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ミリはエリーゼから実家に帰る前にひまわり畑を見せたいと言われた時、とても嬉しかったのと同時に、自分がいない間にエリーゼがいなくなってしまうのではないかと不安を感じた。
エリーゼは坂道を心配してくれたが、医者からは坂道も登った方が良いくらいだと言われたミリは、喜んでエリーゼの誘いを受けた。
気持ち良い青空が広がる中、足下に気を付けながらミリをお気に入りの場所に案内したエリーゼは、生まれて初めてひまわり畑を見たミリが喜ぶのを見て、連れて来て良かったと思った。
2人はお昼を食べ終わった後も、ひまわり畑の中で楽しくお喋りをしたり、のんびり空を見上げたりしながら過ごしていた。
しばらくするとミリが真剣な表情で言ってきた。
「奥様、実家へ帰る前にどうしても聞いておきたい事があるんです」
(フレドリック様との事だろう)
そう感じたエリーゼは迷ったが、フレドリックと上手くいっていない事は皆も知っているはずだ。
今更隠す事などないだろう。
「私とフレドリック様の事?」
ミリが頷いたのを見てエリーゼは柔らかく微笑むと言った。
「心配してくれてありがとう。私がフレドリック様に嫌われている事は分かっているの。だからミリが気を遣う事など何もないのよ」
するとミリが驚いた顔をして、そんなはずはないと言うのでエリーゼは話す事にした。
「フレドリック様は優しい方だもの。ミリがそう思うのも無理はないわ。でも私はこの城に来た最初の日の夜に、フレドリック様から「王命で結婚しただけなのだから何も期待しないで欲しい」「部屋は与えるが夫婦として過ごすつもりはない」と、はっきりと言われたの。
初めてここに来て私が馬車から降りて挨拶をした時にフレドリック様は、逃げるようにすぐにどこかへ行ってしまった。その時から分かっていた事なのに、はっきり言われた時はさすがに傷ついたわ。それからも顔を合わせると目を逸らしたり、どこかへ行ってしまうフレドリック様見るのは辛かった。
私もここに来るまでは、家同士の政略結婚で結ばれた両親がお互いを想い合っているように、私もフレドリック様と想い合える夫婦になりたいと思っていたのよ。でもそう思っていたのは私だけだったみたい。
すぐにフレドリック様とは家族にはなれないのだと分かって悲しかったけれど、考えてみれば、ジェラルド王からの命令で、顔も見たくない程嫌な私と結婚しなければならなかったフレドリック様の方が辛い思いをしているのだと気付いたのよ。
私がアルフォンス様から嫌われたりしなければ、フレドリック様は自分で選んだ方と結ばれる事ができたと思うの。嫌われて当然の私はここに長く居る事はできない。でも、せめて少しでもこの領地の役に立ってからここを出たいのよ。
ミリ、私は『魔獣』の謎を解く事ができたら、いえ、例え出来なくても、もしもフレドリック様に愛する人ができたらこの地を出て行くと決めているの。この領地の役には立ちたいけれど、私なんかがいたらその方は城に入る事もできないでしょう?
私ね、この領地の人達の事が大好きよ。ミリやリーシャとお友達になれたし、城の皆も、騎士達も、町の人達も皆優しくて、婚約破棄された悪女という噂のある私の事をすぐに受け入れてくれた。
周りの人達が助けてくれたから、こんな立派な農園が出来て、こんな素敵な花畑が見れるようになった。
『魔獣』の事も少し分かった気がするの……」
「ううっ……うっ…奥様……うっ…」
「ミリ、泣かないで……私にはもう何も辛い事などないのよ。ミリが赤ちゃんを産んで城に戻って来るまでは必ず居ると約束するわ。私にミリの赤ちゃんを抱かせてくれるでしょう?」
エリーゼの話を聞いていたミリは悲しくて涙が止まらなくなってしまった。
ちょうどその時ひまわり畑の側に来ていたフレドリックとグラムには2人の会話がしっかりと聞こえていた。
(……私は……なんて事だ)
エリーゼに辛い思いをさせていた事を知り、戸惑うフレドリックとは違って、ミリを迎えに来たグラムは怒っていた。
(あれほど言ったのに、フレドリックはいったい何を言ったんだ!奥様がどんなに辛い思いで過ごされて来たか考えただけでも腹が立つ!
何が何でも今日こそは2人で話し合ってもらおう)
そう決めたグラムが動き始めると、フレドリックも一緒になってエリーゼとミリの座っている椅子に近付いて行った。
「奥様、ミリを迎えに来ました」
グラムの声がして振り返ると、そこにフレドリックも並んで立っているのを見たエリーゼは、その表情を見て、話を聞かれたのだと思い、居た堪れなくなった。
「そ、そうね、夕方になると風が出てくるものね。気が付かなくてごめんなさい。では私も…」
「いいえ、奥様はフレドリック様と残って話し合ってください。では、私とミリはこれで失礼します」
有無を言わさずそう言うと、グラムは心配そうにエリーゼを見るミリを連れて行ってしまった。




