外伝・記憶(三)
記憶(三)
「バンドかぁ、オレも組んでみたいな。なんかさ、恭介に曲作るだけじゃ癪に障るよ」
ロンドン市内の、とあるレコード店のショーウィンドウの、ローリングストーンズのポスターを前に、亮が司にバンドを組んでみないかと提案した。
自分も今はオックスフォード大学の学生ではあるが、二足のわらじを履いて、日本の音楽業界関連の仕事をしていた。
恭介とは親友で、彼は既にメジャーデビューを果し、今や人気ロックバンドのボーカリストをしている。
司は、生まれ持った音楽の才能を生かし、10歳から遊び半分で作曲をしていたが、それが買われ、以来、恭介から幾度となく作曲の依頼を受けていた。
「司が本当にやる気があるなら、俺がプロデュースするよ」
「本当?!」
目を輝かせて言う司に、亮は微笑ましく思う。
この半年足らずの間に、明らかに司は変わった。
笑顔を見せるようになった。
一時期、あの手術をした後しばらく生きた屍のようだったが、同じイギリス国内に住み、休日に会う度に表情が変化して行った。
「ねぇ、兄ちゃん、でもオレ、仲間集められるような友達なんて一人もいないよ」
突然、うな垂れるようにぼそっと呟いた。
2歳から一人で、海外を転々として過ごした司は、スクールへ通いながらも、どうせ翌年にはこの国にいないのだと思うと、あえて友達も作ろうとせず、独りで過ごして来たのだ。それに、余計な口を開いて素性を明かすなと、父や他の兄達からも言われていた。
「心配するな。そういう仲間は身近な友達よりも自然に集ってくるもんさ。それに友達なら一人はいるだろう?」
肩に手を廻し、司の顔を覗き込む。
「紀伊也の事?」
不安げに亮を見上げる。
紀伊也とは5歳の時に出会って以来、年に数回会う程度だ。
会うと言っても親しげに会話をして遊ぶような事はしない。ただ任務をこなす為に司に同行しているだけだ。
しかし、司にとっては唯一会話の出来る他人だった。
それが、友達と言えるかどうかは定かではない。それより、恭介や雅凡の方が、余程親しく会話をする事が出来る。そちらの方が友達と呼べる気がしたが、二人はあくまで亮の友達だった。
「紀伊也には一応ギターは教えてあるよ。あいつは元々ピアノは出来るからキーボードだって出来るし、司の為だって言ったらよく練習してたよ。ホント、忠実なんだな」
「兄ちゃんっ!!」
感心したように言う亮に、思わず目を剥くと、肩に廻されていた手を払い除けた。
「ごめん、そんなつもりで教えたんじゃないよ。あいつにも違う人生歩ませたいと思っただけだ」
「それは、紀伊也が自分自身で決める事だ!兄ちゃんが紀伊也の人生にまで口を出す事じゃないっ!」
真剣な目で反論する司に亮は驚いたが安心すると
「お前、変わったな」
と、微笑むように言った。
え? 司は困惑した。
「初めてじゃない? 他人の事考えたのって」
そう言われれば、そうかもしれない。
「それ、紀伊也の事、大切だと思ってるからだよ。そうじゃなきゃ、お前がそんな事言う筈がない。R達からすれば、紀伊也はお前の忠実な僕だからな」
「兄ちゃんもそう思ってるんだ・・・・、ハイエナの事・・・」
落胆したように肩を落とす。
司にはタランチュラをやめろと言っているのに、紀伊也に対してはやはり他人なのだろう、どうでもいいと思っているのだろうか。
「バカな事を言うなっ。俺はあいつ等とは違う。お前がやめれば、紀伊也だってあんな事しなくていいんだ。何の為にお前達はつながっているんだ」
吐き捨てるように言う亮の目は、耐え難い憎悪に満ちていた。
「兄ちゃん?」
突然、亮からやり場のない怒りを感じて不安になった。
「ごめん。でも、紀伊也のギターはあいつから教えてくれって、頼まれたんだ」
「え?」
「意外だろ。あいつも高校生になって、周りでやってるヤツがいるんじゃないのかな。お前と似てて社交性ゼロだけど、そういう所で仲間が出来たりするんじゃないかな。紀伊也に先、越されちまうぞ」
亮は悪戯っぽく笑うと、再び司の肩に手を廻して歩き始めた。