17
マイケルに呼ばれて執務室に行くと、ロイも来ていて、4人揃ったところでマイケルが話し始めた。
「遅くなったが、奥様の件で報告があって集まってもらったんだ。調べたところ、アルフォンス王子との婚約破棄の事だが、ミルバーン侯爵令嬢には何の落ち度もなかった。全てアルフォンス様が男爵令嬢を好きになり、勝手にやった事だったんだ。奥様が誰かを虐めた事実もなかったよ。それよりも新しく婚約者になったウォード・ビアンカ男爵令嬢の評判が酷く悪いんだ。アルフォンス王子といい、ビアンカといい、この国の先行きが心配になる程だ。アルフォンス様はなぜか奥様の事をとても嫌っていて、顔も見たくないと言って辺境伯領に追い払ったつもりのようだ。これからも何かと面倒な事を言ってくるかも知れないから、王都にいる部下に引き続き探らせてみるよ」
「マイケルがそこまで言うとは……。何にせよ相手は王族だ。充分に気を付けて部下にも無理はさせるなよ」
「心得ているよ」
マイケルは商人をしていたが、普通の商売では飽き足らず、情報を売り買いする仕事で成功し、裏の社会でも一目置かれる程の大商人になった。
大きくなった組織を自分が居なくても動くように統制した結果、やる事がなくなったと感じたマイケルは、面白そうだからと言って全てを部下に任せると、フレドリックの元に来てくれた。
今でも必要な情報を手に入れる事はできるのだが、マイケルでも王都とクリシアム領との距離まで縮める事はできない。
「時間はかかるだろうが、情報があればまた報告するよ。それよりも、フレドリック、貴族の間でも奥様の評判はとても良いそうだ。王宮内では賢姫と呼ばれていたようだし、婚約破棄された時はどうなる事かと心配した貴族も多かったようだが、すぐに受け入れて颯爽と立ち去る姿がとても素敵だったと噂になり、却って評判が上がったそうだ。そんな方がこの領地に嫁に来てくれたなんて良かったじゃないか」
嬉しそうに笑うマイケルの横で グラムが言った。
「実は、ミリはもう友達になったそうです」
「後は奥様が『魔獣』が住むこの領地に馴染めるかどうかといったところか……」
ロイの言葉を聞いたフレドリックは、数年前、王都から来た令嬢達が鎧に着いた『魔獣』の血を見ただけで震え上がり、帰って行った事を思い出した。
「それだけではないぞ、侯爵家の令嬢だった奥様が、使用人がたった5人しかいないこの城でやっていけるかどうかも分からないんだ。まずは奥様の身支度が手伝える者を探してあるから明日連れてくるよ。もし奥様がこの領地に馴染めなくて、出て行きたいと言ったら、心配しなくてもあの美しさだ。もし本気で探せば、面倒を見たがる者がこの城から跳ね橋の向こうまで行列を作るだろうよ」
「マイケル!エリーゼは私の妻だ。誰にも渡すつもりはない」
思わず言ってしまったフレドリックを皆が驚きながらも温かい目で見守る中、グラムが
「そろそろ食事の用意ができた頃です」
と言って、フレドリックを連れ出した。
残されたロイとマイケルは、初めて見せたフレドリックの女性に執着する姿に、これは王命に感謝しなければならないかもしれないぞ、と話しながら帰って行った。
夕食の時間になるとエリーゼの部屋にミリが迎えに来てくれて、一緒に食堂へ行く途中、エリーゼは何となくミリの様子が気になったが、そのまま食堂に行くとフレドリックは既に座って待っていた。
2人で座るには大きな食卓だ。
「せっかくだから皆で食べませんか?」とエリーゼが言うと、フレドリックもそれに賛成し、皆で食べる事になった。
最後にトータスが食卓に着くとフレドリックがエリーゼを紹介してくれた。
「ミルバーン侯爵家から嫁いで来てくれたエリーゼだ。これからはここで一緒に暮らす事になるからよろしく頼む」
「エリーゼと申します。よろしくお願いします」
皆でお喋りしながら食べていると、お腹にそっと手を持って行くミリの様子が気になったエリーゼは聞いてみる事にした。
夕食を終えると、ミリに部屋まで送ってくれるように頼んだエリーゼは、そのままミリを部屋の中に招き入れてソファーに座らせると思いきって聞いてみた。
「ミリ、もし違ってたらごめんなさいね。もしかしてだけどミリは妊娠しているのではないの?」
「な、なぜそう思われるのですか?」
ミリは驚いてエリーゼを見つめた。
「勘よ。私が5歳の時に弟が生まれたのだけど、お母様の妊娠に最初に気付いたのは私なの。ちょっとした仕草や歩き方で何となく分かるのよ」
ミリはなぜか辛そうな顔をしながら、まだ医者に診てもらってないから分からないのだと言う。
エリーゼが早く診てもらった方が良いのではないかと言うとミリは悲しそうな表情で話し始めた。
「実は…グラムと結婚してもうすぐ4年になるのですが、こどもが欲しくてもできないのです。2年前にも1度、月のものが来なくなり、喜んでグラムに伝えて医者に診てもらったのですが、ただ遅れていただけで私の早とちりだったんです。グラムは気にしないから大丈夫だと言ってくれたんですが、医者に診てもらった日の夜遅くに1人で食堂の椅子に座っているグラムを見付けて声をかけようとしたんですが、その時見えたグラムの顔が今にも泣きそうな辛い表情だったので、声を掛けることができずにそのまま私は部屋に戻ったんです。
今回も月のものが遅れているんですが、また私の早とちりだったらと思うとグラムに伝えるのが何だか怖くなってしまって……」
「そんな事が……それでも私は医者に診てもらった方が良いと思うわ。どちらにしても早く分かった方が良いでしょう?
ただ、この城でグラムに内緒で医者を呼ぶ事はできないだろうからお腹の調子が悪い事にして医者を呼んでもらうのはどうかしら?
グラムに嘘をつくのはミリには辛い事だろうから、正直に話すのが良いとは思うけれど……。
もしも妊娠していたらそれで良いけれど、月のものが遅れているのも何かの病気かもしれないでしょう?」
エリーゼの話を聞いてミリは言った。
「お腹が痛い事にします」