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ある日、フレドリックとロイが騎士達と一緒に『魔獣』の討伐から戻り、お茶を飲んでいた時、城下町にある城門を守る騎士が慌ててフレドリックの所に来て言った。
「国王からの使者を名乗る馬車が護衛と共に城門に来て、中に入れろと要求しています」
それを聞いてマイケルが、騎士と一緒に城門に行くと、使者を名乗る男が乗っている馬車には確かに王国の紋章が描かれており、周りにいる馬に乗った騎士達の鎧には王宮騎士団の印が彫られていた。
マイケルは念の為馭者にも声を掛けて確認すると、すぐに全員を城に案内した。
マイケルから確かに王家からの使者に間違いないという知らせを受けたフレドリックは、正装に着替えて使者の待つ広間へと向かった。
広間入ると待っていた使者はすぐに書簡を取り出した。
フレドリックもそれに応じて、使者の前に行くと片膝を折り、右手を胸に当て頭を下げた。
すると使者はよく通る声で書簡を読みあげた。
「ジェラルド・オランド国王の名において、ここに、フレドリック・クリシアム辺境伯と、エリーゼ・ミルバーン侯爵令嬢との婚姻を命ずる。尚、婚姻の届け出は既に済ませており、生涯離婚も認められない」
読み終わった使者は、書簡をフレドリックに手渡すと
「おめでとうございます」
と言って、王宮騎士達と共に去って行った。
王の使者達が帰った後、執務室の大きな机の上に書簡を広げたフレドリックが、眉間に皺を寄せながらマイケルに聞いた。
「マイケル、エリーゼ・ミルバーン侯爵令嬢と言えば、身分の低い令嬢を虐めてアルフォンス王子から婚約を破棄されたという噂の令嬢か?」
「間違いないだろう。ミルバーン侯爵家には娘は1人しかいないはずだからな。だが、婚約破棄はアルフォンス王子が勝手にした事で、侯爵家の令嬢は、優秀で思いやりがある方だと私は聞いているのだが……これは調べるしかないか」
「それにしても、何で急に私と令嬢が婚姻させられなければならなかったんだろう」
困惑するフレドリックにマイケルが答えた。
「これは私の憶測だが、王妃が急死された事により、王位継承権を持っているフレドリックを担ぎあげようとする貴族がいるんじゃないだろうか。アルフォンス様は評判が悪いし、エリーゼ様も婚約破棄されて評判は最悪だろう。
評判の悪い令嬢をフレドリックに押付けて、担ぎあげようとする貴族が婚約破棄騒動のほとぼりが冷めるまで待つ事を期待しているんじゃあないかと思うんだ。
その間にアルフォンス様を王太子にしてしまえば良いとでも考えたのだろう」
「そんな事で…そんなつまらない事で勝手な事を……」
ため息を吐くフレドリックの横で、グラムもため息を吐いて言った。
「同じ事が書かれた書簡がミルバーン侯爵家にも届けられたはずです。王の使者がここに来るまでの時間を考えると、侯爵家が書簡を受け取ってから1ヶ月近く経っている事になりますから、早ければ数日後には令嬢がこの城に来られてもおかしくないと言う事になりますね」
ロイが皆を慰めるように言った。
「心配しなくても、ミルバーン侯爵家と言えば、俺たち平民でも知らない者などいないくらい高貴な家だ。フレドリック様には悪いが、そんな家の令嬢がこのクリシアム領でやって行けるとは思えない。ここに来てもすぐに王都に帰りたいと言い始める可能性の方が高いと思うぞ」
それを聞いてフレドリックも言った。
「そうだね、私もそう思うよ。
すぐに嫌になって出て行こうとするだろう。
離婚は認めないとは書いてあるが、一緒に住めとは書いてないからな」
「そうですね。何にせよ、奥様になられる方が来るのです。私はこの城の執事として、領主夫妻の部屋の準備を始めます。フレドリック様、フレドリック様も部屋を移る準備をお願いしますね」
「グラム、私が部屋を移るのは構わないが、令嬢に辺境伯夫人の部屋を使わせるのは少し様子を見てからにさせてくれないか。ミルバーン侯爵令嬢が来たら、まずは客室に案内してくれ。領主夫妻の部屋は準備にも時間がかかるだろう?」
「そうですね。では、しばらくは客室で過ごして頂いてから、準備が整いましたら夫人の部屋に移ってもらうことにしましょう。どちらにしろ準備はありますし、私はこれで失礼します」
「では、私はミルバーン侯爵家の事を調べてみるよ」
マイケルもそう言うと、グラムの後に付いて部屋を出て行った。