第十九話 最悪の再来
毎日最新話を投稿しています!
魔物部屋である巨大空洞をレンは縦横無尽に駆け回る。ここに落ちてから既に六時間以上が経過しているが、いまだ脱出の目処は立っていない。
体力的な限界も近づいてきている。
しかし、この六時間何も成果が無かったわけではない。
襲いくるゴキブリを蹴散らし脱出方法を探す中、無限に湧く巨大ゴキブリの中に一匹だけ他とは異なる外見の個体を発見していた。
それは他の大多数のゴキブリが漆黒の外骨格を持っているのに対し、その個体は真っ白だったのだ。
前世でいうアルビノ個体という奴だろうか。
だが、奴がおかしいのは色だけではない。
他の個体に比べて行動も異質だった。
動き回るレンに対し常に一定の距離を保ち、攻撃を仕掛けてこない。
これはこの魔物部屋においては異常な行動だ。
ここにいる巨大ゴキブリたちはレンの命をその鋭いブレード状の牙で刈り取るために、我先にと襲いかかってくる。
魔物であると同時に虫でもある巨大ゴキブリに、恐怖の感情は無いのだろう。仲間がレンの手で粉微塵になろうともまったく怯まずに次々と襲ってくる。
だが、白いゴキブリは違う。レンに近づくどころか、むしろレンから逃げるような行動ばかりを取っていた。
(あの白い個体は明らかにおかしい。あれを倒せばこの無限に湧いてくるゴキブリ共に何かしら影響が出たりしないか……? 試す価値はあるな……)
どの道他に手掛かりは無いし、これ以上の時間の浪費は避けたい。
ならばあの白いゴキブリを倒して状況が進展する事をレンは望み、行動を開始する。
まず、白ゴキブリに近づくためには、高速でレンに向かって突っ込んでくる大量のゴキブリたちを何とかしなければならない。
それさえどうにかすれば、白ゴキブリが全速力で逃げようと追いつく自信はあった。
(いいことを思いついた)
レンは向かって来るゴキブリを拳で粉砕しながら巨大空洞の中心に向かって走る。
そして、巨大空洞のほぼ中央に位置する場所まで来ると真上に向かって大きく跳躍した。
当然、周辺にいた巨大ゴキブリたちはレンを追うため、次々とレンの真下から打ち上がってくる。
「よーし、付いてきたな虫ケラ共!! じゃあ、死ねぇえええええええええええ!!」
レンは上空で体勢を変え、頭を地面に向けると拳を突き出して急降下する。
すると、レンに向かって一直線に飛び上がってきていた大量のゴキブリがレンの拳に次々と衝突し、グシャリという快音を上げながらバラバラに砕け散っていった。
当然だろう。急降下するレンの拳に時速三百キロ近い速度で衝突すればゴキブリの外骨格程度の装甲じゃ粉々になる。
周囲の邪魔なゴキブリを纏めて排除できたレンは、後続のゴキブリが来る前の一瞬の隙をつき、膝を曲げて地面を『本気』で蹴った。
すると、巨大ゴキブリを遥かに凌ぐ速度で、白ゴキブリ目掛けて一直線に飛んでいく。
そのあまりの速度にレンの進路にいたゴキブリたちは衝撃で吹き飛ばされていく。
白ゴキブリもこの速度には反応出来なかったのか、レンに接近を許してしまう。
「残念。逃さねーよ」
白ゴキブリはレンから距離を取ろうと体を反転させ飛び立とうとするがもう遅い。
レンの右脚の蹴りが、白ゴキブリの外骨格をぶち破り、その中身を周囲に飛散させた。
数秒後、白ゴキブリの死骸は塵と化し消えていく。
いや、白ゴキブリだけではない。
巨大な魔物部屋を埋め尽くすほどいた筈の巨大ゴキブリたちが、一匹残らず塵となって消えていったのだった。
「おいおいおい……マジかよ」
想像以上の結果にレンは内心大喜びするがそれだけでは終わらなかった。
なんと、魔物部屋の壁の一部が消失し、人が通れそうな大きさの通路が現れたのだ。
「――まさか、あそこから脱出できるのか……!?」
あまりにも急な展開に理解が追いつかないが、迷っている暇は無い。
「こうしちゃいられん! 早くアリスを探さないと!!」
レンは罠の可能性を一切考えずに、通路に向かって一直線に走り出す。
六時間以上もダンジョンでアリスを一人にさせてしまったのだ。アリスの生存がかなり危ぶまれる。
「――生きててくれよ!! アリス!!」
〜〜〜
「ハア!!」
通路に雪崩れ込んで来る小鬼の急所をクレアは次々と長槍で貫いていく。
第二階層でアリスがレンと共に戦った小鬼の群れ以上の物量だが、狭い通路の一方向からのみ突撃してくるだけなのと、クレアの奮闘のお陰でアリスたちが居る通路だけは守れている。
これが通路の両端から挟み撃ちにされたり、もう少し広い通路で戦うことになっていれば、第二階層の時のような混戦になり、間違いなく詰んでいただろう。
「クレアさん! 無理はしないでくださいね!」
「分かってるよ!」
アリスの心配をクレアは感じとったのか、まだまだ大丈夫といった調子で答えてくる。
だが、この数で長時間攻め続けられれば、クレアの体力がもたない。
(その前に打開策を見つけなければ……)
クレアの防衛戦を時折超えてくる小鬼をアリスは小さな火球で的確に排除する。
今まで同様、この狭い通路で派手な魔法は危険なため使えないので、クレアが撃ち漏らしたもののみ、アリスが火魔法で対処している状況だ。
なので、余裕のあるアリスが策を考えなければならない。
(現状、この小鬼たちは魔物部屋から出てきていることしか分かっていません。そして、その魔物部屋の情報を私もクレアさんもほとんど知らない……困りましたね……)
魔物部屋に落ちたら最後、確実に死ぬとまで言われているのだ。このまま小鬼を倒し続けても状況は好転しないだろう。
(悪魔大蛇が破壊した魔物部屋の壁を塞ぐのはどうでしょうか……いえ、無理ですね……遠すぎますし、小鬼が邪魔でとても近づけません。それに破壊された規模が分からない以上、そう簡単に塞げるとも思えません)
エターナルマップからは、悪魔大蛇が作った通路が魔物部屋と思われる場所に繋がってしまったことしか分からないので実際どれほど損壊してるのかを測ることはできない。
「――なんだ?」
アリスが自問自答しながら打開策を考えていると、クレアが不意に呟いた。
アリスは思考を中断し何か起きたのかとクレアの方を見ると、小鬼たちが背中を向け逃げ始めているではないか。
「――どういうことですか……?」
「ボクにも分からない。小鬼たちが怯え始めたと思ったら急に逃げ出したんだ。もしかしてボクの強さに怖気付いたのかな?」
そうだと嬉しいが、その可能性は低いだろう。今まで見てきた小鬼は、仲間が目の前で瞬殺されようとも怯むこと無く襲いかかってきた。
今更恐怖心を抱き逃亡するとは考えにくい。
「――ん? 揺れてる……?」
「まさか……」
クレアとアリスは地面が小刻みに揺れ始めていることに気付く。
アリスには心当たりがある。つい数時間前にも体験した揺れだ。
恐怖したことは、そう簡単には忘れない。
「――小鬼が逃げたのはそういうことか……」
クレアも状況を理解したのか、額から冷や汗を流す。
「――エターナルマップは……」
地面の揺れと地響きが大きくなっていくのを感じながら、アリスは震える手で揺れの原因がどこに向かっているのか、エターナルマップを取り出し確認しようとする。しかし――
「――ッ!? アリス!!」
「――きゃっ!?」
轟音と共に通路の壁が破壊され、砂煙が舞い上がる。
「――うっ……」
咄嗟にクレアがアリスを担いで通路の奥に下がったので、なんとか巻き込まれずにすんだが、衝撃を殺し切れず二人は壁に衝突する。
「――す、すみません! 大丈夫ですか?!」
クレアは壁に衝突する寸前、身を挺してアリスを庇ってくれたので、アリスの下敷きになってしまった。
「だ、大丈夫、大丈夫……! アリスは軽いからこれぐらいじゃ潰れないよ。それよりも大変なことになったね……」
「――はい……」
舞い上がる砂煙から、もう二度と会いたくないと思っていた化け物が現れ、六つに光る真っ赤な眼光がこちらを射抜く。
蛇魔の迷宮最強の魔物であり、このダンジョンの主、悪魔大蛇の再来だ。




