁が待ち受けているのだから。

 受け取った答案やテストの結果、それが私たちにとっての現実だと教えてくれているようだった。

 それでも、どこかで音楽が、心の支えであり続けることを知っている。だから、無理にでもその手に楽器を取らなければならない。音符がページの上で踊り、弓が弦を滑るたびに、少しずつだが、私の中の重しが解けていくような気がするから。


「お、来たね」


 瑠夏先輩が結月に手を振って出迎えた。


「え、なになに。そういう関係?」


「違う! ちょっと仲良くなっただけ!」


 いつものように、柊は結月をからかっている。無邪気に、そして楽しげに口を挟むその言葉に、結月は一瞬顔をしかめるものの、すぐにその表情が和らいだ。

 怒る様子もなく、どこか満更でもないような、微かな笑みを浮かべている。その姿に、柊も気づいていないだろうが、結月の心の奥底には、少しだけ嬉しさが滲んでいるように見えた。

 結月が口にしないだけで、彼の優しさを感じ取っているのだろうと、私はぼんやり思った。


「よし、じゃあ三十分後に練習始めるよ!」


 瑠夏先輩が教室の片隅で声を張り上げた。その声は、静かな教室に澄んだ響きをもたらし、周囲の空気さえも振動させるかのようだった。

 だが、外の世界はまるで違った。蝉たちの鳴き声が、うねる波のように絶え間なく繰り返され、教室の窓ガラスを震わせるようだ。

 自然が支配する世界と、私たちが作り出す音楽の世界が、真逆のテンポで広がっているかのようだった。窓を閉め切っても、その音の波は体の中に流れ込むようで、空気の温度差がその感覚をさらに強める。

 冷房が効いた涼しい部屋に包まれた私たちは、楽器を手にし、それぞれの練習に没頭し始めた。汗をかかずとも、次第に音が体の中で温まるのを感じる。楽器を奏でる手が自然と軽くなり、無意識にメロディがつながっていく。

 そのうち、他の部員たちの音とも重なり合い、まるで小さな交響曲のように、教室全体が響き始めた。

 私たちは着実に上達していた。大山先生からも、「この調子なら、演奏会に出演しても問題ないだろう」と言われるまでになった。

 お世辞ではない、心からの言葉だった。その言葉が嬉しくて、練習にも一層力が入る。

 しかし、どうしても心から浮かばないのは、あのテストの結果だった。部活動の中でいくら演奏に打ち込んでも、あの数字が脳裏に浮かぶと、どこか足元がふらつくような気持ちになる。

 でも、今はただ、音楽に集中する時間。細かなことは、その後で考えればいいのだと、心の中でつぶやいていた。

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