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第六部 妄想シビンジャーズ

 「わっはははははー! ついに手に入れたぞ! 愚か者め! この世界を手に入れる力を簡単に手放すとはな。おかげで労せずして神となれる!」

 「何をするつもりだ!」

 「不安か? そうじゃろう。人は神の前に立つとき、同じ気持ちを感じるのだからな。だが、お前たちは大きな勘違いをしている。お前たちの恐怖や憂い、不安はすべてなくなるのだ。お前たちだけではない。世界のすべての者は真の幸福を手に入れるのだ。さあ、お前たちを自由にしてやろう。そして神を始めて目にしたお前たちへのプレゼントとして、わたしの力を披露しようではないか。」

 神父がそう言いうと、全員が体の自由を取り戻した。アルファがすぐに神父に飛びかかろうとしたが、カグツチが止めた。

 「まあ、落ち着け。君たち自身の力を信じろ。」

 「どういうことさ。」

 「まあ、あいつの説明を聞こうではないか。」

 「いい心がけだ。説明を聞くより実際に体験した方がよくわかるだろう。その凶暴なミンキー・モモからわからせてやろう。」

 「てめー、ぶっ殺してやる。」

 「おお、すまんすまん、ジャンキー・モモの間違いだったか。」

 ナツメとロカトはアルファをつかまえてなんとか思いとどまらせた。

 「では始めようか。」

 神父がそう言うと、突然部屋の景色がグルグル回って消え去り、しばらくおぼろげだったが、そのうちに別の景色が現れ始めた。

 「こ、ここは、わたしの子どもの頃住んでたところじゃねえか。」

 アルファは自分の故郷の風景が現れて驚いた。そしてそこには二人の子供が見えた。

 「あれはわたしだ。そしてもう一人は、定春君!」

 定春君がアルファにプレゼントの包みを渡していた。

 「あ、あれは、あの時のプレゼント!」

 アルファは苦い苦いあの日のことを思い出した。定春君がくれたプレゼント。中にはあいうえおチョコレートが入っていた。

 「結婚しようって、言ってくれてたのにね。勘違いして、あんなひどいこと言って・・・」

 「アルファは『うんこしよっ』て読んじゃったんだよね?」

 「口に出すな、クソ野郎が!」

 「どうだ? つらいか? つらいだろう。人間、思い出すのが苦痛な思い出は山のようにあるだろう。しかし、わたしの手に入れた能力は人を苦しみから解放することができるのだ。人は消したい記憶、恥ずかしい思い出が無数にある。そして過去を変えられないことに苦しむ。それで人は何とか過去を忘れようとし、あろうことか改竄する者までいるではないか。わたしの力はその過去さえも変えてしまうことができるのだ。娘よ、あの歴史を変えたくはないか? 自分がそうであってほしいと願う人生に出来るのだ。どうだ? わたしの力を知る最初の者にならないか?」

 アルファは返事が出来なかった。返事ができないまま、アルファは続きを見た。定春君から受け取ったプレゼントをアルファは家に持ち帰り、包みを開けていきなり一つチョコを口に入れた。

 「あれは『け』の文字だったんだね・・・」

 アルファは目をこらしてそのチョコを見つめた。神父の力なのか、見たいシーンはスローモーションのように見えた。アルファは確かにチョコの文字を見た。そこには『は』の文字があった。

 「な、なに! 『け』のはずじゃあないのか? どういうことだ? 『は』ってなんだ? 『はっこんしよ』ってなんだよ?」

 「それって、『は』じゃなくて『ば』じゃないかな?」

 と、ナツメがついつい言ってしまった。

 アルファは心の中で、ほろ苦い思い出が音を立てて崩れていく音を聞いた。

 「ナツメ、てめー、人の思い出をよくもぶち壊してくれたな―!」

 「え、なんでボク? ちょ、ちょっと待ってよ―、助けてー!」

 ナツメはさんざんアルファに叩かれながら(ロカトとフィグが必死に止めようとしたが無理だった)、必死に訴えた。

 「もうちょっと先の方から見てみたらいいんじゃない? 定春君が手紙を書く時に答えを言ってると思うよ。」

 アルファはようやく怒りを抑えた。そして意識を自分が知らない定春君の時間に向けた。すると、定春君の自宅の様子が見えてきた。定春君はアルファにプレゼントする包みを用意していた。そしてアルファは見た。不思議なことに、定春君が用意して並べていたチョコの文字は『けっこんしよ』だった。

 「ほら、見てよ。やっぱり『けっこんしよ』だったんだ!」

 と、ナツメが指さして言った。

 「どうなってるんだ、一体? さっきわたしが見たのは確かに『は』だった!」

 「続きを見ようよ。」

 定春君はチョコと手紙を包みに入れた。そして少しの間席を離れた。

 「ああ、電話をするんだ。わたしに電話をしてきたのがこの時なんだ。」

 定春君がアルファに電話して待ち合わせをしている声が小さく聞こえてきている。ところがその時、何かゴソゴソと音がし始めた。そしてひょっこり何者かが姿を現わした。

 「え、なに? なんで? どうなってるの?」

 一番驚いたのはナツメだった。そこに現れたのはナツメだったのだ。呆気にとられて全員がただ見ていた。定春君の部屋に突然現れたナツメはプレゼントの包みを開け、中のチョコを取り出すと、『け』の字を『は』に取り換えてしまった!

 「よーし、これでアルファは定春君と結婚することはないぞ。でも『ばっこん』に大喜びするかもね。それはそれで面白いぞ。」

 定春君の部屋にいたナツメは忍び足で出ていったが、こちらのナツメは忍び足でその場を離れようとしても逃げ場はなかった。

 「覚悟はできてんだろうな!」

 「そんなはずは! ありえない! おかしいよ! だまされているよ!」

 「おかしいのはてめーだ! だましたのもてめーだ!」

 「ちょっと待って、アルファさん、兄貴はそんなことしない! 信じてあげて!」

 ロカトはアルファの前に立って懇願した。

 「かばうならてめーも同罪だ!」

 「ちょっといい加減にしなさいよ、アルファ。頭を冷やしたら。神父が手に入れたのは歴史を作り変えてしまう能力なのよ。こんなことは朝飯前なのよ。」

 「どうじゃ、こんな歴史など捨ててしまったらどうだ? ヤンキー・モモよ、お前がそうであってほしい人生にしてやるぞ。」

 「アルファ、ボクは君が好きだよ。でも、あんな真似してまで自分の思いどおりになってほしいとは思わないよ。」

 「悪かったよ。ナツメがあそこで出てきてもおかしくないキャラだから、つい本気にしてしまったよ。ごめん。」

 「う、うん、それってほめてんだかけなしてんだか・・・」

 「わたしはそのままの歴史と記憶でいい。変えたいとも思わない!」

 「そうか、まあいいだろう。経験も記憶も一つではないからな。また考えも変わるだろう。では次はカグツチの娘の番だ。わたしの力は人の思いに反応する。さて、どんな歴史を見せてくれるか?」

 また景色が変わり始め、一軒の古民家が現れた。

 「あ、あれはわたしが世話になってたおじいさんとおばあさんの家だわ。」

 やがて家の中の情景が見え始めた。いろはは十二単を着てそこにいた。ナツメたちがいろはと初めて会ったときの姿だ。場面が変わり、おばあさんは何か長方形の箱を持って外に出るところだった。そこでいろはは悲鳴を上げた。

 「いやあああああー。」

 「どうしたのさ? 急に。」

 「あ、あれはしのはこだ!」

 「しのはこってなんだ?」

 「おまるのことだよ。」

 おばあさんは外に出ると人を呼んだ。そこに現れたのはナツメだった。おばあさんはおまるの中身の処分をナツメに頼んだ。

 「や、やめて、なにするの! なんでナツメがその役をやってるの。やめて、やめてー!」

 「え、まさか、あれは、いろはのだったの?」

 「それ以上言ったら殺すわよ! いいえ、殺してやる、殺してやるわ! これ以上見ないで!」

 ロカトとフィグは今度は暴れ出したいろはを必死で止めることになった。一方アルファは笑みを浮かべていた。

 「まあ、続きを見ようぜ。」

 「何言ってるのよ! あなたも殺すわよ!」

 「心配すんなって。」

 喚き散らすいろはのことなど露知らず、しのはこを持ったナツメは中身を処理する場所を探していた。そしてふたを開けようとした。

 「殺してやる!」

 と、次の瞬間、何者かがナツメのもとに駆け寄り、かかと落としを見舞った! ナツメは声も立てずに失神した。

 「まったく、この変質者め。とは言うものの、処理はナツメにやらせるんだったかな。これはしまった。わたしが掃除しなきゃいけないじゃないか。まあ、いいか。埋めてしまおう。」

 蹴りを入れたのはアルファだった。彼女は穴を掘って箱を埋めてしまった。

 「な、特に問題ないだろ?」

 「・・・・・命拾いしたわね、ナツメ。」

 「いろはさん、兄貴はまじめに仕事をこなそうとしただけです。他意はないんです。」

 「わかってるわ。それでも、嫌なものは嫌よ。」

 「どうだね? 君は恥ずかしい記憶を根底から変えてみないか? 人は思いが昂じると真実を知る者を抹殺しようとまでするのだ。だが、わたしの力ならそんな悲劇もなくせるのだ。」

 「ふん、大きなお世話よ。あなたのやってることは、ただの嫌がらせじゃない。」

 「そうだそうだ、ジャイ子と結婚する予定だったのに、しずかちゃんに変えたのはお前か!」

 「ではお前はジャイ子と結婚する未来の方を支持するのか? 世界を敵に回すというのはそういうことだ。」

 「何言ってる。しずかちゃんのお父さんはのび太のことをベタほめしているけど、ボクはだまされないぞ。あんだけ女性のお風呂を覗いてる犯罪者の少年なんて聞いたことねえや。」

 「だが、世界は彼を支持するのだ。人間とはそういうものだ。わたしの力の素晴らしさをもっと教えてやろう。

 車の運転で無事故無違反を誇りにしていた者が、ほんのささいなことで違反切符を切られたとしよう。その者の心痛は計り知れない。だが、わたしの力をもってすればそれをなかったことに出来るのだ。よってすべての人間を無事故無違反にし、全員がゴールド免許を保持するのだ。」

 「ラスボスの言葉とは思えないなあ。」

 「だが、骨身にしみてる人間は数多いのだ。億万長者になる? 金メダルを取る? 戦争で勝つ? 一握りの人間のために存在する神など、誰も信じない。『あんなことしなければよかった』『ああしておけばよかった』と悔やむ歴史を変えてくれる者を無数の人が望んでいるのだ。わたしにはそれが出来る。わたしがこの世界を救うのだ。まあ、その女たちは恥を背負いながら生きるつもりらしいがな。」

 「おかしいな。」

 「なんだと。」

 「さっきから変じゃないか。」

 「何を言っている?」

 「ボクは定春君の家に行ってないぞ。それに、いろはのしのはこは確かに掃除したぞ。」

 「きいいやあああー! 何言っているの? アルファが始末したはずでしょ。」

 「この野郎、黙ってりゃあいいものを。」

 「だって、ボクの記憶では・・・」

 ナツメは言うんじゃなかったと後悔したが、すでに遅かった。ナツメはHPを1まで削られた。

 「作られた歴史に救われたのに、そして知らなければお互いに平和だったのに、マヌケな男だ。」

 「だが、これはあんたの手によるものじゃあないんだろ。あんたはそのままの歴史を見せようとしてただけだ。けど、それはすでに改竄されている歴史だった。あんたもだまされてるじゃないか。」

 「なんだと。」

 「なんか変だと思ったんだ。ボクとアルファは結婚したはずなのにしてないし。マクベは邪魔するし。あるはずのないベッドから落ちるし。そして極めつけは、トリプルシックスなんていう変な汽車に乗るし。」

 「貴様、何を言いたい。」

 「たぶんだけど、カグツチさんが知らず知らずに力を発現してたんじゃないかな。ラジオもジャンプも昭和のままだし、ここでは三部と四部と六部がくっついてるし、まあ、ボクは面白かったけどね。この力は使えば使うほど世の中こんがらがるだけなんだよ。変なことしたらまた別の余計に変なことが起こるんだよ。

 たぶん、人の人生っていうのは、あんたの思い描いてるようなものじゃないんだと思うよ。恥ずかしいことでも意味があるんじゃないかな。ボクの頭ではそれ以上のことは思いつかないけどね。ボクの人生は恥ずかしいことばかりだけど、それを変えたいとは思わないかな。だからあんたの能力、ホワイト・スカンクかな、それにかからずに済んだのかもね。」

 「まあよい。お前の変態ぶりはよくわかった。改変された絶対平和の世界からお前たちはふるい落とされることになるだろう。そしておまえたちはわたしこそ神であったことを知るのだ。」

 そう言って神父はみんなの前から去っていった。

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