平民…?
「レン...?」
「ああ、よろしくな。」
「あれは、魔術?」
バードウルフを魔術で退治してくれた少年はレンと名乗った。服はボロボロで、髪も至って綺麗にされていない。見た目は平民なのに...魔術が使える、?
困惑している私の様子を感じ取ったのか、レンが苦笑する。
「まぁ、驚くのも無理はねぇか。」
「あなたは貴族なの?」
「いや、知らん。記憶がないもんでね」
そう言ったきり、レンは顔を背ける。
平民で魔術が使える存在なんてものは女神に許されていない。ってことは...この子は貴族って事になるということ。自分で考えながら、私は内心冷や汗がぶわっと吹き出す。この歳で魔術が使えて、今平民のフリをしている貴族の子どもと言えば1人しか居ないのだ。
天 敵 ヴォルト・ジークベルト
前前世の私を処刑した人物。私がその考えに辿り着き顔面蒼白にしていると、その様子に気づいたレン(ヴォルト様)が、気遣うようにして顔を覗き込む。
「おい、大丈夫か?」
「どうかお慈悲を!殺すことだけは......!!」
「はぁ?」
何言ってたんだこいつというような目で訝しまられ、しまった!と口を慌てて閉ざす。
閉ざしたのはいいが、イラついた様子のレンにジワジワと壁側に詰め寄られる。
「見ず知らずのあんたに、怖がられる覚えないんだけど。俺」
「すみませんんん!ある人に重ねてしまって......!」
「ふーん、その人と顔似てるの?」
「いえ...マダニテナイデス」
私とヴォルト様は同い年のはずだから、今は8歳。私が前前世で会った歳は16歳。当然、顔立ちが全然違うのだ。面影はあるが......
レンがどういう事だというふうに、さらに壁に詰め寄る。
「ヒッ」
乾いた声が漏れる。何を言われるのか、顔面蒼白でビビっていると爆弾発言が投下された。
「後、お前...貴族だよな?お貴族様がどうしてこんなとこにいるんだ?大通り向こうだけど」
そう言って、カンナたちがいるであろう方向を指差す。
そうじゃん!魔力量が分からない平民は、私の正体にも気づかない。でも、貴族レベルの魔力を持つ者なら...相手の魔力量が分かるんだった......。
その事にハッとなり、どう誤魔化すか悩んでいると...
「まぁ別にお前のことはどうでもいい。だが、貴族な以上俺の前から消えろ。」
そう吐き捨てるレンの言葉を聞き、忘れていた事を思い出す。
そういえば、ヴォルト様って人嫌い(とくに貴族嫌い)なんだった...。ここで殺されるかもな..、と遠い目になっていると、突如ひらめいた。
「あの、私に協力してもらえないですか!?」
「は??」
「お願いします!!」
そう言って、ガバッと頭を下げる。
貴族嫌いなら、貴族から平民になりたがっている私の事は、嬉々として手伝ってくれるのではないだろうか!?という考えに私が行き着く。
土下座でもしそうな勢いで、頭を下げた私を見てレンが呆気にとられる。
「いや、あの..お前聞いてた?」
「もちろん!バッチリ聞いてました!」
「聞いてたなら、俺に頼もうとは思わねぇだろ!」
「え?...あっそういうこと!?勘違いしてるって!」
「なにがだよ!」
「私を平民にする手伝いをして欲しいの!!」
そう言った瞬間、今度こそレンがカチコチに固まってしまった。ピクリとも動かなくなってしまい、驚かせすぎたかな...と心配していると、
「ますます訳わかんねぇよ...」
「動いた...!?」
「人を死んだ扱いすんな」
私の返しに呆れたふうに言い返してくる。さっきまで固まっていたかと思いきや、今は面倒くさいとでも言いたげな表情で、帰ろうとするので思わず...
「ちょ、待って!真剣なの!」
「真剣とかどうでもいい!面倒事に俺を巻き込むんじゃねぇ!まず、誰かも知らねぇんだよ!!」
「私は、アリー!サイレント公爵家長女!!」
「.....ん?お前、いま何て?」
「え?だからアリー・サイレント.....」
自分の名前を正直に、そのまま言うとレンがドン引きする。引かれた理由が分からず、首を傾げるといきなり、怒鳴られた。
「出会って数秒のやつに、名前を自白する奴がいるかァ!!貴族としての自覚を持て!」
「知らないって言ったのそっちじゃん!」
「本当に言うとは思わねぇだろ!」
ギャーギャー言い争いを続けていると、しびれを切らしたのか、レンがいきなり腕を掴んでくる。
「ここで言い争いしても、野次馬が集まってくるだけだ。何のつもりか知らねぇけど、話し合いたいならとりあえず俺に着いてこい。」
「え?ちょっと待って!はやいはやい」
そう一言だけいい、スタスタと歩いて行く。腕を掴まれた状態の私が引きずられるようにして、慌てて着いていくと、明らかに金持ちが集まっていそうな立派な建物の前で、止まった。
「とりあえず入れ。話はそれからだ。めんどくせぇ」
「面倒くさくて悪かったわね!」
嫌味を言いながら建物の中に、レンが入っていく。
殴りたい衝動に駆られながらも、その後ろに着いて私も建物の中に入ると......その中は、注文と話し声が飛び交う料亭だった。
私達の存在に気づいた店員の人が、笑顔で挨拶してきてくれる。
「いらっしゃい。料亭シーウェストへ」