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 学園に入学する前日の事。

 どんなに仲が悪くても、アルフォンスとエリーゼが婚約している事を知らない貴族はいない。

 エリーゼは、いよいよ本番が始まると思い気持ちを引締めた。


(まずは1人にならない事。1人になればやってもいない事で罪を問われる事になるのが定番だもの。基本は同じはずだから、皆と仲良くして、楽しい学園生活を送れば大丈夫なはず。

そして、アルフォンス様に好きな方が出来たら、絶対に虐めたりしない事。まあ、私とアルフォンス様は仲が悪いのだから、私が嫉妬してその方に何かするなんて考えられない事だけど、それでも「悪役令嬢と婚約破棄」「令嬢虐めと断罪」はセットみたいなものだから油断しないように気をつけなくちゃ。

明日から始まる学園生活を乗り切ればこの物語は終わるはずだから頑張ろう!)


 そう思いながら小さくガッツポーズをすると気持ちが落ち着いて来た。

 婚約破棄されるのは構わないが、断罪されて侯爵家にまで被害が及ぶ事は絶対に避けなければならない。

 エリーゼは侯爵家の皆を守るためならどんな事でもしようと思っていた。

 


 オランド王国では貴族のこどもは15歳になる年の春に王立学園に入学し、3年間生徒として学ぶ事が定められている。


 学園は国にひとつしかなく、それも王都にしかないのだが、貴族ならどんなに遠くに住んでいても、特別な事情がない限り通わなければならなかった。

 裕福な貴族は領地が遠くても王都にも屋敷を持っている家が多いので困る事はなかったが、そんな家ばかりではない。

 そのため、国は余裕のない貴族のこども達も安心して通えるように、学園の敷地に無料で住める寮を造り、金銭面での支援も充実させていた。


 そうやって学園に集められたこども達は学びながら将来に向けての人脈を作っていく。

 特に婚約者のいない生徒にとっては、多くの相手の中から結婚相手を選ぶ事ができる唯一の場所でもあった。


 卒業すれば大人として扱われる事になり、誰かと自由に会う事も難しくなる。

 どんな家の者でも同じ生徒でいられる学園生活は、貴族のこども達にとって生涯の基盤を作る大切な3年間となっていた。



*****



「学園にいる間だけは、身分は関係ありません。本来、人と人との関係は生まれた時からの身分ではなく各々の信頼関係に左右されるべきものです。ですが、私達は貴族です。

身分を超えた人間関係を作れるのはこの学園に居る間だけの特権だと思ってください。そしてどうか生徒で居られる時間を大切に過ごしてください」


 入学式で毎年学園長が言う言葉だ。

 特に今年の新入生の中にはこの国唯一の王子、アルフォンスがいる。

 亜麻色の髪に緑の瞳を持ち、まさに王子様といった風貌のアルフォンスは令嬢達にも絶大な人気があった。


 婚約者はいるが仲が良いという話は聞いた事がない。

 ならば自分にもチャンスがあるかも知れないと考えた令嬢達はアルフォンスと親しくなれる機会を探していた。


 将来の国王と親しくなるようにと親から命じられている令息達や、1度で良いから話してみたいと思う生徒達。

 そしてできる事ならば寵愛を得たいと願う令嬢達が昼休みや授業が終わると、アルフォンスの周りに集まって来た。


 最初の頃は挨拶を返し、相手をしていたアルフォンスも、大勢の生徒に話しかけられる事を面倒に思うようになり、自由に過ごす事が出来ない事が苦痛になっていった。


 アルフォンスには幼い頃から一緒に過ごして来た2人の友人がいる。

 1人はアーサー、もう1人はルークという名で、2人共ジェラルド王の側近の息子達だ。

 友人ではあるが今ではアルフォンスの側近とも呼ばれるようになったアーサーとルークにも近付きたいと思う生徒は多く、2人共アルフォンスと同じ様に大勢の生徒があれこれと話かけて来る事を面倒に感じていた。


 ある日いつもの様にアルフォンスが側近2人と食堂に行くと、一緒に昼食を食べたいと思う生徒達が、自分達と同じテーブルに3人の席を用意して待っていた。


(私には席を選ぶ自由もないのか……)


 そう思った途端に我慢できなくなったアルフォンスは冷たく言い放った。


「私には席を選ぶ自由もない上に、またお前達のくだらない話に付き合えと言うのか。もう充分聞いてやっただろう?

これからは将来王になる私の役に立つ者だけ話し掛けて来い。その他の奴はうるさいだけで迷惑だ」


 生徒達で賑わう食堂の中で、アルフォンスを待っていた生徒の周りだけが異様な雰囲気に包まれる中、アルフォンスに続いて側近の2人もそのまま踵を返して食堂を出て行ってしまった。


 王妃の選んだ教師を避けるアルフォンスに、王としての資質を疑う者もいたが、オランド王国の王子はひとりしかいないのだ。

 アルフォンスも王の後を継ぐのは、王子である自分しかいないのだと思い、母や周囲の厳しい声を真剣に聞く事はなかった。


 食堂での事があってからは話し掛けて来る生徒は減ったが、アルフォンスから話し掛ければ誰もが笑顔で答えてくれるし、余計な事は言ってこない。

 面倒な付き合いから解放されたアルフォンス達は、授業がつまらなくなると図書館で本を読んで過ごしてみたり、学園を抜け出して街に出掛けたりする事もあった。


 次の王になるのはアルフォンスしかいないのだから「ちゃんと授業を受けなければ駄目です」だなんて、わざわざ嫌われに行く者などいない。

 それを勘違いしたのかこの3人は、誰も何も言ってこないのを良い事にして、これで自分達も自由な学園生活が送れるようになったと喜んでいた。


 

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