第十八話 戦う覚悟
毎日最新話を投稿しています!
「どうかな?」
「この声は……小鬼でしょうか? ということは、この壁の奥に魔物部屋があるのは間違いなさそうですね……」
現在、アリスはクレアに案内され、魔物部屋の可能性がある場所にやってきていた。
「でしょでしょ? 絶対魔物部屋だよね!」
「でも、どうやって中に入るのでしょうか? エターナルマップだとこの先に空間がある筈なのですが、壁があるせいで通ることができませんね」
アリスの問いかけに、クレアは腕を組み考える仕草をする。
「うーん、ボクも魔物部屋についてはあまり詳しくないからなー」
アリスもギャンツから魔物部屋については詳しく聞いていない。なぜなら魔物部屋に落ちた時点で確実に死ぬからだ。
クレアも同じ理由で落ちた時のことは考えていなかったのだろう。
「でも、魔物部屋の中に落ちて生き延びているなら、もう既に脱出したか、今も魔物たちと戦い続けてるか……だよね?」
「そうなりますね」
「だったら戦闘音が聞こえないのはおかしいんじゃない?」
クレアの言う通り、耳を澄ませても壁の向こうからは小鬼たちの喧騒しか聞こえてこない。もしもまだレンが中で戦い続けているのなら、大量の小鬼たちを蹴散らしている音が聞こえてくる筈だ。
「ということは、この魔物部屋にレン様は居ないということですね……」
「死んでなければ、だけどね」
クレアの無神経な発言にアリスは一瞬、眉を顰める。
「――あ……ち、違うんだアリス、今のは……そのー……」
自身の失言に気付いたクレアは冷や汗を流しながら慌てて弁明しようとする。
「いえ、そう思うのは仕方がありません。クレアさんはレン様を知らないので、生存しているという事が信じられないのでしょう。別に、気にしていませんよ」
クレアのお陰でかなり助けられているので、これぐらいで目くじらを立てることはない。
「アリスはレンを相当信頼してるんだね。どんな人なのかなー、ボクも早く会ってみたいよ!」
「そうですね。私も早くクレアさんを紹介したいです。私たちが捜索していたのは、実はドラウグル王国の王女でしたって言ったら、きっと驚かれますよ」
「あははは! アリスもすっごい驚いてたもんね!」
クレアは自分が王女だと告白した時のアリスの反応を思い出したのか、楽しそうに笑う。
「そりゃ驚きますよ……」
アリスも結果的には一人でダンジョンを彷徨っていたので、人のことはあまり言えないが、一人でダンジョンに潜るような無謀な王女は世界中探してもクレアだけだろう。
「それで、どうする? 一応この魔物部屋に入る方法を探してみる?」
「……それはやめておきましょう。レン様がいる可能性が低い以上、ここにあまり時間を掛けたくありません。そもそも外から入れる入口があるのかも不明ですしね」
「そうだね。仮に中に入れたとしても、この魔物の量はボクたちじゃどうしようもないしね」
クレアの実力でも魔物部屋を攻略する事は不可能だろう。それだけ数の力は驚異的だ。
それに、魔物部屋に繋がる道が開けたとして、中にいる魔物が外に出てこないという保証もない。第三階層に魔物が溢れかえってしまうという最悪の展開だけは避けなければ。
「じゃ、レンを探しに次の魔物部屋候補に行こうか!」
「はい!」
~~~
「うーん、ここにもいなそうだね……」
「……そうですね」
アリスとクレアは最初に見つけた魔物部屋を含め、計三か所の魔物部屋を発見したが、全て徒労に終わった。
ここまで手掛かりが掴めないと、レンの生存だけを信じてここまで来たアリスの心にも不安が募り始める。
クレアの言う通り。もしかしたら今見てきた魔物部屋のどこかで、既に死んでしまったのではないか、そう悪い考えが頭を過ぎる。
「……アリス、大丈夫……? 顔色が悪いよ……? 少し休もうか?」
クレアは心配そうにアリスを見つめてくる。
「……私なら大丈夫です。それより次の場所に案内してもらってもいいですか……」
今は一刻も早くレンの安否を確認したい。自分の顔色のことなど心底どうでもよかった。
「次って言っても、ボクが知ってるのはここまでだよ……あとは自力で探すしかない」
「そう……ですか……」
手掛かりが無くなってしまった事にアリスは落胆する。
いや、クレアがいなければ、そもそも手掛かりなんてものは無かったのだ。
振り出しに戻っただけ。気持ちを切り替えよう。
そう頭では理解するが心が追いつかない。
「――やっぱり休もう! アリス! このままじゃアリスが倒れちゃうよ……!」
「――ッ……大丈夫って言ってるでしょ!!」
心配してくれているクレアに向かってアリスは怒号を飛ばす。一瞬これが自分の喉から発せられたものだとは気付かなかった。
「私は!! レン様まで居なくなったら、もう生きる意味なんて無いんです!! こんなところで、休んでいる暇はありません!!」
一度出てしまった言葉は留まることを知らず、溢れ出る水の様にクレアに向かって流れていく。
大きな声を出したせいか、アリスは少し冷静さを取り戻すことができた。
同時に、今の発言を考え、後悔する。言ってしまったことは無かったことにはできない。
「――アリス……」
クレアが今どんな顔をしているのか、アリスは見ることができない。
きっとアリスに失望しただろう。クレアは何も悪くないのに、心に余裕が無かったとはいえア、リスは行き場のない怒りをぶつけてしまったのだから。
「……怒鳴ったりして、すみません……クレアさんには十分助けられました。あとは私一人でなんとかします。
だからクレアさんはもう脱出してください」
怪我が治った今のクレアなら悪魔大蛇を避け、ダンジョンから脱出することも可能な筈だ。
これ以上アリスに同行させても彼女に迷惑をかけるだけだろう。
ここから先レンと合流できる保証もない。
ならば、クレアだけでも帰った方がいい。
アリスと違い、彼女には王女としての責務があるのだから。
そう思っての提案だったが、クレアはその場から動こうとしない。
「――どうしましたか……?」
「……音が聞こえる……」
クレアはうつ伏せになると耳を地面に近づけ音がする方向を探す。
「――音?……ここの魔物部屋の音じゃないですか?」
「いいや違う。もっと遠くから、これは……アリス! エターナルマップを見て!」
クレアは何かに気付き、血相を変えながら立ち上がるとアリスの肩を掴む。
「――わ、わかりました」
エターナルマップを開き、クレアの感じた異変を探す。
この辺りには悪魔大蛇が通れる通路は無いし、現在進行形で悪魔大蛇によって通路が作られているわけでもない。
なら、クレアがここまで焦る原因はなんだろうか。
「……特に変わった点は無いと思うのですが。一体どうしたんですか?」
「ここを見てアリス!!」
クレアはアリスと一緒にエターナルマップを覗き込むと、とある一点に指を差しアリスの視線を誘導する。
「ここにさっきまで通路は無かった筈だよ!」
「それは私も気付いていましたが、この距離なら問題ありません。
私たちがここで魔物部屋を確認している時にでも悪魔大蛇が壁を破壊して作ったのでしょう」
悪魔大蛇が新たに作ったと思われる通路はここからかなり遠い位置にある。なので特段気にする必要はないとアリスは思っていたが。
「違う、違うよ! 問題は悪魔大蛇が通路を作っていたことじゃない!! この通路の先にある空洞だ!!」
「――ッ!? もしかして、ここは魔物部屋!?」
悪魔大蛇が破壊した壁の先にある大きな空洞。もしこれが魔物部屋だったとしたら壁が破壊され中の魔物が解き放たれた事になる。
「今ボクが聞いた音と方角が一緒だ! おそらくこれは大量の魔物たちが進軍している音だ!!」
「それが本当なら、第三階層が魔物たちで溢れかえってしま――」
「ギャー! ギャー!!」
「――ッ!? この鳴き声はまさか小鬼ですか!?」
先程の魔物部屋でも聞いた不快な奇声がアリスの耳に飛び込んでくる。
「マズいな、もうここまで来たのか……!?」
「戦うしかなさそうですね……こうなってしまったのは私のせいです。申し訳ありません」
アリスはクレアに頭を下げ謝罪する。
アリスと違い、彼女には帰りを待つ人たちが居る。それなのに、アリスの身勝手で彼女を危険に晒してしまった。
「顔を上げなよアリス。君と一緒に残る事を決めたのはボクだ。謝られる筋合いはないよ」
クレアはアリスに顔を上げさせ、そう言い聞かせる。
「それと、さっきボクに一人で脱出しろってアリスは言ったけど……ボクが仲間を見捨てるわけないだろう?」
クレアはそう言いながら背負っていた長槍を抜き放ち、アリスに向かって微笑んだ。
「――クレアさん……」
まったく、彼女には敵わないな。
「じゃあ、アリス! 一緒にこのピンチを切り抜けようか!」
「はい!!」
クレアの掛け声に応じ、アリスも戦う覚悟を決める。




