外伝・記憶(六)
キャロライン、何故こんな所で会ってしまったのだろう。
それに彼女の過去、初めて知った。養子だという事は聞いていたが、両親が殺されていたなんて・・・。 しかも、実の姉にまで利用され命まで狙われている。彼女の力になる事が出来るだろうか。しかし、今ここで自分が出て行ってしまえば、彼女自身、与えられた試練を乗り切る事が出来なくなるかもしれない。
それに彼女とは、既に終わった事だった。
ホテルを出て通りを歩きながら考えていたが、ぐるぐると同じ事を繰り返すだけだった。
とあるカフェバーのドアを開ける。
「どうしたの、こんな所に呼び出して」
紀伊也は腰掛けると、目の前でホットレモネードを飲む司を見ると、店員に同じものを注文した。
司はカップを置くと椅子の背にもたれ、天井に向かって息を吐いた。
「どうすんの、お前。 彼女んとこ行くの?」
顔を下ろすと、上着の内ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
司は上目遣いに紀伊也を見つめ、目で問いかけていた。
『ここから先は指令はない。私情で彼女の為に動くのか』と。
紀伊也は黙って司を見つめた。
自分でもどうしていいのか分からないのだ。
指令の中に私情が入るのは、今までにはあり得ないことだ。司を見ていて、もしかしたらこれは自分に対する試練なのではないかと思えてならない。
「いいんだぜ、行っても。オレには関係のない事だ。ただ・・・」
そこで言葉を切った。
紀伊也のレモネードが運ばれて来る。
司は一服吸うと、天井に向かって煙を吐いた。
「ただ、今、行かれちゃうと困っちゃうんだよねぇ」
茶目っ気たっぷりに自分を見つめる司に思わず困惑した。
「え?」
「今、お前が彼女んとこ行くと、恐らく今年いっぱいは、ここに残るんだろう? もしかしたらもっとかかるかもしれないな。そうするとだな、来週と年末のライブはどうすんの? それに、ハイエナとして能力を使っていただくのは大いに結構な事だ。あいつらも喜ぶだろうからな。 が、オレとしては、一条紀伊也としての能力を大いに発揮してもらいたいんだよね」
そこまで言うとタバコを灰皿に押し付け、レモネードを飲んだ。
司の言っている事は矛盾だらけだ。
紀伊也の元恋人であるキャロラインの過去を教えて協力するよう、指示を出したかと思えば、今度は協力すれば表向きの仕事に支障が出ると言う。
「じゃあ、何で俺に彼女の所へ行かせたんだ!?」
思わずテーブルに拳を叩きつけると司を睨んだ。
「オレが行っても良かったんだけど、どうもあのホテルは苦手でさ、それに」
首を竦めて言うが、とたんに冷酷な目付きになると、
「指令は、彼に彼女の事を伝えろ、と出した筈だ」
と付け加えた。
それに対し、息を呑んで見つめる。確かにそうだった。
「まぁ、安心したよ」
椅子の背にもたれてホッと一息つくかのように紀伊也を見る。
「本当に、忠実で言いなりだけかと思ってたけど、お前も人となりだって事にさ。お前が変わったって事は、あながち間違いでもなさそうだ。それに、お前なら彼女を傷つけずに伝えられるだろうってさ」
「司・・・」
そこまで言われてしまっては、返す言葉もない。
「紀伊也、オレさ、お前には行って欲しくないんだ。自分の意志で、進んでハイエナなんかするな。出来ればこのままずっと一条紀伊也でいて欲しい。 ダメかな?」
思いがけない言葉に、絶句して司を見つめた。
何か今までにない得難い物を手に入れたようだ。
紀伊也が今まで求めていた言葉かもしれない。突然胸の中が熱くなって行くのを感じたが同時に戸惑いも隠せず、目の前のレモネードを一気に飲み干した。
「クリスマスか・・・」
司は呟くと窓の外に目をやった。つられて紀伊也も窓の外を眺めた。
既に日も暮れ、街灯が道行く人々を照らし、色彩々のイルミネーションが街路樹を着飾っている。
紀伊也は彼女と過ごした日の事を、司は亮と別れたあの日の事を思い出し、見つめていた。
しかしそれも過ぎ去った日の事だ。
今は・・・。
「あいつ等も来てるだろ、行くか」
司が紀伊也に目配せすると、そうだなと、微笑を携えて頷いた。
******
司と紀伊也が姿を消した事で、透は皆から責められ、チャーリーは頭を抱え込み、カメラマンは半分呆れながらも憤っている。スタッフも全員困り果て、途方に暮れていた。
「まぁ、いいんじゃねぇの。大方予想はしていた事だ。せっかく来たんだから俺達だけでも撮ろうぜ。どうせ次はないんだから」
皆の心配をよそに晃一が言う。
「それに、もしかしたらあの二人の事だから、もう先に行ってんじゃないの?」
ナオが秀也の顔を見ながら付け加えると、
「多分ね」
秀也も笑いながら応えた。
「さ、行こ行こ」
晃一が皆をせかすと、戸惑いを隠し切れないスタッフも、仕方なくメンバーについて行った。
メインストリートの巨大なクリスマスツリーの下では、記念撮影をする家族やカップルでいっぱいだった。
皆、楽しそうだ。
が、そのツリーの下で、どう考えても、この雰囲気に溶け込めていない二人の男が、ふて腐れて腰掛けている。
三人がぞろぞろとスタッフを従えてその二人に近づく。
「おっせぇよ、凍えちまうだろ」
背を丸めてポケットに手を入れながら顔を上げる。
その顔を目にしたとたん、後ろにいたスタッフが驚きの声を上げ、二人を取り囲んだ。
「何処に居たの!? 心配したんだからぁっっ」
チャーリーが泣きそうな声を出すが、怒り半分以上だ。
「そうですよっ、こんな異国の街で何かあったらどうする気だったんですか!?」
すかさず宮内が追い討ちをかける。
「異国って言ったってねぇ・・・、 住んでたんだから」
司は紀伊也と目を合わせると苦笑いした。紀伊也も同じく苦笑している。
「チャーリー、悪いけどオレと紀伊也、明日帰る事にしたから」
「えっっ!?」
予定では3日間滞在する事になっている。その間に雑誌の取材が1件入っていた。
「お前、ホントにニューヨーク嫌いなのな。何で?」
晃一が呆れたように訊く。
ふっと、暗い影を見せたが、
「寒いから」
それだけ言って立ち上がる。「何だよ、それだけぇ?」晃一はぶつくさ言っているが、無視するとスタッフを見渡した。
「ね、こんな企画はどう? 今から着替えたり、メイクしたりすんの時間ないからさ、このままスナップ写真撮って、それでポストカード作って、来週のライブに来てくれた子に、クリスマスカードとして渡すっていうの」
「おっ、いいね、それっ。俺、ノッた」
晃一が片手を上げると、他のメンバーも「いいね、それ。やろうよ」と賛成する。 が、チャーリー始めスタッフは息を呑んだ。
「いいけど・・・」
チャーリーが青褪めながら他の者を見渡す。
「時間がない、よ、ね」
宮内もチャーリーに同情すると、他のスタッフも大きく頷いた。
「それくらい何とかなるっしょ。君ら、とーっても優秀なスタッフなんだからっ」
司のあっけらかんとした言い方に、渋々承知せざるを得ない。しかも、例えそれをやったところで、資金と労力を掛けただけで、利益は何一つないのだ。
「やろやろ、決まりね。早く準備かかってよ」
司とメンバーは既に、大はしゃぎだ。
どの角度で撮るか、ツリーを見上げながら練っている。
「じゃ、そこで行きましょうか」
カメラマンの柏崎が、はしゃぐ5人に向かった。
やれやれと、スタッフは顔を見合わせて状況を見守るが、余りにも楽しそうな5人に今回もお手上げだ。
帰国後のハードなスケジュールを今は考えるのをやめにして、最後には全員でも写真を撮った。
最後まで読んで下さりありがとうございます。かなりの長編なので、続きは「タランチュラ2~DEAD or ALIVE~」にて掲載します。