31
「隣に座っても良いか?」
フレドリックに言われてエリーゼは頷いた。
夕陽日に照らされたひまわり畑は、時折吹く風に揺れてザワザワと音を立てている。
「今までの事を謝りたいんだ」
フレドリックが話し始めた。
「今までの事を謝りたいんだ。エリーゼ、君に初めて会った時、私は君の美しさに驚いたんだ。皆に挨拶をしてくれた時の笑顔を見た時、私は、君があまりにも眩しくて思わず目を逸らしてしまった。胸がドキドキして、どうして良いか分からなくなり、グラムに任せて逃げてしまったんだ。最初の日の夜に言った言葉も、君を傷付けるつもりなどなかった。ただ、疲れている君をゆっくりと眠らせてあげたかったんだ。いや、それも言い訳だな。私は君に恋をした事に気付いてなかったんだと思う。何しろ今までこんなに素敵な女性が身近にいた事などなかったんだ。君の事が気になって仕方なかったが、無理やり婚姻させられた君に近付けば嫌われてしまうんじゃないかと思うと、話し掛ける事も出来なくなってしまっていた。だが、それがこんなにも君を誤解させ、悲しませてしまっていただなんて……」
「うっっ……」
エリーゼが泣いている事に気付いたフレドリックは、思わず抱きしめると言った。
「ごめんよ。ほんとうにすまなかった。エリーゼ、私は君を愛してるんだ。お願いだからどこにも行かないでくれ」
声を上げて泣き始めたエリーゼに「愛している」と何度も言いながらフレドリックはずっと抱きしめていた。
いつの間にかエリーゼは泣きながらフレドリックの腕の中で眠ってしまった。
(私の腕の中で泣き疲れて眠ってしまうだなんて、なんて可愛らしいんだろう……)
そう思いながらフレドリックは、エリーゼを横抱きにすると城に戻って行った。
城ではグラムとミリが心配しながら待っていると、エリーゼを横抱きにしたフレドリックが帰ってきた。
エリーゼを寝かせると、すぐにフレドリックはグラムとミリのところに行き、心配掛けた事を謝り、エリーゼに気持ちを伝えた事を話た。
目を覚ましたエリーゼは、自分がどこにいるのか分からなかったが、側でエリーゼを見つめるフレドリックが教えてくれた。
「目が覚めたね。心配しなくても着替えさせたのはリーシャとミリで、ここは私達夫婦の寝室だよ」
エリーゼが寝台から降りようとするとフレドリックが手を取って、寝室にある小さなテーブルセットの椅子に座らせてくれた。
テーブルの上には軽食が置かれていて、何も食べないまま眠っていたエリーゼのためにリーシャが用意してくれたのだとフレドリックが言った。
喉が渇いただろうと言って手渡されたコップの水を飲んだ後、エリーゼが恥ずかしそうに言った。
「あんな時に眠ってしまってごめんなさい。こどもみたいで恥ずかしいわ」
それを聞いたフレドリックは嬉しそうに言った。
「いや、とても可愛らしかったよ。これからはもっとエリーゼの可愛らしいところを見たいと思っているんだ」
チラリと見れば、蕩けそうな顔でエリーゼを見つめるフレドリックと目が合った。
「いただきます」
何を言えば良いのか分からなくなったエリーゼは黙々と食べ始め、食べ終わる頃になるとフレドリックが紅茶を淹れてくれていた。
紅茶を飲み始めると、フレドリックが話し始めた。
「今日、君に自分の気持ちを伝える事が出来て良かったと思っているんだ。あのままでは気持ちを伝える事さえ出来ないまま、君が居なくなってしまっていたかも知れないからね。私が悪かったんだ。婚姻の手続きを済ませている事で、君はもう私の妻だと安心していたんだと思う。
正直に言うと、エリーゼがここに来る前に、アルフォンス王子との婚約破棄の噂を聞いていたんだ。ミルバーン侯爵の令嬢は身分の低い者を虐める悪女だと言う噂と一緒にね。マイケルは独自の伝手を持っているから、君が素敵な女性だという噂も知っていたけれど、もしかしたら意地悪な女性で、ミリやリーシャが虐められるのではないかと思っていたんだ。最初の日にあんな事を言ってしまったのは、疲れているだろう君をゆっくりと寝かせてあげたい気持ちもあったが、それよりも、悪い噂通りの人だったらこの城の者達には受け入れられないだろうと思ったからなんだ。
でも、君は美しいだけでなく、優しくて素晴らしい女性だった。あっという間にミリもリーシャも君の事が大好きになってしまったんだからね。それに私自身も君の事がすぐに好きになってしまったのに、臆病な私はなかなか気持ちを伝える事ができなかった。
目を逸らしてしまっていたのも、君があまりにも美しくて、愛おしくてたまらなかったからなんだ。目を合わせたままでいると、今度はもっと近付きたくなってしまう。そうすれば嫌われてしまうと思っていたんだ。それなのに目を逸らしていた事が、君を傷付ける事になっていただなんて……。ほんとうに申し訳ない。
今日、ローズに、君の事を隣国の人間に託そうと思っていたと言われた時は、心臓が止まるかと思ったよ。
エリーゼ、私の気持ちは今日言った通りだ。愛しているよエリーゼ。だが、君にも私と同じ気持ちになれと強制するつもりはない。君の気持ちは君の物だからね。でも、私は君に愛されたいんだ。だからこれからは君に愛されるように努力する事を許して欲しい」
エリーゼはフレドリックの「愛しているよ」の言葉が嬉しくて、甘く、幸せな気持ちが溢れてくるのを感じた。




