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「どこへ行くんだ?」
突然声をかけられて立ち止まると、明かりを持った騎士が何人も近付いて来てビアンカを取り囲んだ。
ビアンカはそのまま騎士の棟にある監視室に入れられ、厳しい取り調べを受けて、全てを告白した後毒杯を飲んだが、表向きは病死という事にされた。
その後地下牢に捕らえていた強盗達には、生涯採石場や開拓地での強制労働の刑が決まったが「本屋」と呼ばれていた紹介人は、国境で捕らえた時王宮から盗まれた宝飾品を数点持っており、尋問には時間がかかりそうだ。
強盗がエリーゼが侯爵家に宛てた手紙を盗み、レオの宿で待ち伏せしていた事も判明して落ち着いたところで、アルフォンスはミルバーン侯爵家を訪れて事件の事を報告したいと考えた。
*****
サイナスの町を出た後、フレドリックとエリーゼはロイ達と一緒に侯爵家に到着した。
エリーゼが強盗に襲われたと聞いていた侯爵家の皆はとても心配していたが、エリーゼの笑顔を見て安心する事ができた。
エリーゼが帰って来ると聞いて領地から御祖父母様も来ており、ガリウスとの思い出話を聞いたフレドリックは瞳を潤ませながら礼を言い、義父を知るこの人達だからこそエリーゼを自分の元に送り出してくれたのだと思い、改めて侯爵家の皆に心から感謝した。
御祖母様からの提案でフレドリックとエリーゼの結婚式を家族だけでも良いから行おうという事になり、準備を始めた頃、侯爵家にビアンカの急死により結婚式とアルフォンスが王太子となる即位式が中止になったという知らせが届いた。
それからしばらくして事件の詳細を報告するためにアルフォンスが侯爵家を訪問するという先触れが届いた。
約束の日、アルフォンスは侯爵家を訪れた。
応接室に通されたアルフォンスは、以前ここに通された時にはエリーゼが婚約者だったのにと思い胸が苦しくなった。
侯爵夫妻とクリシアム辺境伯夫妻にエリーゼの殺害を企てた犯人はビアンカだった事から順に話していき、強盗団にも刑が下された事を話した後、自分の愚かさ故にエリーゼには辛い思いばかりさせたと謝罪した。
そしてアルフォンスは言った。
「私はほんとうに愚かだった。私の事を思ってくれている人の話を聞こうともせず、何が大切なのかを見ようともしなかった。エリーゼ、長い間辛い思いばかりさせてすまなかった。ビアンカの悪意に騙された上、クリシアム辺境伯とエリーゼを無理やり結婚させてしまったのは私の過ちだ。今回の事件を受けて父上達とも相談し、王命による辺境伯とエリーゼとの婚姻は2人の同意があれば白紙に戻す事ができるようにしてもらった。白紙に戻せばエリーゼは王都に帰る事ができるし、辺境伯も自分で選んだ女性と結ばれる事ができるからその方が良いだろう。エリーゼ、私は君の事を愛しているんだ。君を手放してしまった事をずっと後悔してきた。どうか婚姻を白紙に戻し、私と結婚して欲しい」
無言で聞いていた侯爵夫妻もクリシアム辺境伯夫妻も呆れると同時に腹が立った。
侯爵が話そうとしたがフレドリックが先に言った。
「アルフォンス様、私はエリーゼを愛しています。こんなに素晴らしい女性と婚姻を結ぶ事ができてジェラルド王には感謝しているくらいです。ですがもし、私からエリーゼを奪おうとする者がいれば、私は全力で戦います」
エリーゼを押し付けられて嫌がっていると思っていたフレドリックの言葉にアルフォンスは驚いた。
「私もフレドリック様と結婚できてとても幸せです」
エリーゼも言うと、侯爵が言った。
「アルフォンス様、御覧の通りこの2人は愛し合っております。どうか見守ってやってください」
アルフォンスは悲しそうに
「そうか……すまなかった」
と言うと帰って行った。
フレドリックとエリーゼの結婚式は神父を呼んで侯爵家の大広間で行われた。
家族とごく親しい者達だけが集まった小さな結婚式だったが、ウェディングドレスに身を包んだエリーゼを見つめるフレドリックがあまりにも嬉しそうで、そしてエリーゼがあまりに幸せそうで、誰もが甘く優しい気持ちになれる素晴らしい結婚式だった。
クリシアム辺境伯領にもどったフレドリックとエリーゼはどこに行くにも一緒に行くようになり、仲の良さが領内だけでなく近隣の領地でも有名になっていった。
領民や騎士達の協力のおかげで「悪魔の森」の奥にある沼に定期的に木の実団子を投げていると、徐々に嫌な臭いが薄くなっていき、数年後には「魔獣」の姿を見る事がほとんどなくなってきたので、沼の調査も始める事になった。
*****
それから10年以上経ったある日、フレドリックとエリーゼはベリーの丘の上から2人で夕陽を眺めていた。
丘の下の草原から吹き上げてくる心地よい風を受けながらフレドリックはエリーゼの肩を抱き寄せ、2人は優しく微笑み合う。
遠くを見ると黄金色に輝く麦畑や緑の畑が広がっていた。
町を守るための城壁も1部を壊し、北と東西にも門を作り、領民達も自由に町を行き来できるようになった。
「美しい妻をずっと見つめていたいが暗くなってきた。そろそろ帰ろうか?」
「ええ、こども達も待っているわ」
輝く笑顔で答えるエリーゼは既に、女の子1人と男の子2人の母となっていた。
*****
一方、アルフォンスは独身のまま臣籍降下して公爵となり、アーサーとルークもアルフォンスについて行く事を選んだ。
オランド王国は、アルフォンスからの強い推薦でミルバーン侯爵家から王室に入ったレオナルドが王太子となり、ミルバーン侯爵家はエリーゼの子が跡を継ぐ事になった。
*****
「……フレッドだめよ。恥ずかしいわ……」
エリーゼはフレドリックと一緒に馬に乗っている時にキスされる度、頬を染めてそう言うのだ。
「エリーゼ、愛してる。こんなに素敵な女性と結婚できて私は幸せだ……」
2人の乗る馬から少し離れた所にいる護衛達は見慣れているとはいえ、やはり目のやり場には困る。
いつの間にか2人の護衛騎士はできるだけ既婚者が選ばれるようになっていた事に気付かないのはフレドリックだけだった。
エリーゼが望んだ通り、フレドリックとエリーゼのこども達は「魔獣」を見る事なく生涯を終え、クリシアム辺境伯領はオランド王国の中で最も豊かな領地となっていった。
そして「魔獣」と戦ったクリシアム辺境伯領の話は物語としていつまでも語り継がれていく事になった。
完結しました。
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