23
枝豆の収穫が終わった畑は耕してトータスに頼まれた野菜を植え終わった。
小麦を植える畑は馬糞を乾かして作った肥料とかまどの灰を混ぜ込んで、土がふかふかになるまで耕してある。
(もうすぐお父様から小麦の苗が届くはずだわ)
エリーゼから次は小麦を植えると聞いた騎士達が、それなら作業小屋を増やした方が良いと言ってくれて、もうすぐ2つ目の作業小屋も完成する。
エリーゼは両親が持たせてくれたドレスをこれ以上売る事はできないと思い、次は町へ行って自分のお小遣いで買った小さな宝石を売ろうと考えていた。
そんな時、トータスが城に食料品を運んでくれる商人と交渉して畑で作った野菜を売ることになり、エリーゼはこれでしばらくは宝石を売らなくてすみそうだとほっとした。
ミルバーン侯爵家には、庭も温室もあり、屋敷の中にも花が飾られていた。
(ここには花がないのね)
ここに来て少し寂しく思っていたところに、実家からの手紙と一緒にたくさんのひまわりの種が送られて来た。
ジャックにひまわりの種を見せて相談すると、「それなら良い所があります」と言って畑から道を挟んだ丘の上に種を撒くのを手伝ってくれた。
畑の周りには、日陰を選んで休むための椅子が置かれていて、いつの間にかひまわり畑の中にも椅子が置かれ、大輪のひまわりの花を見ながら休めるようになっていた
少し坂を登る事になるが、気持ち良い風を受けながら、まるで花に囲まれているように感じられるその場所は、エリーゼのお気に入りの場所になった。
夜になるとエリーゼは『魔獣』について考える。
王都から来た時にクリシアム領地に入り、城に来る途中、街道沿いにある避難所で夜を過ごした。
その時エリーゼは、星空をみながらクリシアムの騎士と話した事があった。
「クリシアム領の夜空も星が輝いていて綺麗ですね」
「空ですか? ほんとですね、今まで空を見た事がなかったので気付きませんでしたが、奥様の言う通りキラキラと瞬いて綺麗ですね」
「そういえば、避難所には屋根がありませんが、『魔獣』が空から襲って来る事はないのですか?」
「エッ!そうですよね。考えた事もなかったのですが、そう言われてみれば空から襲われるという事はないようです。ですがネズミのように城壁を這い上ってくるのがいるので、ここからは見えませんが、土壁の上には鋼で作った太い棘を仕掛けてあるんです。もしそれを超えて『魔獣』がここまで来たとしても、奥様は私達が絶対に守りますから安心してください」
その会話を思い出してから寮に住んでいる騎士達に聞いてみたが、今まで「鳥の魔獣」を見た者はいなかった。
『魔獣』になる獣も、肉食の獣がほとんどで、草や木の実を主食にする獣が『魔獣』になる事は少ないようだ。
その事からエリーゼは鳥や獣の食べる物の中にある何かが『魔獣』になる原因を中和しているのではないかと考えるようになり、騎士達に鳥や獣の食べる木の実や草を集めてもらっていたのだ。
植物の効果を確かめるためにはフレドリックに頼んで『魔獣』を捕獲して色々な植物を食べさせてみるしかない。
そう考えていた頃、クリシアム領地に激しい雨が降った。
するとグラム達が少し怖い顔をしながら外を見ている。
エリーゼがどうしたのかと聞くと、グラムが、この領地では10年に1度くらいの間隔で雨が続く年があるのだが、雨が続いた後は必ず『魔獣』の数が異常な程増えるのだと教えてくれた。
雨を見ていたフレドリックが言った。
「前回の大雨からまだ10年経っていないが用心した方が良いだろう。念の為に明日の朝早くに『悪魔の森』に行って様子を見て来ようと思う。ロイ、雨が続くようならいつ帰れるか分からないからそのつもりで準備を頼む」
「分かりました。ではすぐに準備にかかります」
そう言うとロイは居間を出て行った。
翌朝エリーゼが食堂に行くと、既にフレドリックとロイは騎士達を連れて『悪魔の森』に向かった後だった。
すぐに雨は止んだが『悪魔の森』に行ったフレドリックやロイ達はなかなか帰って来なかった。
エリーゼはフレドリック達が心配だったが、それはミリ達も同じ気持ちだろうと思い、できるだけいつも通りに過ごすようにしていた。
そんなある日、畑仕事をしながらジャックと話をしていた時、ジャックがこの領地に来る前の話をしてくれた。
この領地にある『悪魔の森』の奥は高い山が連なって国境になっている。
その連なる山の向こうにあるのがジャックの生まれたシャハール王国だ。
「あの山を越えるのは無理なので、ここからだとガーネシア王国を抜けて行く事になるのですが、ちょうど山を挟んだ向こう側に、私の生まれた町があるんです」
ジャックは大きな農場の長男に生まれ、父からは農場を継ぐのはお前だと言われていたのだが、ある時物価や税金がどんどん上がっていった。
農場が税として納める作物が以前の3倍になった時、ジャックの父は領主に「このままでは農民が餓死します」と訴えたが、領主にもどうする事もできなかった。
農地の分だけ納める作物も増えて、不作でも減らしてはくれない。
働いてくれる人に給金を払う事が難しくなるのもすぐだった。
ジャックの父は家も農場も手放し、使用人に給金を払うと家族を連れて国を出る事にした。
苦労してやっとガーネシア王国に住む知人の所に着いて落ち着いた頃、両親は病で倒れ相次いで亡くなってしまった。




