14 断罪の行方
一旦クヴィスト商会に集まった俺とギデオン、騎士団の強者たちはクヴィスト商会の屈強な精鋭たちと合流し、そこからベイロン商会の裏アジトへと向かった。
今日の突入を決めたのは、依頼を受けた犯罪の作戦を立てるべく主要人物たちが裏アジトに集まるという情報を入手したかららしい。まったく、クヴィスト商会の情報収集能力には脱帽である。王家や騎士団でさえ知らない闇の情報すら、こいつらは掴んでいるのではという気がしてならない。怖いからあえて触れないが。
そして、今日話し合われる予定の犯罪行為こそ、アスタの誘拐計画らしい。まあ、やつらの思い通りにはさせないけどな。
王都の街の裏通りを抜け、狭い路地を音もなく進み、俺たちは裏アジトのまわりをぐるっと取り囲んだ。暗い退廃地区の一角、古い集会所らしき建物の中の極力明かりを落とした部屋から、ぼそぼそと数人の声がする。
「……ミルヴォー……、いつも……なかな…………」
「……学園……、むずか……」
「いっそ……、おびき……ったほうが……」
「だが、……やって……」
間違いない。こいつら、アスタの誘拐計画を練ってやがる。
逸る気持ちを抑えて、俺はすぐ隣でドアの鍵を器用にこじ開けるロドニーに目を向ける。視線を感じたロドニーは不敵な笑みを浮かべつつ黙って頷いて、それから右手をすっと高く上げた。
それが、合図だった。
部屋と外とを直接つなぐ出入口、建物の中へとつながるドア、少しだけ開いていた窓、そのすべてから突然入ってきた猛者たちに「動くな!」と威圧され、ベイロン商会の面々はなす術もなく立ち尽くす。
それでも背の高い坊主頭の男と小柄で小狡そうな顔をした男が抵抗を試みようとして、結局はあっけなく取り押さえられた。ありとあらゆる犯罪に手を染めているわりには、意外に詰めの甘い連中だと言わざるを得ない。まあ、そんなだからクヴィスト商会にも簡単に尻尾を掴まれてしまったのだろうが。
拘束された六人の男たちは、当然のことながら俺たちの尋問に素直に応じようとはしなかった。でも助っ人で来てくれた騎士団員たちの拷問じみた責め苦には、さすがに耐えられなかったらしい。結局はあっさりと、アスタの誘拐計画とそれを依頼したラッセル男爵令嬢の存在を暴露する羽目になる。
「こいつらのことは、騎士団で預かりますから」
ギデオンがリーダー格の騎士団員と話し合い、詳しい尋問は騎士団が引き受けてくれることになった。
「あとのことは俺たちに任せてくださいよ。師匠は早く帰って、アスタリド嬢を安心させてあげてください」
「……ギデオンのくせに、まともなこと言いやがって」
思わず毒づくと、ロドニーもくすくすと忍び笑いをする。
「アスタリド様、お屋敷で待ってるんでしょう? 早く帰って『もう大丈夫だよ』って抱きしめてあげないと」
「お前もしばらく見ない間に言うようになったな」
「何言ってるんスか? 先輩の顔に『早くアスタに会いたい』って書いてあるからっスよ」
「……うるさいな」
まあ、事実だから否定はできない。
なんだかんだと急かされて、俺はひと足早く帰路についた。
「すぐ帰る」と言ったくせに日付はとっくに変わっていて、漆黒の夜の中に佇む侯爵邸が見えるとなぜだか途端にほっとした。馬車を降りるとすぐ、玄関にほど近い応接室で待っていたらしいアスタが駆け寄ってくるのが見える。
「ラナルフ様!」
さっきと同じ格好で飛び込んでくるアスタを抱き止めて、俺は安堵と愛おしさのあまりただひたすら無言でアスタの唇を貪り尽くす。
はたと我に返ると、ぷるぷると震える涙目のアスタに
「や、約束が違いませんか……!?」
可愛らしく怒られたことは言うまでもない。
◇◆◇◆◇
翌日。
ベイロン商会の悪事は、早々に大きく報道されることになった。抜け目のないクヴィスト商会が早い段階で新聞各社にリークしていたのだろう。数多くの余罪が疑われるため、これから騎士団による厳しい追及がなされることは確実である。取り押さえられた六人がベイロン商会の主要幹部たちだったこともあり、商会は事実上の解散を余儀なくされた。
そのうえ、ラッセル男爵令嬢も騎士団に身柄を拘束されることになった。
なんせ、侯爵令嬢の誘拐を犯罪者集団に依頼したのだ。未遂に終わったとはいえ、ただでは済まされない。まだ未成年だし一応貴族令嬢だからきつい尋問はされてないようだが、そのせいなのか単に本来の性質が残念だからなのか、騎士団の取り調べにも「私は男の人にちやほやされたいし、そうされるべき存在なの」「あの人形みたいな女に傷をつければ、ガルヴィネ先生もきっと目が覚めるはず」「私をこんなところに閉じ込めたって、フレデリク殿下たちがきっと助けに来てくれる。ざまぁみろ」などと好き勝手なことを話しているらしい。
そして、そのフレデリク殿下たちなのだが。
「……お前も派手にやってくれたよなあ」
目の前で、はあ、とわざとらしく大きなため息をつくエリック殿下である。
数日後、俺は王宮に呼び出されていた。
悪事を重ねていたベイロン商会と侯爵令嬢の誘拐を依頼した男爵令嬢のニュースは、連日センセーショナルに報道され続けている。
その余波は、当然フレデリク殿下とその愉快な仲間たちへも及んでいた。幸いなことに殿下たちは誘拐計画には一切加担しておらず、ベイロン商会とのつながりも確認されなかった。でも学園ではラッセル男爵令嬢と常に行動を共にしていて、必要以上に仲睦まじく過ごしていたことは公然の事実である。犯罪に関与した令嬢との密接な関係を取り沙汰されては、もはや王家もそれぞれの家も息子たちを擁護することは難しくなっていた。
「好きにしていいって言っただろ」
けろりと答えると、王太子殿下は俺を一瞥し、またわざとらしくため息をつく。
「なんでギデオンだけ助けたんだよ?」
「助けた? どういう意味だよ」
「あの男爵令嬢にはべっていたのは何人もいたのに、お前はギデオンだけを改心させたんだろ? なんでフレデリクやほかの令息たちは見捨てたんだ?」
いつも愛想のいいエリック殿下にしては、珍しく棘のある言い方である。
俺は殿下の真似をしてわざとらしくため息をついたあと、あっさりと言い切った。
「ギデオンが改心したのは、俺が何かしたからじゃない。あいつが自分で気づいただけだ」
「じゃあフレデリクたちは、気づく見込みもなかったということか?」
「どうだろうな。ただギデオンは、自分の置かれた状況を何とかしたいとずっとくすぶってたようだし、なんだかんだ言いながらも足掻いてたんだと思うよ。でも殿下たちは現状に甘んじるだけで、自分たちが抱えていた問題には見向きもしなかった。見込みがなかったと言われれば、確かにそうだったのかもな」
「……手厳しいな」
寂しげにつぶやくエリック殿下は、出来の悪い弟を思いやる優しい兄の顔を覗かせる。でも次の瞬間には、非情な冷酷ささえ厭わない王太子の仮面を被る。
「フレデリクに関しては、西の塔への幽閉が決まったよ」
「……そうか」
「犯罪行為への直接的な関与は認められないとしても、ラッセル男爵令嬢と親密な関係にあったことは事実だし、そればかりか醜態をさらして学園の秩序や風紀を乱し続けてきたわけだからな。王族として、これ以上看過することはできないと陛下もおっしゃって」
「ほかのやつらはどうなるんだ?」
「ナイトレイ公爵家はジェラルドの廃嫡を決めたそうだよ。公爵家の領地に引き戻し、半ば幽閉という形で留め置くつもりらしい。これからは、まだ幼い次男の教育に心血を注ぐことになるだろうな」
「そうか」
「クヴィスト商会は後継者としてロドニーを指名することが正式に決まったそうだ。まあ、今回の逮捕劇の立役者だし、当然の結果だろうな。今後マティアスがどんなにがんばったとしてもその座に返り咲く余地はなさそうだし、しばらくは商会の下っ端としてこき使いながら性根を叩き直すつもりだと代表が言ってたよ」
それからしばらくして、ラッセル男爵令嬢の処分が確定する。
数多の令息をたぶらかし、意中の相手を手に入れるためには犯罪行為をも辞さないその危険な思想と言動が問題視されたラッセル男爵令嬢は、翌週にも北の修道院へ送られることになる。
こうして、このところの騒動の当事者たちはほぼ全員があっさりと学園から姿を消すことになったのだ。
フレデリク殿下たちがいなくなった学園は、急速に本来の落ち着きと静けさを取り戻していく。その様はなんだか妙に不自然で、ある意味不気味さすら感じさせるほどだった。
それが嵐の前の静けさだったなんて、このときの俺には知る由もなかった。