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 紅茶を飲み終わるとフレドリックは


「エリーゼ、今夜からはこの寝室を使ってくれ。私も一緒に居たいが、今までの事を考えれば無理だという事は分かっている。君に嫌われたくはないからね。私は執務室の隣で寝るから安心してゆっくり休んで欲しい。今までほんとうに済まなかった。今日は、私の話を聞いてくれてありがとう」


 と言うと立ち上がり、自分の私室に繋がっている扉の方へ行こうとした。

 その時エリーゼは、行って欲しくないと思うと同時に、背を向けたフレドリックの上着の裾を掴んでしまった。


 (ん?)


 振り向くと、そこには頬を赤く染め、潤んだ瞳のエリーゼがフレドリックを見上げている。


(つっ……か、可愛すぎるだろう)


 思わず緩んだ口元を手で覆いながらエリーゼから顔を逸らしてしまいそうになったフレドリックは、これがダメだのだと気付きエリーゼの方に顔を向けようとした時、小さな声が聞こえてきた。   


「……行かないで……どこにも行かないで欲しいのです」


「……私が……ここにいても良いのか?」


 フレドリックが聞くと、耳まで赤く染まったエリーゼは目を伏せてコクリと頷いた。


 フレドリックは振り返る勢いでそのままエリーゼを抱きしめると、


「ありがとう」


 と言いながら、エリーゼの額に口付けた。


 (あぁ……全部可愛くて……愛おしくてたまらない……)


 フレドリックはエリーゼの頭に雨のようなキスを降らせると、そのまま跪き、エリーゼの手を取ると言った。


「愛している。王命など無くても私が妻にしたいのは君だけだ。生涯をかけて君を愛する気持ちを証明させて欲しい。今更だと思うだろうが言わせてくれ、エリーゼ、どうか私と結婚してください」


 エリーゼも言った。


「私こそ、よろしくお願いします」


 2人は吸い寄せられるように唇を交し、それまでの距離を埋めるように抱き合った。 



*****



 アルフォンス達が卒業してからすぐ開かれた社交シーズンの訪れを告げる「春の祝宴」は、新しく成人したこどもを持つ貴族が、その子を連れて直接国王に挨拶する事ができる特別なパーティーで、毎年王室の主催で行われていた。

 オランド王国で王室が主催するパーティーは、成人した貴族を祝う「春の祝宴」と、家臣達の働きに感謝して報奨も兼ねて開かれる「秋の祝宴」の2つだ。


 パーティが好きで、年中開いている貴族もいるが、春と秋に開かれる王室主催の祝宴は、多くの貴族にとっては、その年の社交シーズンの始まりと終わりを告げる言葉としても使われていた。


 エリーゼがクリシアム領地へ向かっていた頃、「春の祝宴」が終わったオランド王国の王宮では貴族会議が開かれ、アルフォンスは2年後の「春の祝宴」が終わった後、ビアンカと結婚して王太子になる事が決まった。


 アルフォンスとの結婚が正式に決まったというのに、ビアンカは終わりの見えない妃教育にうんざりしていた。

 もともと平民になっても良いと言って侍女も付けずに育てられたビアンカは貴族の教育も最低限しか受けていなかったため、妃教育の前に学ばなければならない事が多過ぎた。


 ビアンカは、王宮に来ればアルフォンスと自由に会えるようになると思っていたのに、勉強ばかりでカフェにも行けないし、アルフォンスにも思うように会えない。

 だったら欲しい物を買おうと思い、婚約者に与えられた予算を使ってドレスや宝石を買ったら、あれは個人的に使える予算ではないのだと叱られた。

 

 勉強も分からず、何をやっても上手くいかないビアンカは「秋の祝宴」が迫る頃には、婚約しなければ良かったと考えるようになっていた。



 アルフォンスは本格的に始まった帝王学が難しくて逃げ出したくなる事もあったが、2年後に結婚と王太子即位が決まった事で気持ちも引き締まり、アーサーとルークと共にやる気になっていた。

 

 そんなある日、教師に厳しく叱られたビアンカは我慢できなくなり、アルフォンスの執務室に押しかけた。


「アルフォンス様、私との婚約をなかった事にしてください。アルフォンス様の婚約者になれば、ドレスも宝石も好きなだけ買ってもらえると思っていたのに、あまり買ってもらえないし、せっかく買ってもらえても、自由に着る事もできません。それに、毎日勉強ばかりさせられてもう嫌なんです。こんな事ならアルフォンス様の婚約者にならなければ良かった。アルフォンス様、ほんとうは私、エリーゼ様に虐められてなんかいません。全部私が自分でやった事なんです。ですからエリーゼ様に帰って来てもらって……」


「エリーゼに帰って来てもらってどうすると言うんだ?」


 ビアンカの話を遮ったアルフォンスの表情は、室内の温度が下がったかのように感じられるほど冷たかった。

 だがビアンカは、余程自分との婚約を解消するのが嫌なのだろうと思った。


「……でしたら、私との婚約はこのままにしておいて、エリーゼ様を側室に迎えるのはどうでしょう? もちろん、側室と言っても、アルフォンス様から愛されるのは私だけです。エリーゼ様を名ばかりの側室にして私にできない事をやってもらえば良いのです。

エリーゼ様は恐ろしい『魔獣』の住む領地に無理やり嫁がされたのでしょう? それはあまりにも可哀想です。エリーゼ様もきっと王都に戻りたいはず。アルフォンス様の側室にしてあげれば喜ぶと思うんです」


「自分が何を言っているのか分かっているのか? エリーゼから虐められていたのは嘘だったと言ったな。私はそれを信じたからエリーゼを『魔獣』が住むという領地に嫁がせる事に賛成したんだ。それなのに今更あれは嘘だったというのか! なぜあんな嘘を吐いたんだ」


「そ、それは……」


 ビアンカは余計な事を喋ってしまった事を後悔したがもう遅かった。

 

 

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