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翌日、お昼過ぎに城に来た医者がミリを診察した後で心配そうなグラムとミリに笑顔を向けて
「おめでとうございます」
と言った。
グラムは大喜びでミリをそっと抱き寄せた後でフレドリック達に報告に行った。
同じ時間、エリーゼの所にはマイケルがローズを連れて来ていた。
ローズは元は子爵の長女で商人と結婚して平民になり、この城下町に住んでいた。
家の手伝いもあるので、エリーゼが必要な時だけローズに頼んで城に来てもらうという話だった。
紹介が終わるとエリーゼとローズは、2人でお茶を飲む事にした。
ローズの家は宝石商で夫と3人の息子がいる。
長男と次男は家の商売を手伝い、三男は宝石を加工する職人になっていた。
3人とも結婚してもう5人も孫のいるおばあちゃんなのよと言いながら楽しそうに笑うローズを見て、エリーゼは気が合いそうだと思い、お願いする事にした。
ローズは腕前も見て欲しいと言うと、ソファーから立ち上がり、エリーゼを鏡の前に座らせると髪を結い始めた。
ローズは娘が欲しかったのよと言いながらあっという間に綺麗に髪を結い上げてくれた。
夕食は、トータスに相談して豪華にしてもらい、ロイとマイケルも参加して、皆でミリの妊娠をお祝いした。
「おめでとうございます。良かったわねミリ、絶対に無理してはだめよ。掃除でも洗濯でも何でも私が引き受けますからね」
と言いながら張り切っているエリーゼは既にミリから借りたエプロンを着けてリーシャと一緒に料理を運んでいる。
使用人達は、テキパキと働くエリーゼを見つめるフレドリックを見て、ほんとうに良かったと思っていた。
エリーゼはリーシャと一緒に掃除や洗濯をこなすだけでなく、悪阻が酷いミリのために毎日様子を見に行き、料理を考えてトータスと一緒に作るようになった。
気難しいと言われていたトータスも、娘のように思っているミリのために尽くしてくれるエリーゼを見て、リーシャと一緒にもう1人娘が増えたようだと喜んだ。
慣れてくると洗濯はエリーゼが1人でするようになった。
城の裏口にも騎士が配置されていて、裏口から出た所には井戸もあり、誰でも洗濯物を干せるように物干しがたくさん作られていた。
城の中では領主や使用人が使う居住区と騎士団の寮は別になっているが、洗濯物を干す場所は一緒だ。
エリーゼは洗濯物を干しながら、その場にいる騎士達ともすぐに仲良くなり、色々な話をするようになった。
騎士団に入るには、実力も必要だが、実力があっても騎士団長による面談に合格しなければ入団する事はできない。
『魔獣』と戦う事になる騎士達の中に、暴れる事が好きなだけの『魔獣』のような人間がいては困ると言って、初代クリシアム辺境伯が始めた事だ。
そして初代の辺境伯は字の読めない騎士達に最低限の読み書き計算ができるように勉強も教えた。
それは今も引き継がれていて、今では騎士団に入ると、クリシアム辺境伯領の簡単な歴史まで学ぶ事になっていた。
「洗濯物を干していると、奥様と話をする事ができる。見た事もないほど美しくて優しい奥様だ」
騎士達の間に噂が広がるのは早く、今まで洗濯などあまりしなかった騎士まで洗濯しては干しに来るようになった。
最初にクリシアム領が造られた時、町は城の敷地の中にあったが領民が増え、町は城の外に移された。
そのためかつては町だった城の敷地のほとんどが今では広々とした草原や丘や森になっていて、自然に出来た沼や湖や短いが小さな川もある。
敷地には馬小屋や騎士の訓練場も作られているが、有り余る土地は自由に使って良い事になっていた。
トータスは卵が欲しくて鳥小屋を作ったり、ミルクが欲しくて小屋を造り牛も羊も飼っている。
騎士達も趣味を満喫するため、自分だけの小屋を造った者が何人もいるそうだ。
クリシアム領地には圧倒的に農地が足りなくて食料のほとんどを近隣の領地から購入している。
もし近隣の領地が不作になった時に、領民達はどうなるんだろう。
(この敷地に畑を作ろう)
そう考えたエリーゼは両親や弟と交わす手紙の中にも、領地の中に畑を作りたいと思っている事を書いた。
騎士達と話をする内に、騎士の中に自分で畑を作った者がいると聞いたエリーゼは、その騎士を紹介してもらう事にした。
その騎士はジャックという名で、沼の近くに自分で作業小屋を作り、小屋の横に作った畑で大好物の豆を育てていた。
「この豆は茹でて食べるとすごく美味しいんですが、ここではなかなか手に入らないんです」
と言いながら見せてくれた豆は、エリーゼが前世でビールを飲みながら食べていた枝豆だった。
エリーゼはジャックに畑の作り方を教えて欲しいと頼んだ。
ジャックは領主の奥様には無理だろうと思ったが、断る理由もない。
クワの使い方から畑の作り方まで、丁寧に教えてくれて、道具も貸してくれた。
エリーゼはジャックに教えられた通り、少しづつだが土を掘りジャックの畑のすぐ近くに畑を作る事にした。
クワを握る手に豆が出来て破れても、エリーゼは手に布を巻いて雨が降らない日は毎日畑作りを続けた。
そしてエリーゼは『魔獣』について調べ始めた。
どんな獣が『魔獣』になるのか、領地のどの辺に何頭くらい出るのか。
天候により違いがあるのか、好みの匂いや食べ物がありそうなのか、増えた時、減った時の条件に差は無いか等細かい事まで聞いて回ると手帳に書いていった。
そして、騎士達に聞きながら領地の地図を作り始めた。
この城に来てからすぐにフレドリックと家族になる事は諦めなければならなかったが、クリシアム辺境伯夫人としてやれる事は沢山あった。
エリーゼはフレドリックの事を考える暇がないくらい忙しい生活を送るようになっていた。
お昼休みの投稿です。
読んでくださりありがとうございます(*ˊ˘ˋ*)