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17 第三王子の秘密

 アスタがいないとわかったのは、翌日の昼近くになってからだった。



 執事長のバートが珍しく取り乱した様子で、アスタの専属侍女たちを叱責する。



「お前たち! どうして黙っていた!?」

「……私たちは、アスタリド様の命に従ったまでです」

「お叱りは受けますが、間違ったことをしたとは思っておりません」



 きりりと強いまなざしで執事長を見上げる二人の専属侍女たちは、アスタが幼い頃から信頼を寄せてきたサラとリーンだ。



 俺が二人に近づくと、執事長は怒りに震えながらも頭を下げて一歩後ずさる。



「アスタは何か言ってたか?」



 穏やかな笑みを心がけようとしても、冷ややかな声になってしまう。専属侍女たちは恐怖と緊張のあまり蒼白になりながら、ためらいがちに口を開く。



「……昨晩遅く、アスタリド様は『明日の朝早くに出かけたいから馬車の用意をしてほしい』とおっしゃいました」

「でも誰にも知られないようこっそり出たいから、協力してほしいとおっしゃって」

「出かけたあとは部屋にいないことが悟られないよう、うまく誤魔化してとも」

「ラナルフ様に事情を聞かれたら、すべてお話ししていいとのことでした」



 サラとリーンの話を黙って聞きながら、俺はぎりりと歯噛みする。




 しくじった……!




 俺はアスタを甘く見ていた。脅すように理不尽な要求を突きつけた王家への怒りに突き動かされ、一番大切なものを守るために奔走していたつもりがその一番大切なものの本質をすっかり失念していたのだ。



 アスタは暴走している。多分。



 この状況で俺がアスタを守ろうとしたように、アスタもまた俺を守ろうと走り出してしまったのだ。なんてこった。アスタから目を離すんじゃなかった。



 でも後悔してる場合じゃない。失敗は取り返さなくてはならない。アスタが暴走したのなら、行き先は王宮に決まってる。無理難題を突きつけて脅迫してきたアイザック殿下に立ち向かうべく、一人で突撃したに違いない。身勝手で横暴で無茶苦茶な王家に対し、俺たちガルヴィネ辺境伯家が反旗を翻そうとしていることなどアスタだってお見通しで、それを阻止するために一人で動いたのだ。あー、クソっ。忌々しい王家のせいで……!



 俺がどんなに抵抗しても、アスタが首を縦に振ってしまえばアスタは俺から離れてしまう。アイザック殿下と話をつけて、俺たちを守るためにアスタが勝手に殿下との婚約を受け入れてしまったら。そしてそのまま王宮の奥にでも閉じ込められ、手の届かないところへ連れ去られてしまったら。アスタを奪われる不安と恐怖で、世界が闇に飲み込まれていく。足下が音もなく崩れ去り、深い深い奈落の底に落ちていく――――




 頭の中に広がる邪念を振り払うように踵を返し、俺は王宮へと向かう準備をし始めた。とにかく一刻も早く王宮へ行かなければと急ぎ足で玄関に戻ってきたところで、帰ってきた侯爵家の馬車が視界に入る。



「アスタ!」



 なりふり構わず外へ出ると、優雅な仕草で馬車から降りる愛しい婚約者と目が合った。



「ラナル……!」



 アスタが俺の名前を言い終わる前に、駆け寄って強引にアスタを抱きしめる。腕の中に閉じ込めたアスタからいつもの甘い匂いがして、深い安堵を覚えると同時に制御のできない欲望が脳内を駆け巡る。



「ごめんなさい、ラナルフ様。心配かけて――」

「俺を置いて行くな……!」

「え?」

「暴走するなとは言わないから、せめて一人で行くな! 追いかけるほうの身にもなれ……!」

「え、あ、はい」



 きょとんとした目で俺を見つめるアスタの温もりを感じて、俺はようやく呼吸の仕方を思い出せた気がする。



 一気に力が抜けて大きく息を吐き出すと、アスタの柔らかな声が耳に響いた。



「ラナルフ様。すべて解決しましたから安心してください」

「は?」

「私たちの婚約を解消する必要はなくなりましたし、アイザック殿下との婚約の話もなくなりました。ですから王家に弓引く必要はありません」

「は? なんで……?」

「売られたケンカを買い占めて、ボッコボコにしてやったのです……!」



 得意げに話すアスタの表情は、確かに笑みを湛えていた。






◇◆◇◆◇





 

「思っていたより喉がカラカラだったみたいですね」



 サラが用意したお茶をごくごくと飲み干してから、アスタは子どものようにぷはー、と息を吐く。



 いつものように俺の執務室に移動して、アスタは俺の隣に座った。というか、アスタが離れるのが不安で俺のほうがアスタから離れられない。アスタはティーカップをソーサーに置くと、意気揚々と目を輝かせて俺を見上げる。



「ラナルフ様。見事、返り討ちにしてやりました」

「……お前、一体どんな手を使ったんだよ?」

「そんなの決まってるじゃないですか」



 アスタは自分の右手をひらひらとかざして、俺の左手の上に乗せる。



「簡単に言うと、アイザック殿下の『記憶の残滓』を見たのです」

「……触れたのか?」

「いえ、さすがに殿下も少し警戒されていたようで、距離もありましたし直接触れることはしませんでした。でもラナルフ様ならご存じでしょう? 『記憶の残滓』は人に残るだけではないのですよ」

「……あ」



 そうだった。



 最初に『記憶の残滓』の話を聞いたとき、アスタは『人や物に残る記憶の断片が見える』と説明した。人に直接触れたときほどはっきりとしたものではないが、物にも『記憶の残滓』が残っていることがあると、そしてそれが見えることもあるのだと話してくれたいつかのアスタを思い出す。



「アイザック殿下に、『殿下の望み通りにするから、殿下もラナルフ様やガルヴィネ辺境伯家を脅かすようなことはしないでほしい』と話して一筆書いていただいたのです」

「それって……」

「殿下が触れたその書面を通して、殿下の『記憶の残滓』を見ようと思ったのです。それも、人には言えないような、みんなに隠しているような、重大な秘密がないかと探る目的で」

「……見えたのか?」

「モニカ様のおかげで、見たい記憶が見られるようになったと話したでしょう? 多少時間と集中力が必要ですが、探し物が見つかりまして」



 不意にアスタが、ふふ、と笑ったように見えて、俺は思わず見入ってしまう。



「アイザック殿下は、実はご自分の見た目にだいぶコンプレックスがおありのようなのです」

「は?」

「王族の方々は、みなさん輝く金髪に煌めく空色の瞳をされていますよね?」

「あ、ああ。それが王族の証みたいなもんだからな。まあ、例外もいるみたいだが」

「アイザック殿下の髪色は、本当は金ではなく焦げ茶色なのですよ」

「は?」

「でもそれを隠して、こまめにきれいな金色に染め上げているのです。かなり以前からのようですが」

「そう、なのか?」



 言われてもピンと来ない。というか、だからなんだ? という気がしないでもない。金髪だろうが焦げ茶色だろうが王族であることに変わりはないのだし、顔立ちは王子三人ともわりと似ていてイケメンぞろいだから、どうということもないと思うのだが。



「それともう一つ。アイザック殿下はご自分の身長をだいぶ誤魔化してらっしゃるようで」

「は?」

「本当は、見た目より十センチほど低めのようなのです。何やら細工を施した特注品の靴をお履きになって、実際よりも高く見せているようですが」

「は? 身長?」

「はい」

「それがなんなんだ?」



 確かに、エリック殿下もフレデリク殿下も背は高い。身長だけならフレデリク殿下が一番デカいかもしれない。そして考えてみれば、陛下もデカい。でも、それがなんだ?



「アイザック殿下は焦げ茶色の髪で身長の高くないご自分の容姿にずっと引け目を感じていて、自分だけが王族に相応しくない風貌であると長年コンプレックスを抱いていたようなのです。ですから本当の姿を隠して、ほかの王族のみなさまと同じような金髪長身の外見を偽っていたのですよ。そうした事実が『見えた』ので遠慮なく突きつけて、『世の人々にバラされたくなかったらお前の要求を取り下げろ』と脅したのです」

「は!?」



 もう明らかに、圧倒的ドヤ顔をするアスタに俺は度肝を抜かれてしまう。



「脅したってお前、王族をか!?」

「はい。だって、向こうが先にあんな卑劣なやり方で脅してきたのですよ? やられたらやり返すのは基本中の基本でしょう?」

「いやいや、相手は王族だよ? 不敬を問われたらどうするつもりだったんだよ」

「そのときはそのときですよ。でも私、あんな人に負ける気はしなかったので」

「……その自信はどこから来るんだ?」

「どこでしょう? 私にもわかりません」

「……まったく、お前ってやつはほんと……」

「なんですか?」

「……一生勝てねーよ」



 言いながらふわっと抱きしめると一瞬だけ驚いて、でもすぐに甘えるような上目遣いをするアスタ。そのあざとさすらも愛しくて、俺はついばむようにそのまぶたやこめかみ、頬やおでこに何度も何度も唇を押し当てる。



「……もう抱きしめられないかと思った」

「ごめんなさい」

「ほんとにもう、どこへも行くなよ」

「……はい」



 なんて言いつつも、ひとたび事が起こればアスタはいつだって自分の正義の名のもとに走り出してしまうのだろうと思ったら、やっぱりひどい頭痛がしてきた俺だった。















次回、本編最終話です!

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