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領地から出る事のないフレドリックも、1度だけ王都に行った事がある。
義兄、ジェラルド王の妻、シェルリア王妃の突然の訃報を受けて、クリシアム辺境伯としてお悔やみを言うために宮殿に行った時だ。
初めて会うジェラルド王は王妃を失い憔悴していたが、フレドリックを見ると「弟に逢えて嬉しい」と言って抱きしめてくれた。
純粋な方なのだと思ったが同時に、これでは王は勤まらないだろうとも思えた。
だが、お飾りの王でも周りがしっかりやっていれば何とでもなる。
それにあと数年の内には王子が王太子になり王になるはずだ。
フレドリックは挨拶を済ませるとすぐに領地に戻った。
領地に戻りしばらくすると、驚いた事にフレドリックに婚約を申し込む手紙が届くようになった。
『悪魔の森』のあるクリシアム辺境伯領に自分から望んで来ようという令嬢を探すのは難しい。
その上フレドリックの周囲には独身の女性がいなかった。
このままでは領主は生涯独身かもしれないと、使用人達が心配し始めた頃に届き始めた婚約を申し込む手紙に、執事のグラムや騎士団長のロイ、そして友人のマイケルまでもが喜んで、
「この中から奥様になる方を選びましょう」
と言い始めた。
フレドリックもそろそろ結婚を考えても良い年齢ではあったが、領地から出る事が難しい事もあり、無理して結婚しなくても父が自分を養子に迎えてくれた様に、自分も養子を迎えれば良いと考えていた。
令嬢達からの手紙を見てマイケルが言った。
「凄いな、全部王都に屋敷を構える貴族からの申し込みだぞ」
「きっと、お悔やみに行った時、フレドリック様の姿を見て一目惚れしたのでしょう」
そんな話を聞きながらフレドリックが手紙を見ていると、突然グラムが大声を上げた。
「大変です!婚約の申し込みをして来た令嬢達がフレドリック様に逢うために揃ってここに来るそうです」
グラムの説明によると、婚約を申し込んできた令嬢達が、フレドリックに直接会って話をしてみたいと遥々王都から馬車でクリシアム辺境伯領まで来ると言うのだ。
それを聞いてフレドリックは頭を抱えたが、3人はそれも良いかもと言い始め、急いで準備する事になった。
令嬢達が到着する日が来た。
早朝からグラムは令嬢達を迎えるための最後の準備に追われていた。
フレドリックもマイケルも落ち着かない様子で執務室で仕事をしていたが、そこにロイが駆け込んで来て、『魔獣』が西の町の城門近くに現れた事を告げた。
すぐにフレドリックは令嬢達の事をグラムとマイケルに頼むと、ロイや騎士達と共に西の町に向かった。
お昼を過ぎた頃、5人の令嬢がそれぞれの侍女と護衛を伴いクリシアム城に到着した。
令嬢達は馬車から降りるとその場で待っていたグラム、ミリ、リーシャ、マイケルの4人を一瞥し、挨拶もせずに周りを見ている。
その内の1人の令嬢が言った。
「辺境伯様はどちらに?」
グラムが右手を胸に当て頭を下げたまま答える。
「当家の執事をしておりますグラムと申します。申し訳ありませんが、主は急用のため外出しております」
それを聞いた令嬢達は次々に不満を言い始めた。
「王都からここまで1ヶ月かかる事は御存知のはずです。いくら急用とはいえ留守にするなんて、酷すぎると思いますわ」
「本当に。こんな遠い所まで来たというのに、辺境伯様に出迎えもして頂けないなんて残念です」
「私達は歓迎されていないのかしら?
出迎える者がこんなに少ないだなんて、何だか馬鹿にされているように思えてしまいますわ」
令嬢達にはそれぞれに侍女が付いており、その中でも最年長と思われる侍女がお嬢様方をたしなめるように言った。
「お嬢様方、領主様が外出されておられるのは事情があっての事でしょう。使用人にあれこれ言っても仕方ありません。それよりも今の内に休ませていただきましょう」
そしてグラム達に言った。
「お嬢様達の失礼をお許しください。何しろクリシアム領地は余りに遠いため、来る事を諦めた令嬢が何人もいるのです。それだけに、今日この場にいるお嬢様方は辺境伯様に逢いたい一心で来られた方ばかり。辺境伯様の不在と疲れている事が重なり、余裕がなくなってしまっているだけなのです」
「分かっています。こちらこそ急用とはいえ、せっかく来て頂いたというのに主が不在で申し訳ありません。しかしお嬢様方を決して軽んじている訳ではないのです。この城の使用人は料理人の他は私達4人しかおりません。ですから精一杯の人数でお出迎えさせて頂いておりますし、王都のようにはいきませんがそれなりの準備もさせていただいております。まずは部屋にご案内致しましょう」
グラムはそう言うと、笑顔を作り、令嬢達をそれぞれの部屋に案内した。
部屋に案内された令嬢達は入浴を終えて少し休むと、今度はフレドリックと過ごす晩餐に向けての準備を始めた。
城の皆が思っていた通り、城を訪れた令嬢達は王都で見たフレドリックに憧れて「クリシアム辺境伯様と結婚したい」と両親に頼み込んでここまで来た者ばかりだった。
両親は『魔獣』と呼ばれる恐ろしい獣が住むと聞いている領地に娘を嫁に出す事に最初は反対したが、学園に通う間に婚約者を決める事ができなかった娘がこの先結婚できるのは、嫡男にこだわるなら下位の貴族しかないが、下位の貴族に嫁がせるならいっその事、金のある商人の方がましだろうと考えていた。
埋蔵量の豊富な鉱山に恵まれたクリシアム領で作られる宝石はあまりにも有名だ。
ほんとうに『魔獣』が現れて困っているなら採掘もできないだろうと考えた両親は、高名な騎士団を有する領主にとって『魔獣』など、気にする事もないのだろうと判断した。
そうなれば、フレドリックは豊富な資産を持つ高位貴族の当主だ。
高位貴族との繋がりや宝石に目が眩んだ両親は娘が望んで嫁ぐのだからこんな良い事はないと考え、フレドリックに娘との婚約を申し込むと、逢いに行きたいと言う娘のための準備も整えてやった。




