表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/99

外伝・記憶(三の2)

 

 そして、3月。

春休みに入ると同時に、その週末に高校生と大学生を中心とした卒業ライブが、都内のとあるライブハウスで開催された。


 あいつら・・・、自分を燃焼させてやがんな

 きっと、何も考えちゃいねぇだろう・・・

 この音と気の渦に完全に飲み込まれて騒いで、何もかも忘れてんだろうな

 この余韻が醒めた時の虚しさなんて、きっと考えてる余裕なんてねぇんだろう


ライトに反射して、薄茶がかった長めの前髪から覗く琥珀色の瞳が、ステージとその前で飛び跳ねている彼等を見つめていた。

「へぇ、綺麗な色してんだな。何処で染めたの?」

突然、頭上から降って来る声に、ドキッとして見上げると、日に焼けた褐色の肌に、黒い髪に所々茶色のブリーチを効かせ、少しつり上がった切れ長の目から覗く黒い瞳が、司の髪をうらやましげに見ている。 そして、隣の椅子の背に肘を置きながら、司に向いて腰掛けた。

「おっまえ、目も綺麗な色してんだなぁ。光の加減で色が変わるんだなぁ」

感心したように顔を覗きこまれ、角度を変えて目を見つめられる。

「何処で染めたの?」

その男はもう一度訊く。

司はぷいっと顔を背けた。

「連れねぇなぁ」

「天然」

二人の声が同時に重なった。

 え? 一瞬、男は止まった。 まさか、応えが返って来るとは思わなかったのだろう。マジマジと司の顔を見つめた。

「染めてねぇよ。生まれつき」

無愛想に前を向いたまま言うと、男は苦笑に近い笑みを浮かべた。

「なぁ、お前ってハーフなの?」

「・・・・」

「あ、分かった! 先祖がハーフなんだろ」

人差し指を司に向けて納得したように言うと、うんうん頷いた。

思わず、呆れた視線を男に投げ掛けた。

「そう言うお前の先祖は類人猿か何か?」

そのとたん、ガクッと男の肘が椅子から落ちた。

「俺に限らず、お前の祖先だって類人猿だろが・・・」

一瞬、あ然と男の顔を見たが、直後、プッと吹き出してしまった。

「それもそうだ」

つい、可笑おかしくなって笑い出してしまった。


 随分、人懐こい笑い方をする・・・。


男はそう思い、つられて笑った。

「なぁ、今日のライブどうよ? 俺サ、もうちっと期待したんだけどなぁ。何だかイマイチなんだよな」

ステージを顎で指しながら、がっかりしたように言う。

「え?」

司はそんな男の横顔をじっと見た。

「亮さんと祐一郎さんがプロデュースするって言うから来てみたんだけど、卒業ライブだからって言ってもあれじゃぁな、ただの学園祭みたいだぜ。 さっさと卒業しちゃってくださーいって感じだな、ありゃ。で、お前はどう思う?」

いきなり投げかけられて返事につまった。

「あ、いや、別に・・・」

「だろ? 何か、もっとマシなバンドねぇんかいな」

溜息をつくと、ねぇと同意を求めるように司に視線を送る。

「あんたはやってないの?」

それ以上の返答に困って、司は覗き込むように訊いてみる。

「俺? やってるよ。今日はやんないけど」

「へぇ、何やってるの?」

「何って? 何?」

「え、っと、楽器・・」

興味深気に訊く琥珀色の瞳に見つめられ、男は思わず得意気な気分になった。

「ドラム。俺さ、こう言っちゃなんだけど、あんまり頭良くねぇからさ、音符って読めないのよ。コードとかもよく分かんねぇし。で、太鼓ならって思ってやったんだけど、これがまた気持ちいい訳よ。性に合ってんだな」

楽しそうに話す顔がうらやましい。

「俺達ストーンズのコピーやってんだけど、いまいちノリが悪くてな。今のメンバーってつまんねぇのよ。遊んでる分にはいいヤツらなんだけど、バンドとなるとね・・・」

「友達、なんだろ?」

「・・・、まぁね。同じ学校だからね」

そう言うと、ふうっと一息吐いて天井を見上げた。そして、横目で司を見ると苦笑してしまった。余りにもストレートに「友達なんだろ」と訊かれ、つい、どう返事をしていいか戸惑った挙句、出て来た答えだった。 それに、初対面の名前も知らないヤツに、ここまで自分の不満を言ってしまった事にも驚いていたのだ。

「なぁ、何か飲む? 取って来てやるよ」

その場に少し居づらくなって立ち上がった。

「あ、じゃ、コーラ」

O.K。 言いながらバーカウンターへ行く。

ドリンクを注文しながら振り返り、ステージを見つめている司の後姿を見ていた。


 何か、不思議なヤツだな。人を拒絶してんのか、きつけてんのか分かんねぇ・・・。

 けど、何でだろうな・・・、俺は・・・。


持って来たグラスをテーブルに置くと、再び隣に座った。

「Thank you」

 え? その発音に驚いた。 映画の中に使われている発音と同じなのだ。

自然と優雅に聴こえた。

「ね、今のわざと?」

 は? コーラを飲みながら首を傾げる。

「そのサンキューっていうの」

司には何の事だかさっぱり解らないという顔をした。

「だから、その発音。かぶれてんの?」

「何言ってんのか、全然わかんない。変なヤツ」

ぷいっとそっぽを向かれ、苦笑するしかない。

「なぁ、お前って、何かおもしれぇな」

司の肩に手を置いた瞬間ハッと驚くと、肩口から手首までを掴んでいく。

 何!? 司は思わず息を呑んで、男を食い入るように見た。

「ほっせぇなぁ、ちょっとお前大丈夫? もしかして病気持ちなの?」

「何なんだよいきなりっ、気持ち悪いなぁ」

「え、いやごめん。 そういう趣味はねぇんだけどさ、お前、華奢きゃしゃと言えば聴こえはいいけど、せ過ぎなんじゃねぇの? あんまり病弱だと、女にモテねぇぞ」

「あのなぁ・・・」

言ったきり、司は開いた口がふさがらない。

その内男は、屈んで司の脚も掴み出した。 そして、ズボンの裾を少しめくると足首をガッと掴んだ。

 !?

「何、すんだよっ。すけべ野郎っ」

脚で払い退けると、膝キックを喰らわす。

「イテっ、ごめんごめん。けど、何だよこの細さ。そりゃ、ロッカーってのは少し痩せてる方が格好いいって言うけどよ、こりゃないぜ」

顔を押さえながら起き上がると、呆れたように司を見る。

「 ったく、何なのお前っ? 初対面の相手には、身体測定でもするって、そういう変な趣味でもあんのかよっ!?」

明らかに不機嫌になると、立ち上がろうとする。

それを男は、まぁまぁとなだめるように座らせた。

 ったく・・・、司はふくれると、そっぽを向いて脚を組んで座り直した。


「もしかしてお前さ、ピチピチのパンツとか穿いたら意外とかっこいいかもな」

「は?・・・・ミックみたいに?」

「ミックジャガーはかっこ良すぎだよ。ばぁか、お前ならあれだな、ルパン三世ってとこかな」

モノマネをしながら言ってみる。この「ルパン三世」というモノマネは友人からウケがいいのだ。

 が、反応が全くない。

「あれ? ダメだった? 似てなかった?・・結構、イケると思ったんだけど」

「何が?」

「ルパン三世」

「ルパン三世?」

怪訝けげんな顔をする司に男も怪訝になった。

「知らねぇの? あのモンキーパンチ大先生の人気マンガ」

「モンキーパンチ? 作者はモーリス・ルブランだろ」

「は?」

二人は、共に狐に包まれたような会話に怪訝になった。

 と、その時、キャーっという悲鳴と、男のみ合う声が聞こえたかと思うと、司は背後から突き飛ばされ、二人は椅子ごと床に抱き合う格好で倒れてしまった。

どうやら喧嘩が始まったらしい。 二人はその巻き添えを食らったのだ。


 ってェー・・・。


男も背中に衝撃を受け、顔をしかめる。覆いかぶさっている司を起き上がらせようと両手を胸に当てた瞬間、思わず、ぎゅっと握ってしまった。

 え・・・?

そのまま動く事が出来ず、呆然と司の顔を見つめた。

 この柔らかい感触・・・、そう言えばさっき、微かにフローラルの香りがした。

「ちょっと、その手、離してくれる?」

冷ややかに見下ろされ、ハッと手を引っ込めると、司は無言で起き上がった。

そして、男の腕を掴むとぐいっと起き上がらせた。

その力はまるで、自分と同じ男に引っ張られているかのようだ。いや、それ以上かもしれない。

男は更に呆然と司を見つめ、その動きを目で追った。

 司はチッと舌打ちすると、誰も止めようとしない殴り合っている二人に向くと、

「おいっ」

と、声を掛けた。

何かとても威圧的な声に、回りにいた者が一斉に注目する。が、揉み合っている二人には聞こえていないのか、それとも無視しているのか耳を貸さない。

いきなり司は、上にまたがっていた男の襟をぐいっと掴んで体を引き離し、逆平手で頬を殴り飛ばした。そして、もう一人の男の顎を蹴り飛ばす。

「迷惑なんだよ。やるなら外でやってくれ」

そう一喝すると冷たい視線を投げ付けた。

周りにいた者はその目を見て一瞬ゾッとしたが、次に何が起こるか興味を抱いたように見つめる。

案の定、先に殴り飛ばされた男が反撃に出る。が、掴みかかろうとした瞬間、司がくるりと反転し、振り向き様に回し蹴りを喰らわせると、その脚が男の首根っこに入り、そのままドッと倒れると動かなくなった。

 一瞬の出来事に皆、呆気に取られる。

司はその男の顎を足でそっと持ち上げ、気を失っている事を確認すると、チッと舌打ちした。

「司っ!!」

声と同時に司は振り向くと、もう一人の男の手からナイフを弾き飛ばし、左手の側面で後頭部を一撃した。そのまま男はうっと呻いてその場に倒れると、動かなくなってしまった。

宙を舞っていたナイフが、倒れた男の顔の横に落ちた。

「大丈夫か?」

息を呑んで囲んでいる観客を押し退け、亮が側に寄って来た。

「ああ、何でもない」

平然と言ってのける司に亮は苦笑したが、倒れた二人の男を見て更に呆れた。

 一撃か・・・。さすが、と言うべきか、情けないと言うべきか・・・。

しかし、怪我人が出なかっただけでも幸いだ。警察沙汰になるような事になれば面倒だ。今日の責任者は自分だったからだ。

「もうすぐ終わるから、もうちょっと待ってて」

そう司に告げると、周りの客を下がらせ、ステージ脇へと入って行く。

 既にライブは終了していた。

ステージのライトが消されると、フロアにいた客は徐々に数が少なくなっていく。

つい今し方まで、熱気と狂喜に沸いていた空気も、氷を入れたように静かに醒めていく。

 そして最後のライトが消されると、暗闇に包まれた。


 深夜1時頃、部屋のシャワールームから出て来た亮は、冷蔵庫からビールを取り出して一口飲むと、「ん?」と、ソファに座ってじっとこちらを見ている司の質問に一瞬戸惑ってしまった。

「モンキーパンチ? ・・・、がどうかしたの?」

「やっぱ、いい。何でもない」

恐らく亮にとってはくだらない質問だったのだろう。それに自分にとっても、どうでもいい質問だっただけに、気まずくなってしまいその場をやり過ごそうとした。

「ルパン三世が見たいの? 珍しい」

向かい側のソファに腰を下ろすと、ビールをテーブルに置き、タオルで髪を拭く。

「いや、アイツがね、モノマネしたんだけど、オレ分かんなくて・・・」

自分の足をバタつかせながらそれを見て言うと、上目遣いに亮に視線を送る。

「あいつ?」

髪を拭いていた手を止めて司を見る。

「晃一って、言ってたかな・・・。今日、ライブに来てた」

ふと亮から視線を逸らし、部屋の中央に置かれた白いピアノに目をやる。

「晃一? ストーンズの?」

「ストーンズ? 知らない。ドラムやってるって、言ってたけど」

「ああ、今日、お前の隣にいたヤツでしょ。あいつはいいヤツなんだけどねぇ。お調子モンだから、お前、大丈夫だったの?」

思い出したように笑って司を見るとビールを飲んだ。

他人と話をしていて司が笑っていたのだ。しかも何の屈託のない笑顔だった。

「気になる?」

考え込むように黙って俯いている司の顔を覗き込むように言うと、ソファの背に腕を回し、横目でチラッと司を見た。

「え?・・、いや・・・」

亮の勘ぐるような視線と一瞬目が合ったが、見透かされそうになって、すぐに逸らした。

初めて警戒しなかった。 何故あの時、自然に返事をしていたのだろうか。別れ際に、名前まで教えてしまった。

『俺、晃一。 今度どっかで見かけたら声掛けてよ。お宅は?』

『・・・、司』

『じゃ、司、バイバイ』

『司』と呼び捨てにされ、違和感はなかった。そして、またどこか近い内に会うだろう、そんな予感さえした。

「来週、あるよ」

ビールを飲むと亮はテーブルからタバコを取って火をつける。

「え?」

「晃一のライブ。またプロデュースする事になってるから」

上に向かって煙を吐く。

「司、いつ帰るんだっけ?」

「来週の日曜」

「じゃ、大丈夫だ。ライブは金曜の夜だから。お前も来な」

「あ・・、うん」

思わず返事をしてしまった。が、何となく興味を惹かれていた。

 『お調子モン』亮は言っていたが、そういう風には取れなかった。『ここだけの話』と晃一は愚痴めいていたが、真剣に悩みを打ち明けているようにも見えた。

何故、晃一があんな事を言ったかは解らない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ