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城下町から戻ったエリーゼは、ミリとリーシャに手伝ってもらいながら町の人達からもらったプレゼントを開いていた。
プレゼントのほとんどは食料や日用品だったが、エリーゼに似合いそうな色の生地やリボン、そしてなぜか生まれたばかりのこどもが着る肌着や洋服まで入っていた。
リーシャが、こどもの服を見て嬉しそうに言った。
「赤ちゃんの洋服をプレゼントするなんて、エリーゼ様に早く跡継ぎを産んで欲しいというのは分かりますが、いくらなんでも早すぎですよ。でもいずれは必要な時が来るでしょうから大切に仕舞っておきましょう」
それを聞いたエリーゼは領民の期待に応えられない自分が急に悲しくなり、疲れたから残りは明日片付ける事にしますと言うと、自分の部屋に戻って行った。
ミリはリーシャと一緒にプレゼントを片付けた後、部屋に戻ったエリーゼの様子を見に行った。
「ミリです」
と言ってもう1度扉を叩いても返事がない。
体調が悪くなり寝込んでいるのかも知れないと思ったミリが中に入ると、既にカーテンの閉められた部屋は薄暗かった。
寝ているのなら寝室だろうと思ったミリはエリーゼの部屋の中にある寝室の扉を開けて中に入った。
すると、寝室には誰も居ないだけでなく、使われた気配さえなかった。
エリーゼが城に来てからすぐにミリの妊娠が判明したため、領主夫妻の部屋の掃除も洗濯も全てエリーゼが引き受けてくれていた。
そのため今まで寝室が使われていない事に誰も気付かなかったのだ。
ミリはグラムから聞いていたのでフレドリックが執務室の隣の部屋で寝ている事は知っていたが、エリーゼは当然夫婦の寝室を使っていると思っていた。
(寝室で寝ていないなら奥様はどこで寝ているのだろう)
ミリは寝室の扉をそっと閉めるとエリーゼの部屋に戻った。
エリーゼの部屋にはこの城の女主人が執務をするための大きな机と椅子、そして来客をもてなすために、1人掛けのソファーが2つと、3人は座れそうな大きなソファーが、背の低いテーブルを挟んで置いてある。
その大きなソファーの上にうつ伏せに寝転んでいるエリーゼを見たミリは、そっと近付くと静かに声を掛けた。
「…奥様……」
エリーゼが涙を拭いて顔を上げるとすぐ横に泣きそうなミリの顔がある。
エリーゼは驚いて起き上がると、1人掛けのソファーをミリに勧めながら言った。
「心配させてしまったようでごめんなさいね。私、何だか疲れてしまったみたいなの。今日はもう休むから夕食は要らないとトータスに伝えてくれる?」
ミリはエリーゼには何か言いたくない事があるのだと感じたが、体調が悪いなら、尚更寝室でゆっくりと休んで欲しいと思った。
「分かりました。奥様、それでしたら寝室で休んでください。この部屋に来た時奥様から返事がなかったので体調が悪いのかと思い、勝手に寝室に入ってしまいました。……奥様、いったいどこで寝ているんですか?ちゃんと眠れていますか?」
エリーゼは何でもない事のように言った。
「ここに来てからずっと私はこのソファーで寝ているの。私にはちょうど良い大きさだし、毎晩ぐっすり眠れているから大丈夫よ」
「いいえ、寝室で休んでください。その方が疲れがとれますから」
「心配してくれるミリには申し訳ないのだけれど……私にはこの部屋の寝室を使う資格がないの。ミリ、お願いだから今はこれ以上聞かないで欲しいの」
悲しそうな表情で頼むエリーゼに、これ以上聞いてしまうと、この領地から居なくなってしまうのではないかとミリは不安になった。
「分かりました。今は聞きません。ですが、いつか必ず教えてくださると信じています。奥様、私はどんな事があっても奥様の味方です。友達なんですからね。その事だけは忘れないでくださいね。
夕飯の事はトータスに伝えておきますので、ゆっくり休んでくださいね」
ミリはエリーゼにそう告げると部屋を後にした。
その日、仕事が終わり部屋に戻ったグラムにミリがエリーゼが寝室を使っていない事を話し、なぜフレドリック様は奥様と寝室を共にしないのかと聞いた。
フレドリックがいつまでも執務室の横で寝ている事が気になっていたグラムもエリーゼが寝室を使っておらず、自分にはその資格がないとまで思っている事を知って驚いた。
グラムには、フレドリックが初めて会った時からエリーゼに好意を感じている事は分かっていたが、フレドリック自身が、その事に気付くまでしばらく様子を見ようと思っていた。
だが、エリーゼがフレドリックの気持ちを誤解しているのならば話は別だ。
フレドリックとエリーゼの距離を縮めてもらいたくて、2人を城下町へ行かせたばかりだというのになんで上手く行かないのかとグラムは情けなく思いながら、近いうちにフレドリックにガツンと言ってやるとミリに約束した。
エリーゼは寝室を使っていない事がミリに見つかってしまったので、そのうち夫に愛されない惨めな自分の事が皆に知られてしまうだろうと思ったが、この城の人達は、エリーゼが王命で嫁いで来た事も知っているのだから、エリーゼが嫌われている事も知っているに違いない。
フレドリックに愛する人ができたらここを出ていかなければならないだろう。
フレドリックが他の女性と仲睦まじくしている姿など見たくない。
エリーゼはいつまでも妻として認められない自分がここに居る事はできないのだから、それまでの間お世話になった皆のためにできる事をしようと改めて思った。




