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 王都からクリシアム辺境伯領までの長い旅は侯爵が万全の準備をしてくれていたお陰で想像よりも遥かに快適で順調に進んだ。


 長旅用に特注された最高級の馬車は身体にも優しくてほとんど揺れる事もなかった上に、行く先々の町には予め連絡が届いており、馬車の到着に合わせて部屋の準備や馬の交換だけでなく、必要な物や食料の補給等も準備されていた。


 クリシアム辺境伯領に入るとミルバーン侯爵家の紋章の付いた馬車を見付けたクリシアムの騎士達が馬で駆けて来て皆に挨拶をし、護衛に加わってくれた。


 城下町まで続く街道の途中には『魔獣』に遭遇した時に馬車に乗ったまま避難できるように土壁で囲まれた避難所が作られている。

 エリーゼ達も移動しながら夜になると避難所に入り野宿した。

 避難所には小屋があり、野宿に必要な道具や大量の薪が収納されていて、数日ならば避難所の中で過ごせるよう準備されていた。

 『魔獣』といえども火を恐れる獣には違いない。

 夜間は特に火を燃やし続ける必要があり、

エリーゼ達とクリシアムの騎士達は焚き火の周りで共に食事をしながら、辺境伯領の事や王都の事を教え合っているうちに仲良くなっていった。


 クリシアム領を走る馬車の窓から見える景色は、高い山も緑の草原もあり、エリーゼはこどもの頃に行ったきりのミルバーン領地の事を懐かしく思い出していた。


 遠くにどこまでも続く城壁が見え始め、近くまでくると


「城下町の門に着きました」


 騎士の声と同時にガラガラと落とし格子を上げる音がしてエリーゼ達の馬車は町の中へと入って行った。

 城下町は、家や商店が建ち並び、人も多く活気に溢れていてエリーゼは何だか嬉しくなってきた。

 しばらく行くと騎士が窓に近付いて来て教えてくれた。


「跳ね橋を渡れば城門の中に入ります。もうしばらくご辛抱ください」


 跳ね橋を渡りしばらく行くと馬車がクリシアム城のエントランスに停った。

 馬車の扉が開いてエリーゼが降りようとすると、驚く程美しい男性がエリーゼをエスコートしようと手を伸ばして来た。


「お手をどうぞ」


「ありがとうございます」


 馬車から降りたエリーゼは、エントランスに並ぶ人達に美しいカーテシーをしながら輝くような笑顔で言った。


「初めまして、ミルバーン侯爵の長女エリーゼと申します。この度はクリシアム辺境伯様の元に嫁いで参りました。どうかエリーゼとお呼びください」


「フレドリック・クリシアムだ。こちらこそ名前で呼んで構わない」


 フレドリックは背が高くがっしりとした身体つきをしていたが、艶のある黒髪を後ろで1つに結び、緑色の綺麗な瞳をしたとても美しい中性的な顔立ちをしていた。


 フレドリックの横にはマイケルとグラムが立ち、右手を胸に当てて頭を下げて言った。


「「お待ちしておりました奥様」」


 奥さまと呼ばれ、何とも言えない気持ちになったエリーゼは、頬を染めてマイケルとグラムに挨拶を返すとフレドリックの方を見た。

 すると、フレドリックはエリーゼの視線からサッと目を逸らした。


「グラム案内を頼む」


 エリーゼと関わる事を避けるようにフレドリックが踵を返しながらそう言うと、すぐに執事が前に進み出て言った。


「この城の執事で、グラムと申します。お部屋にご案内致します」


 グラムの案内で部屋に行くと、ミルバーン侯爵家から共にここまで来てくれた侍女や護衛達が、クリシアムの騎士にも手伝ってもらいながらエリーゼの荷物を運び終えたところだった。


「お嬢様、荷物を運び終えましたので私達は町で休んでから王都に戻ります。お嬢様がいつも私達護衛の事まで気遣ってくださっていた事は決して忘れません。何かあれば必ず駆けつけます」


 護衛がそう言うと侍女が涙を流しながら言った。


「お嬢様、ほんとうに残らなくて大丈夫ですか?」


「大丈夫よ。それより、お母様を頼むわね。皆もここまで送ってくれてありがとう。それぞれ家族が待っているのでしょうが、焦らずに、帰りも気を付けてくださいね」


「承知しました。クリシアム領から出るまでは、頼もしいここの騎士達が送ってくれるので私達は大丈夫です。お嬢様も身体に気を付けてくださいね」

 

 侍女と護衛が帰ってしまうと少し寂しくなったエリーゼは、1人掛けのソファーに腰掛けたまま、エリーゼから逃げるように行ってしまったフレドリックの事を思った。


(フレドリック様は、私の顔も見たくはないという感じだったわね)


 エリーゼが落ち込んでいると扉を叩く音がした。

「どうぞ」と声をかけると、部屋に入って来たミリが頭を下げて言った。


「御挨拶に参りました。私はこの城で執事をしているグラムの妻でミリと申します。

実はこの城の使用人はグラムと私そして料理人のトータスと妻のリーシャの4人だけなんです。奥様には何かと不便をお掛けしますが出来るだけ頑張りますのでよろしくお願いします」


 エリーゼは驚いた。


「たった4人で、この大きな城の事をやっているだなんて、凄いわ」


「そんなに凄い事はないんです。この城の中は、ほとんど騎士団の寮になっていて、領主様や私達の居住区はそんなに広くないんです。

でも騎士団の寮とは出入口も食堂も全部、私達の住む居住区とは別になっているので安心してください」


「それでも4人だなんて、この城の使用人の皆さんが優秀だからできる事だ思うわ。

ところで、あの……、来てすぐにこんな事を言うなんて図々しいと思われるかも知れないのだけれど、私と……お友達になってもらいたいの…やっぱり駄目かしら?…」


 上目遣いでミリを見ながら恥ずかしそうに言うエリーゼのようすがとても可愛くて、グラムから奥様に気を付けるようにと言われていた事をすっかり忘れてしまったミリは、笑顔で言った。


「奥様、私こそ奥様のお友達だなんてとても嬉しいです。こちらこそ仲良くしてください」


「ありがとう。お友達になった事をお祝いして一緒にお茶を飲みましょうよ。 教えて欲しい事がたくさんあるの」


(奥様、可愛すぎる!)


 ミリはエリーゼに挨拶をして、お茶を入れたらすぐに下がるつもりでこの部屋に来たのに、いつの間にか友達になっていた。


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