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3 男爵令嬢の毒牙

 執務室に入ってきたアスタは、いつものように俺に近づくと隣にちょこんと座った。



 侍女が淹れてくれた紅茶をひと口飲むと、堰を切ったように話し出す。



「ラナルフ様、以前お話ししたモニカ様のことを覚えていますか?」

「以前って、このところ毎日話してるから覚えてるも何もないだろ」

「またモニカ様が、レイラ様に難癖をつけていたのです。モニカ様の教科書がびりびりに破れていて、それをやったのがレイラ様だと言いがかりを」

「言いがかりだってわかるわけ?」

「当たり前です。私はちゃんと、そのびりびりに破れたモニカ様の教科書を触りましたから」

「触ったのか?」

「はい。モニカ様が見せびらかすようにしていて、みんな集まっていたのでどさくさに紛れて」

「相変わらず、よくやるね」

「はい」

「んで? 何が『見えた』の?」

「もちろん、自分の教科書をびりびりに破いているモニカ様です」



 顔色は変わらないものの、なんとなく怒りと苛立ちを漂わせるアスタ。



 最近のアスタの話題は、このモニカ・ラッセルとかいう男爵令嬢にまつわるものばかりである。なんでも、今年になって編入してきたらしいこの一つ年下の男爵令嬢。編入してきた途端、媚びるような態度で庇護欲をかき立て、色目を使って名だたる高位貴族の令息たちを手玉に取っているらしい。



 アスタの学年にはこの国の第二王子や宰相の長男、騎士団長の息子や世界を股にかける大商会の息子なんかもいるわけだが、そいつらがまあ、そろいもそろってその令嬢の毒牙の餌食になっているんだとか。しょうもない。



 そしてアスタは、そんな学園の嘆かわしい状況を声高に憂いているのである。



「だいたい、レイラ様がそんなしょうもないことをするはずがないではありませんか」

「まあ、イースディル公爵家の令嬢だしな。いざとなったら男爵家ごと捻り潰すくらいはやるだろうな」

「そうです。しかも第二王子の婚約者として、学園での勉強はもちろん王子妃教育にも熱心な貴族令嬢の鑑たる方ですよ? そんな方を貶めようとするなんて」

「だってほら、第二王子もその男爵令嬢の毒牙にやられちゃってるんだろ?」

「そうなのです。だからフレデリク殿下もモニカ様の味方になって、証拠もないのにレイラ様を糾弾しようとして」

「うわ、まじか」

「当然、そこにはあのいつものメンバーもはべっているのですが」



 「あのいつものメンバー」とは、男爵令嬢にうまいこと篭絡された令息たちのことである。現宰相の長男であるジェラルド・ナイトレイ公爵令息、騎士団長の一人息子であるギデオン・ウェイド侯爵令息、クヴィスト商会代表の長男であるマティアス・クヴィスト。そろいもそろって男爵令嬢の取り巻きと化して、学園の秩序を乱しまくっているらしい。



 しかもこいつら、全員しっかりとした婚約者がいるのである。にもかかわらず男爵令嬢ごときに丸め込まれ、日々醜態をさらしまくっている。婚約者である令嬢たちも当然学園に通っているわけで、そんな状況にアスタが息巻くのも無理はない。



「んで、どうなったんだ?」



 水を向けると、アスタがまた勢いに乗って続きを話し出す。



「モニカ様の教科書が破られたのは恐らく昨日のことなのですが、レイラ様は昨日学園には登校していなかったそうなのです。王妃殿下から直々にお呼び出しがあって、午前中から王宮に登城していたとかで」

「王妃殿下から?」

「そうなのです。王妃殿下とお話しされたあとは、そのまま王宮での王子妃教育に向かわれたそうで。なので言うまでもなく、モニカ様の教科書を破くことなどできないのですよ。それがわかってフレデリク殿下やほかの令息たちはやいのやいのと騒いでおりましたが、王妃殿下や王子妃教育の教師陣が証人なのですからそれ以上追及することもできず」

「お粗末な話だな」

「本当にそうです。以前にも、エイブリル様やリディア様がモニカ様を悪しざまに罵っていたという話があったじゃないですか? あれは単に、婚約者のいる令息にむやみに近づいたり馴れ馴れしく触れたりしてはいけませんと注意しただけの話なのに、ひどい意地悪をされたとモニカ様が大騒ぎして」

「あー、あれもどさくさに紛れてアスタがラッセル男爵令嬢に触れて、事実が『見えた』んだっけ?」

「そうですよ。でも客観的な証拠がないせいで、エイブリル様とリディア様はそれぞれの婚約者であるジェラルド様とギデオン様にそれこそ悪しざまに罵られて」

「ひどい話だ」

「そうです。ほかにも机の中にカミソリが入っていたなんて騒ぎ出して、マティアス様の婚約者であるアデラ様の仕業だと決めつけて責め立てたこともありましたし」

「物騒な話だけど、確かそれも自作自演だったんだよな?」

「その通りです。もう連日のようにモニカ様とモニカ様にうつつを抜かす殿下たちはやりたい放題で、婚約者の令嬢のみなさまの暗い顔といったら本当に見ていられません」



 相変わらずの真顔で令嬢たちの境遇を嘆き悲しむアスタではあるが、実は、その誰とも友人と言える関係ではない。



 というか、アスタには友だちがいない。残念ながら。こんなに可愛いのに。



 無愛想で無表情で、人に対する恐怖そのものは改善したものの極度の人見知りになってしまったアスタは、学園でもほとんど一人で過ごしているらしい。しかも、あまりの愛想のなさにまわりから敬遠されるだけでなく、口さがないやつらから『人形令嬢』などと揶揄されてもいる。腹立たしい。



 でも当のアスタは、



「人形令嬢なんて、うまいフレーズを考える人がいるものですね」



 なんてまったく気にしていない。さすがは俺の可愛いアスタ。飄々と、自由に学園生活を謳歌しているようである。



 とはいえ、友だちではなくても最近の学園の雰囲気には思うところがあるようで、こうして毎日のように男爵令嬢とその取り巻きたちを非難し、婚約者である令嬢たちをなんとかしてあげたいと気炎を上げている。



 触れることで『記憶の残滓』が見えるアスタには、事実がわかっているのだからなおさらである。



「ラナルフ様、なんとかならないのでしょうか?」

「なんとかってなんだよ」

「モニカ様や殿下たちをぎゃふんと言わせたいのです」

「いや普通、なんかあってもぎゃふんとは言わねーだろ」

「では、やっぱりボッコボコにすべきでしょうか?」

「は? アスタが?」

「だってラナルフ様、腹立たしいときにはよく『ボッコボコにしてやるよ』って言うじゃないですか」

「いや、言うけどもさ」



 俺の実家であるガルヴィネ辺境伯家は国境に接しており、国防のため固有の騎士団の保有を許されている。辺境伯騎士団は王立騎士団とは違い、多少泥くさい戦い方であってもとにかく勝利を優先する武闘派集団である。何事も実力重視、強い者が勝つし勝った者が強い。そういうむさ苦しい荒くれ者の騎士ばかりが集まる実力派社会の中で、俺は育った。



 だから何かあるたびについ、『ボッコボコにしてやるよ』なんて言葉が口をついて出てしまうわけだが。それをアスタが言い出すとは。



「アスタが武力でボッコボコにできるわけねーだろ」

「いえ、武力でボッコボコにするつもりはありません」

「じゃあどうすんだよ?」

「『記憶の残滓』が見えることを公表し、モニカ様が嘘をついていると糾弾しようかと」

「は? そんなのダメに決まってんだろ!」



 俺が強く反論すると、アスタは不思議そうに目をぱちくりさせる。



「どうしてですか?」

「そんなのが知れたら、お前のその特殊能力を悪用しようとするやつが出てくるからだよ。その能力を狙って、お前自身が危ない目に遭うかもしれないし」

「そうでしょうか?」

「そりゃ、そうだよ。人には見えないものが見えるんだから、相手が隠してる秘密や本性なんかも暴くことができる。あのなんとかっていう伯爵のときみたいにな」

「あー、確かにそうですね」

「悪用しようと思えばいくらでもできるんだよ、お前のその能力は。だから大っぴらにしちゃダメなの」

「そうですか……」



 俺の言葉を素直に聞き入れる様子を見せながらも、実はまったく諦めてはいないアスタ。素っ気ない無表情なのに、目だけはギラギラさせている。ちょっと怖い。



「でも、このままでいいはずがありません。モニカ様はどんどんつけ上がる一方ですし、殿下たちが改心するとも思えません」

「まあな。自然に目が覚めるってことはないだろうな」

「『記憶の残滓』が見えることはともかく、やっぱりきちんと進言すべきなのでしょうか……?」

「アスタが進言したってどうせ聞かないだろ。殿下が味方についてるから、ほかの令息たちも気が大きくなってんだろうし」

「では、やっぱり公表して……」

「ダメだから」



 すっぱりと言い切ると、アスタは不満げに俺を見上げる。



 不服そうな目の色は、この先の不穏な展開を暗示させてもう嫌な予感しかしない。俺はなんだかひどい頭痛がしてきて、思わずこめかみを押さえた。



 












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