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外伝・記憶(一)

思い出したくない記憶、思い出される記憶、知ってしまった記憶。その記憶の中での、晃一との出会いの章。

外伝 記憶(一)


「えっ、ニューヨーク・・・」

マネージャーのチャーリーから行き先を告げられ、思わず絶句した。

 ここ最近、ライブのツアー・取材・番組出演と、ワンパターンの企画ばかりで、何か面白い企画を考えてみろと、スタッフに投げ掛けたところ、ジュリエットにはあり得ない、X'masのイルミネーションをバックに撮影しようという馬鹿げた企画が持ち上がり、司を除くメンバーとが、まるで遠足気分のように、プランを練ったのである。

 全てを任せた手前、反論する事も出来ず、言われるまま此処ニューヨークへ降り立ってしまった。

 

 12月も半ば、街は巨大なクリスマスツリーと色彩々(とりどり)のイルミネーションが、夜のニューヨークをにぎやかに着飾っていた。街行く人々も、聖なる日とそれに乗じたお祭りを前に胸が騒いでいるようだ。

「やっぱり違うよなぁ」

「何が」

ありきたりの晃一のセリフに、ナオが素っ気無く応えた。

車がホテルに到着し、皆が降りると、丁寧に迎えられた。

「司?」

シートにもたれたまま動こうとしない司を見て、一旦車から降りた秀也だったが、再び車の中へ顔を入れた。

「着いたよ」

「ああ・・・」

小さな溜息を一つ付くと、仕方なく車から出た。

 機内にいる頃から何となく様子がおかしかった。

疲れているのか、機内食にも殆ど手を付けず、酒も殆ど飲んでいなかった。

気になってはいたが、秀也も自分がはやる気持ちを抑える事が出来ない。今までの気分転換にも、今回の企画は楽しみにしていたのだ。それは秀也に限らず、他のメンバーやスタッフにも同じ事が言えた。

 ロビーに入り、愕然とする。

 -このホテル・・・・。

3階までの吹き抜けの天井、豪華なシャンデリア・装飾・巨大なクリスマスツリー、一目で目がくらみそうな光景に圧迫感を覚え、司は思わず息を呑んだ。

「司、大丈夫か? 気分悪い?」

紀伊也が立ち止まっている司の側に寄り、心配そうに顔を覗き込んだ。

空港に降り立った時から、一段と無口になった司に気になっていた。そして、ホテルに入るなり紀伊也自身、只ならぬ気配を感じて幾分緊張していたのだ。

まず、ドアマンとポーターの目付きが気になった。が、むしろその視線は司に注がれているような気がしていた。

「なぁ、司、このホテル・・・」

皆に背を向け、耳元に話しかける。

「R御用達だ。従業員の半数が配下の者だ。それにCIAも、うじゃうじゃいる」

サングラス越しに、少し呆れた視線を投げつけた。

そこへ透が一人のフロアマネージャーを伴って近づいて来る。

 見覚えのある顔だ。

ニッコリ微笑む愛想のいいその顔が嫌いだった。その両頬に出来るえくぼ、微笑んだ直後に見せる一瞬の無表情な眼差し、あの時の彼は28歳だった。

「司さん、この方が部屋へ案内してくれるそうですよ」

透はそう言うと、紀伊也を促し、皆と一緒に各部屋へ連れて行った。

 儀礼的な挨拶をする彼に簡単に応え、後について行く。

その足取りは徐々に重くなっていった。

一番奥の部屋の前で止まり、彼がドアを開けた。

 この部屋・・・・

息を呑んで足を踏み入れる。

一瞬、血の気が引いて行くのが自分でも分かった。

「荷物は後でお持ちいたします。それから申し訳ありませんが、今日・明日の外出は控えるようにとの指示です、タランチュラ」

頭を下げるとそのまま出て行った。

一瞬彼を見たが、その視線はそのまま目の前のソファへ注がれた。

サングラスを取って部屋を見渡す。そして、再びソファへ向けた。


 突然、10年前のあの日の恐怖に襲われた。


暗く底のない穴へ堕ちて行く感覚。自分はもうこれ以上、生きてはいけないのだとさいなまれたしがらみ、Rに迫られた選択。

『男の為に女として生きるか、それとも自分の為に、タランチュラとして生きるか』

生まれた時から能力者として、ある種の洗脳教育を受けてきた司に、意志などなかった。

必然的に、能力者狩の異名を持つ「タランチュラ」を選択した。

 それが、自分の生きる道だと

 その為に幾人となく犠牲にした

 何のためらいもなく・・・

そして、今再び選択を迫られているような気がしていた。

『このまま偽善者のように歌手を続けていいのか。それともこのまま殺人鬼のようにタランチュラを続けて行くのか』

今の司には、自分の意志を出す自由がある。

それは全て、亮が与えてくれた。

あの時の亮の悲痛な叫び、自分の名を呼んだ、亮の叫びが忘れられない。

何故、亮太郎に抱きかかえられ、亮の前から去ったのだろう。

今再び、「しがらみ」という名の鎖が巻きつこうとしていた。


「うわーっ、やめろーーっ!!」

思わず、頭を抱えて絶叫してしまった。

がくっと、膝を付き、はぁっはぁっと肩で息をする。

 その時、部屋のチャイムが鳴り、ポーターが荷物を運んで来た。

その夜、司は部屋の片隅でコートも脱がず、膝を抱えたまま一晩中起きていた。


 翌朝、窓から射し込む明りに立ち上がって外を見ると、明るい灰色をした空から細かい雪が、ちらちらと舞っていた。

 とても静かな朝だ。

突然、静けさの中を電話の音が破った。

ビクッとして見つめていたが、そっと受話器を取り上げると耳に当てた。

「お早う、具合はどう? これから朝食行くけど」

紀伊也が気遣って内線を入れて来た。恐らく他の三人は、時差と昨夜の外出の疲れで、まだ寝ているのだろう。

「うん、行く・・・、うん、今から行くよ」

特に朝食が食べたい訳ではない。早くこの部屋から出たいのだ。

昨夜も出ようと思えば出られたのだが、何か見えない鎖でつながれているかのように、動く事が出来ないでいた。

「司、何かあった?」

昨夜、ロビーで別れた時と同じ格好で、しかもコートまで羽織っている司に、紀伊也は驚いた。

いの一番にシャワーを浴びないと気が済まない筈なのに、今朝は髪も濡れていないどころか着替えた形跡すらない。それより顔色は青褪あおざめ、目の下には微かにクマまでできている。

とても穏やかとは言えない。

「ちょっと、寝ていた方がいいんじゃない。顔色悪いよ」

それでも強引に歩き出そうとする司の腕を掴んだ。

「コーヒーが飲みたい」

呟くように言うその声は弱々しい。

「それなら運ばせるから、部屋へ戻ろう」

ぐずる司を強引に連れ戻し、部屋へ入った紀伊也は愕然とした。

 何一つ触った形跡がないのだ。

スーツケースは部屋の中央で運ばれたままの時と同じ状態で置かれ、テーブルに乗ったフルーツと皿はそのまま綺麗に並べられたまま、ベッドもシワ一つないシーツがそのままの状態であった。

「寝てないのか?」

恐る恐る振り向くと、俯いて立っているがその表情は段々とこわばっていく。

「ほっといてくれないか」

「え?」

「ほっといてくれ、と言っているんだ」

司の声は苛立っているが、微かに震えていた。

「分かったけど、夕方から撮影だよ、いい?」

「あ・・・」

 撮影、その言葉に思わずためらった。

自分はジュリエットの光月司としてここに来ているのであって、タランチュラとしてここに居る訳ではない。それは解っていても、この部屋でのあのまわしい出来事が、記憶としてよみがえって来る。


 ******


 10年前


 その時まで、自分は男として育てられ、あらゆる教育を身に付けさせられてきた。そして、自分の特殊な能力を使い、父や兄を助けて来た。それが突然、自分は女である事実を突きつけられ、選択を迫られた。

操り人形のように生きて来た司にとって、初めて意志を出す事の出来る機会だったが、それは『生か死か』その二つの内のどちらかを選べという事だった。

当然、生きる事を選ぶしかなかった。

 いや、選んだのだ。

死にたくはなかった。

直接、手を下した事などないが、多くの者を死に追いやった。

タランチュラの毒牙に殺られた彼等の死顔は、無様ぶざまだった。

ああはなりたくなかったのだ。

 あの時、亮太郎にまさぐられた手の感触に再び襲われた。

背筋にひるでも這っているかのようにゾッとし、思わず体を抱き締めた。


「司、大丈夫か?」

紀伊也の声に、ハッとなった。

額からは汗がにじみ出し、小刻みに震わせた体から漏れる息は、徐々に荒くなって行く。

紀伊也に促されてソファに座り込むと、天井を仰ぎ見て一つ大きく息を吐いた。

「紀伊也、悪いけど、一人にしてくれないか」

目を閉じて大きく息を吸ったり吐いたりしている司が心配だったが、コーヒーだけ運ばせると黙って出て行った。



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