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15 秘密の暴露

 あれから、数週間がたった。



 世間はまだまだベイロン商会とラッセル男爵令嬢の悪事の件でざわついているものの、対照的に学園のほうは特筆すべき大きな問題など起こるはずもなく、至って平穏無事な毎日である。



「こうなってみると、意外にあっけないものでしたわね」



 平然と話すレイラ嬢の表情からは、その胸のうちにどんな感情を秘めているのか窺い知ることはできない。



 レイラ嬢とフレデリク殿下との婚約は、当然のことながら破談になった。一応王家の有責ということにはなっているが、一方で王家はまだ婚約者の決まっていないアイザック殿下とレイラ嬢との婚約を推し進めようとしているらしい。稀代の才女と謳われるレイラ嬢を逃したくない王家の不穏な動きに思うところはあるものの、当のレイラ嬢がそのことをどう思っているのかはまったくわからない。



 ただ、俺がところかまわずアスタを構い倒したり、ギデオンとリディア嬢がわちゃわちゃと騒々しくじゃれ合ったりしているのを時折うらやましそうに眺めているのを見ると、何とも言えない心境になってしまうのも否定はできない。なんかこう、親戚のおじさん的な気持ちになるんだよな。レイラ嬢だって年頃の令嬢なのだし、一生を共にする相手との間には確かな愛情があったほうがいいに決まってる。とはいえ公爵令嬢としては自分の相手を好きに決めることなどできないわけで、だからこそまるでその能力だけを欲し利用しようとするかのような王家の身勝手さにはなんとなく嫌気がさしてしまうのも事実なのである。



「だからといって、レイラ様に触れてその心の中をのぞくようなことはしたくないのです」



 授業が終わって職員室から侯爵家の馬車へと向かう途中、アスタがわかりやすく熱のこもった言い方をする。



 最近の俺たちの話題は、もっぱらこれである。婚約が解消され、王家からもフレデリク殿下からも解放された今、レイラ嬢の心情はどうなのか。一体どんな思いを抱えているのか。直接聞いてもはぐらかされるだけで、何も教えてはくれないとアスタは嘆く。



「確かに、言ったところでどうなることでもないというのはわかるのです。でもレイラ様を見ていると、フレデリク殿下がいた頃よりも暗い表情をされているように思われて」

「まあな。暗いっていうか、心ここに在らずっていうか」

「そうなのです」

「友だちとしては、なんとかしてあげたいって思うんだろ」

「もちろんです。でも、だからといってレイラ様の『記憶の残滓』をのぞき見るようなことはしたくないのです」

「相手の気持ちを探る目的で、わざと触れるようなことはしたくないもんな。ラッセル男爵令嬢のときとは事情が違うし、レイラ嬢は大事な友だちだしな」

「はい。でも今の状態でレイラ様に少しでも触れてしまったら、『記憶の残滓』が大量に見えてしまいそうで」

「……そういうものなのか?」

「モニカ様の嘘を見抜くためにたびたび触れていたら、コントロール能力が鍛えられたみたいで見たいものが的確に見られるようになっているのです」

「……すげーな」



 ラッセル男爵令嬢やフレデリク殿下たちがいなくなったあとも、俺は引き続き剣術の特別講師として学園に赴いていた。エリック殿下には「目的は達成したんだしもういいだろう?」と言われたのだが、アスタの卒業まで居座ることにしたのだ。当初の脅威が消え去ったとしても、どこでどんな理由でアスタが暴走し出すかわからないから目が離せないし、そもそも俺はアスタと離れたくない。本来垣間見ることのできない学園でのアスタの様子を堪能するという目的だって、いまだ道半ばなのである。






 そんな、ある日。



「ラナルフ様」



 職員室に迎えにきたときから、いつもの無表情ながらもはっきりと切羽詰まったような空気を纏っていたアスタ。



 馬車に乗り込むと同時に発したその声は、少し掠れていた。



「どした? そんな怖い顔して」



 心なしか蒼ざめたようにも見えるその顔を窺うと、怯えて潤んだ瞳が揺れている。



「あの……」

「ん?」

「…………その、アイザック殿下に、知られてしまいました……」

「は? 何を? ……いや、待て。もしかして」

「『記憶の残滓』が見えることが、知られてしまいました……」



 せわしなく動くアスタの視線は、これまで見たこともないくらいの動揺を示している。俺はすぐさまその手をそっと握って、「何があった?」とできるだけ穏やかに、平静を装って尋ねてみる。



「……さっき、アイザック殿下に王族専用の談話室に呼び出されたのです。そこで、この前ラナルフ様と『記憶の残滓』が見える話をしていたのを聞いていたと言われて……」

「……まじか」

「そもそもアイザック殿下は、ベイロン商会とモニカ様が捕らえられたときおかしいと思ったそうなのです。モニカ様がベイロン商会に私の誘拐を依頼したことを、どうやって知ったのかと。ラナルフ様が偶然耳にしたということにはなっていますけど、モニカ様が学園の中でそんな危ない話を人にするだろうかと不審に思っていたらしくて……。それで私の身辺を探っていて、あの日の会話を耳にしたと……」



 消え入るような声に、涙が交じっていく。



 あの第三王子、切れ者とは聞いていたが想像以上だったらしい。思わぬところに目をつけられて、知らない間にあれこれ探られていたとは。あの日学園で、不用意に『記憶の残滓』について話してしまったことを激しく後悔する。



 そのときアスタの手を握る俺の左手の甲に、ぽとりと大粒の涙が落ちた。



「……アスタ?」

「……アイザック殿下は、触れることで人の記憶が見える能力を世間に公表されたくなかったら、ラナルフ様との婚約を解消して自分と婚約するようにと……」

「……は?」

「そしてその能力を、王家のために使うべきだと――」

「あんのクソガキが!」



 思い余って大声で叫ぶと、アスタが潤んだ目をいっぱいに開いて俺を見上げる。



「ラナルフ様……?」

「そんなことさせるわけねーだろ? アスタは俺の婚約者だ。絶対に渡さない」

「でも……」

「アスタ。何度だって言うけど、俺にとってはアスタがすべてだ。アスタさえいてくれればそれでいいし、アスタのいない未来なんて俺には何の意味もない。そんな未来はいらねーんだよ」

「ラナルフ様……」

「それにな、あのクソガキも結局はアスタのその能力がほしいだけなんだろ? 人の『記憶の残滓』が見えたら、相手の秘密や本性でさえも見抜くことができるからな。アスタ自身のことなんか一ミリも考えてない、横暴な王家の考えそうなことだよ」

「……それは……」

「心配すんな。アスタのその力を利用するためだけに俺からアスタを奪おうとするなんて、百万年早いってことを思い知らせてやるよ」

「……どうやってですか?」

「婚約を解消しろだのこっちに寄越せだのと勝手なことを言い出して、俺やガルヴィネ辺境伯家が黙ってるわけねーだろってこと。切れ者だか策略家だか知らねえけど、俺たちを甘く見たのが敗因なんだよ」

「え?」

「まあ、アスタは安心して俺の隣にいればいいさ。気づいたら全部終わってるから」



 アスタの不安をかき消すようにわざと楽しげに微笑んで、まだ涙の滲む柔らかなまぶたをそっとなぞる。






 そのあとすぐ、俺は実家であるガルヴィネ辺境伯家に早馬を飛ばした。実家にはあれこれ説明する必要などない。ただ「アスタとの婚約解消を王家から無理強いされている」とだけ伝えればいい。実家は俺がどれだけアスタを大事に想っているのか知っているし、アスタを奪われた俺が何をしでかすかも充分すぎるほどわかっている。だからこそ、我が辺境伯家は俺を止めるのではなく、暴挙に及んだ王家をこそ仇敵と見定めて王家そのものを仕留めに挙兵するだろう。



 そう。



 俺からアスタを奪うつもりだというのなら。 



 俺だって、容赦などしない。



 我がガルヴィネ辺境伯家の強さと覚悟を見せつけてやるだけだ――――













次回はアスタリド視点を挟みます……!

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