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 その後ビアンカは、部屋で謹慎するように言われ「春の祝宴」に参加する事はできなかった。


 婚約者として認められたいと思ってジェラルド王の所に行ったのに謹慎を言い付けられてしまい、何も思い通りにならないビアンカは、考えている内にお金を払えば何でもしてくれる男の話を思い出していた。



*****


 

 学園に通うようになってすぐの頃、ビアンカはその日もカフェに来ていた。 

 平民でごった返すカフェは、急いで食事をしている人も多く、テーブルの間隔の狭いカフェというよりも食堂に近い店だった。

 金を払えば何でもしてくれる男の話を聞いたのも、噂話を仕入れるにはもってこいのこのカフェだった。


 ここに来る時はビアンカも変装を完璧にして、耳を澄ませたまま本に目を落とす。

 その日は、いかにも悩みを抱えていそうな商人風の男がいるテーブルの隣に座った。

 男の友人が来ると、男は浮気相手から結婚を迫られて困っているのだと相談を始めた。

 すると友人が「何でもしてくれる男がいるんだが……」と小声で話し始めたのを聞いたビアンカは、いつか必要になるかも知れないと思い、聞き耳を立てた。


 仕事を依頼するには手順がある。

 まずは自分の名前と住所を書いた紙を持って、王都の街の東地区にある本屋に行き、本の代金を払う時に栞もくださいと頼むのだ。

 本の代金を払う時、栞の代金も一緒に払うと、店主が「持っているか?」と聞いてくるので、用意した紙があれば「持っている」と言い、「持っていない」と言えば栞を渡してくれるので、その栞に名前と家の住所を書く事になる。

 そのまま店のカウンターに置いてある箱に名前と住所を書いた紙を入れたら後は待つだけだ。

 数日の内にはその男から連絡があり、その時依頼の内容を言う。

 交渉はできるが接触するのはその時だけで、1度頼んだ事は変更ができないという話だった。


 アルフォンスの婚約者になるまでは男爵家の令嬢だったビアンカは、お金持ちの平民と変わらない生活を送っていた。

 ひとりで行動するのも平気で、簡素なワンピースを着て街に出掛ける事も多かったが、アルフォンスの婚約者になってからは王宮から派遣された護衛が、出かける時は必ず付いて来るようになった。

 婚約者になったばかりの頃は、ひとりで出歩く事ができない生活が苦痛だったが、王宮に行く時に綺麗なドレスを着れる事は嬉しかった。


 アルフォンスの婚約者になってからもビアンカはカフェに通う事をやめなかった。

 平民が集まるカフェには行けなくなったが、お気に入りのカフェなら護衛を伴って入る事ができる。

 だがビアンカは近くに護衛がいる事が気になり、鬱陶しく感じる時があった。


 そんな時、親しく話すようになった店主が店の奥にある個室を案内してくれた。

 護衛は個室の中を確認すると「扉の前にいます」と言うので、ビアンカはひとりで部屋に入りソファーに座ると、テーブルに置いてあるベルを鳴らした。

 するとすぐに店主がビアンカの好きな紅茶とケーキをトレイにのせて運んで来てくれたので、お礼を言った。


「個室に案内してくれてありがとう。以前は自由にあちこち行けたのに、今はどこに行くにも護衛と一緒で息苦しくなる時があるの。ここなら護衛も部屋には入って来ないみたいだし、解放された気分になれて嬉しいわ」


 すると店主は秘密が守れるならもっと自由に過ごせると言って、「契約書」と書かれた紙をテーブルに置いた。

 その紙には秘密が守れなかった時に課される罰金として、この店が買えそうな金額が書かれていた。

 ビアンカは驚いたが、秘密を守れば良いだけだと思い、すぐにサインすると店主は嬉しそうにしながら話し始めた。


「ビアンカ様が契約してくれて嬉しいわ。この店の個室の壁の向こうにはもうひとつ部屋があって、そこから通路を通って裏通りへ出られるようになっているの。その契約書に書かれている秘密って言うのはその事なのよ。ビアンカ様のようにこの契約を交わしているのはひとりで出歩く事が許されない名のある方ばかりなの。のんびり街歩きを楽しみたい人もいれば、護衛の目を盗んで、誰かに会いに行く人もいるの。だからこれも読んでサインしてくれる?」


 店主は笑顔でビアンカの前に、今度は「同意書」と書かれた紙を差し出した。

 その紙には、裏通りへ出る時に気を付ける事や、必ず2時間以内に帰ってくる事、鍵の事など、細かい事が沢山書かれていた。

 ビアンカが読み終わり、サインした事を確認した店主は、


「置いてある服でも化粧品でも変装道具でも好きなのを使って、帰ってきたらそのままにしておいても大丈夫です。足りない物があれば貸す事もできますから遠慮なく言ってくださいね。まずは、こちらへどうぞ」


 と言いながら部屋の隅へ案内すると飾り棚と壁の隙間に手を入れた。

 すると今まで壁だったところが開いて隣の部屋に入る事ができた。


 隣の部屋はクローゼットのようになっていて、町へ出るための洋服や靴に鞄、ウィッグまで置いてあった。

 部屋にあるテーブルの上には鍵が入った赤いトレイが置いてあり、店主は扉の開け方や部屋の使い方を教えてくれた後、必ず外から鍵を掛けて出掛けてくれとお願いしてきた。

 鍵を掛け忘れて出かけられると外から強盗に入られる危険があるからそれだけは気をつけて欲しいと念を押された。

 ビアンカは、「気を付けるわ」と言いながら裏通りに繋がる扉をそっと開けてみた。

 するとそこは隣りの店との間にある薄暗くて狭い通路で、店主の言う通り、通路から裏通りに出る時さえ気を付ければ、誰にも見つからずにひとりで街歩きできる事が分かった。


 その日は何も考えていなかったのでそのまま個室で過ごしたが、王宮に引っ越すまでの間には、何度かカフェの個室を使い、ひとりで自由に街歩きを楽しむ事ができた。




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