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 『悪魔の森』から帰って数日後、マイケルはフレドリックと一緒に執務室で仕事をしていた。

 マイケルはエリーゼがここに来てすぐの頃、ミルバーン侯爵は娘の偽者を送ってきたのではないかと疑って密かに調べさせた事があるのだとフレドリックに話した。


「調べてみたが、確かに奥様は侯爵の娘に間違いなかった。だが不思議なんだよなぁ」


「何が不思議なんだ?」


「ミルバーン侯爵家と言えばこの国で最も家格の高い貴族だ。その侯爵家の令嬢が、掃除や洗濯が出来ると思うか? そんな貴族の令嬢など聞いた事がない。それもミルバーン侯爵家の令嬢ともなれば、専属の侍女に囲まれて、自分は何もしなくても全てが整えられる生活をしていても驚かないくらいだ。それなのに奥様は1人で何でもやってしまう。

本来なら使用人がする掃除や洗濯までやるんだから、もしかしてミルバーン侯爵家では何かあった時に備えてそういった訓練を令嬢にもさせているのかも知れないな」


「そういうものなのか?私は貴族の令嬢というものがよく分からないからな。エリーゼのする事が貴族の令嬢として珍しい事なのかどうかも分からないが、ロイの傷の手当をしている姿を見た時には驚いたよ。手際も良いし、薬も聞きながらだが、的確に選んでいる。ロイも嬉しそうに毎晩治療してもらっているんだ。私も側で見ているんだが、布の巻き方も初心者とは思えないほど上手いんだ」


「毎晩側で見ているのか?」


「そうだ。ロイの傷は良くなってきたから今夜辺りで治療も終わるはずだ」


「そうか。ロイの怪我は酷そうに見えたが、早く治りそうなら良かったよ。奥様がすぐに気付いて治療してくれたおかげだな」


「あの時は確かにロイには酷い傷があったが、私にだって傷くらいはあったし、身体中にあざもできていたんだ。それなのにエリーゼはロイにだけ痛くないかと聞いて、傷の治療もしてやっていた。それにエリーゼはこの領地の事で聞きたい事があると、他の者には聞くのに、私には聞いてこないんだ」


 そう言いながら不機嫌な顔をしたフレドリックを見て、マイケルは楽しそうにクツクツと笑い始めた。


「マイケル、そんなに笑う事があったか?」


「いや、悪い、フレドリックにもそんな日が来たのかと思うと何だか嬉しくてな」


 フレドリックにはマイケルが何を言いたいのか分からない。


「私にどんな日が来たと言うんだ?」


 マイケルは嬉しそうな顔をして言った。


「分からないのか? 嫉妬だよ。先日奥様はロイの側に駆け寄って心配し、ロイの傷を手当した。そしてロイには話し掛けるが、自分にはあまり話しかけて来ないのだろう?

フレドリック、お前はそんな奥様を見てロイに嫉妬しているんだよ」


 フレドリックは驚いた


「私がロイに嫉妬している?」


「そうだ。嫉妬だ。自分の気持ちくらい気付いているだろう? この城の皆も、ここに奥様が来た時からずっと、フレドリックが奥様の事を好きだと言う事くらい分かっている」


「そ、そうなのか? やはりそういう事なのか…」


「まさか自覚していなかった訳では無いだろう? ……まあ良いじゃないか、もうとっくに婚姻の届けは出されていて本当の夫婦なんだから、好きでも何の問題もないだろう」


「いや、その…それはそうなのだが…」


「何なんだ?はっきりしないな」


 フレドリックは何が言いたいのかはっきりせず、ボソボソと何か言いながら顔を赤らめた。

 マイケルは、ハッとした顔をすると、少し低い声で言った。


「まさかとは思うが、…まだ夫婦としての時を過ごしていないのではないだろうな?」


 フレドリックは責められたこどもの様な顔をして少し下を向いて小さな声で言った。


「……そうだ、そのまさかだ」


「まっ!奥様がこの城に来てから何ヶ月経ったと思ってるんだ!」


 マイケルは深くため息を吐くとフレドリックになぜなのかと聞いた。

 フレドリックは、長旅で疲れたエリーゼがゆっくり眠れるように配慮した事がそのまま何となくここまで来てしまい、まだ寝室を共にした事がないのだと話した。


 

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