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外伝・記憶(ニ)


 明るい灰色の空から粉雪が舞っていた。

父のコートに頭からすっぽり覆われ、しがみ付いて外に出た。

一瞬、振り向いて最上階を見上げた。

『司っっ!!』

亮の血を吐くような叫びが、聴こえたような気がした。

 -もう、ここへは戻る事もないだろう

唇を噛み締めると、決心したかのように車へ乗り込んだ。

 宿泊先のホテルのロビーに入る。

3階までの吹き抜けの天井。きらびやかなシャンデリア・装飾、そして、巨大なクリスマスツリー。それら全てに圧迫感を覚え、再び胸が痛み出した。

「日本へ帰ればそれも楽になる」

そう優しく亮太郎に言われた時、何故か安心した。

父の言葉に安心したのは、生まれて初めてだ。

部屋へ入ると、用意されていた服に着替え、染みのついたパジャマは捨てた。

ソファに腰を下ろすと、温かいカフェオレが運ばれて来る。

震える手でそれを飲んだ直後、不思議な感覚に襲われると、覆われていた緊張がほぐれるようだった。

何故かそれは、心地のいいものだった。

「可哀そうな司。お前は不幸にして女に生まれて来てしまった為に、心臓が弱いのだ。しかしそれも直に良くなる。お前の能力ちからで、それを変えてしまえばいい。全てが思いのままだ。楽になれる。もう、余計な心配はしなくていい」

亮太郎の声がおごそかに響く。まるで、救世主のようだ。

「そう・・・、早く楽になりたいな。そうすれば、生きられるんでしょ?」

無表情な目が微かに冷酷さを帯びている。その瞳は見る者全てを、ゾッとさせるような、冷たく刺すような光を放っていた。


 ******


 光生会病院の地下室の一角。

そこは、どこに入口があるか分からない。

頭と胸、そして右手首から伸びた何本もの管が、各モニターにつながれて眠る司の姿があった。

とても静かに眠っている。

生きているのか死んでいるのかさえ、分からない程だ。

手術から10日後、そろそろ目を醒ます頃だろう。

院長のみやび慎太郎しんたろうは、一人で地下室に入った。

まず、モニターに目をやる。

脳波・心拍・脈共に正常だ。

そして、ベッドに眠る司を見た。


 -この天使のような寝顔が目を開けた瞬間、悪魔よりも恐ろしい者として実在する事になるのか。敵に回したら大変だ。しかし、超能力者という者が実在するのは知っていたが、これ程までの持ち主が間近に存在するなんて私も運がいい。


「大いに活躍してくれたまえ、タランチュラ」

雅はそう呟くと不意に、司の頬に触れたくなった。

まるでフランス人形のように、艶やかに弾力のある肌をしている。

患者にも13歳の少女はいるが、ここまで美しく整った顔立ちは見たことがない。

衝動的にその手が頬に触れた瞬間、モニターの波が激しく波打ったかと思った直後、波が消え、一直線に伸びた。

 院長の戻りが遅いと思った長男のみやびまことは、一人地下室に下り、部屋へ入った瞬間愕然と目を見張った。

ベッドの下に、院長である慎太郎が、目を開けて床にうつ伏せていたのだ。

 既に息はない。

そして、ベッドでは相変わらず静かな寝息を立てて司は眠っている。が、その表情は何故かとても満足そうだった。

モニターに目をやり、更に驚いた。

脳波と心拍を示すモニターは規則正しく波打っているが、もう一つのモニターは一直線に伸びている。

よく見ると右手首のブレスレットから管が外れている。

そして、慎太郎の足元に何かが這っていた。

それを見た真は、自分の目を疑った。

 何故こんな所に!?

それは悪魔のような漆黒のタランチュラだった。

人を呼びに行っている間に、タランチュラは影も形もなく消えてしまった。


 慎太郎の葬儀の日、司は父の傍から一時も離れる事を許されなかった。

焼香の時、長男の真が異常なまでに憎しみのこもった目で司を見ている事に気付いた亮太郎は、司に耳打ちすると不敵な笑みを浮かべた。

「お前の能力ちからを試してみるがいい」

その言葉に従うまでもなく、無表情なまでに冷たい目を見つめさせた。

次の瞬間、真は父を殺された憎しみとは裏腹に、次の院長は自分である、という誇らしげな視線を司に投げ付け、殺されたのではなく、ただ死んだのだ、と記憶された。

そんな真の目を見て亮太郎は少し呆れたが、司に満足そうな笑みを浮かべた。

 ほんの一瞬の出来事に誰も気付く筈がない。が、それを遠くの影から見ていた者がいた。

 それは、ニューヨークで別れた亮だった。

葬儀場から出た時、亮太郎が誰かと挨拶を交わした隙に一瞬だけ側を離れた。

その時、誰かの自分を見つめる視線に気が付いてそちらを見た。

 -兄・・・ちゃん・・・

司は、全身から血の気が引いて行くのが分かった。

 ずっと、傍にいて欲しかった。

しかし、あの選択を迫られ、咄嗟とっさに出した結論に、亮が決して許してくれる筈がないと分かった時、亮から逃げ出したのだ。

 逢いたいと思えば思う程に、亮を拒絶していく。

しかし、亮の目は戻って来いと言っている。

 -今ならまだ間に合うか

一歩踏み出そうとして、亮太郎に呼ばれ振り向いた。

そして再び視線を戻したが、亮の姿は既に何処にもなかった。


 ******


「兄ちゃん、あの時、兄ちゃんの元に行っていれば、やり直せただろうか?」

天井を仰ぎ見ながら呟いた。

 もし、あの時・・・

しかし、既に時は動いている。 もう、今更どうする事も出来ない。

過去のあの時には戻れないのだ。

でも、今の自分は、亮のお陰でこうして此処ここにいる事が出来ている。

それに自分も変わったのだ。

どれだけ回りにうとまれようが、今の自分にはやりたい事がある。

それに守りたいものも。

今は確実に、おのれの意志にのみ従い生きている。

タランチュラとしてRの指令に従うのも、また意志によるものだった。





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