フィクションだったら
「ジャック!久しぶり!」
本格的に夏が始まった7月上旬、1年ぶりにロサンゼルス国際空港に響いた絵里香の声は、6年前、僕らが出会ったあの日を思い出させた。
6年前、僕らはロスのコスプレのイベントで出会った。エリーと呼ばれたアジア的な顔立ちのその女性は、周りとは違う空気を醸し出していた。その時彼女がコスプレしていたのが僕が大好きな日本の漫画のキャラクターだったのもあり、僕は彼女に写真撮影を申し込んだ。
「いいよ!一緒に撮ろう!」と快諾してくれた彼女の笑顔が眩しかった。隣に並んで写真を撮ろうとしたとき、腕が一瞬触れ合い、心臓が跳ねた。きっとこの時から僕は絵里香に恋をしていたんだと思う。
連絡先を交換してほしいと伝えると、彼女はコスプレの写真をあげているインスタグラムのアカウントを教えてくれた。
彼女のインスタグラムには、たくさんの写真がアップされている。その中には別のコスプレイヤーと同じ漫画のキャラクターのコスプレをしているものがあった。
彼女の隣に並ぶ、「コスプレ」という方法を知った僕は、コスプレを始めることにした。我ながら単純な奴だと思うが、当時の僕にはあの美しい女性の隣に並ぶ方法がそれしか思い付かなかったのである。
コスプレは思っていたよりも数倍難しかった。カラーコンタクトがうまく入れられないし、ウィッグのセットの仕方もわからなかったが、絵里香に会いたいという一心で頑張った。
その甲斐あって、今では毎年一緒にイベントに参加している。「併せ」をすることもしばしばだ。LINEも交換したし、彼女の好きな人だって知っている。その「好き」が僕に向くことはなかったけれど。
「ジャック~助けて~」
月に一回はそういって泥酔した絵里香から電話がかかってきていた。
絵里香が当時付き合っていた彼氏___圭太は、どうやらモラハラ気質があったらしく、暴言を吐かれる、と絵里香が泣いていた。でもそんな圭太を絵里香は嫌いになれなかった。別れなよ、と僕が説得しても聞かないのだ。
「僕の方が何百倍も大事にするよ、絵里香、そんな奴とは別れて僕にしなよ」それまでの関係が壊れるのが嫌だったビビリの僕は、何度もこの言葉を飲み込んだ。
結局絵里香は圭太と別れた。圭太と別れてから、僕は絵里香と一層仲良くなった。二人とも少しずつ有名になってきて、まとめサイトに二人が恋人同士なのではと書かれているのを見ては、なんとも言えない高揚感を感じていた。
恋人同士のキャラクターの併せをすることも少なくなかった。
でも、フィクションのなかでどれだけ恋人同士になったって、現実世界では絵里香は僕のことを好きにならなかった。恋をしている絵里香を隣で見ていたからわかる。絵里香は僕のことなんて眼中になかった。
僕は来年から2年間、北欧に留学する。絵里香と会って一緒にコスプレできるのはこの夏が最後かもしれない。
こんな気持ちはここに置いていこう、告白しようと思っていた。
「お昼、どこで食べる?去年全然観光できなかったからさ、今年は色々見たいんだよね。」
絵里香は僕の父親のカーキのジープを華麗に運転しながら僕に言った。僕の決意なんて知らずに。
「近くに新しくピザの店ができたんだ。そこにしよう。」
スマートフォンの画面にマップを写し出す。信号が赤になると、絵里香は目を細めて僕のスマートフォンに顔を近づけた。
「絵里...」僕が口を開くと同時に、絵里香も言った。
「ジャック、私ね...」
「結婚するんだ。」