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第十章・一日(二)


 ライブが始まって1時間程経った。

ステージは異様な盛り上がりを見せている。会場の観客も、熱気と興奮の渦に呑まれていた。

 曲が終わり、ステージの中央にスポットが当てられると、いつものトークタイムに入った。

椅子を二つ並べて司と晃一が漫談に入る。これが結構ウケがいいのだ。時にヒートアップし、二人でケンカ腰になると、メンバーが止めに入る事もある位だ。

 まず司は、今日の昼食に飲茶が食べられなかった事を話題にし、二人で盛り上がった。何の変哲もない事を話題にし、二人で盛り上げて行くと、会場は一気に笑いに包まれる。 司も晃一もそれが楽しくて仕方がない。

他の三人は、その場を二人に任せて楽屋へ戻り、一服すると衣装を着替えた。

 司は解放的なスタジアムを視線で一周した。 

その時、不意に何処かで、何かが光ったような気配を感じ、朝目覚めた時の嫌な気分に襲われ、不安を覚えた。

 トークが終わり、ステージの灯りが消えると、一瞬神経を尖らせ、ステージを後にした。

晃一は、司が急に神経質になったのを感じた。

「司、どうした。まださっきの事、気にしてんのか?」

開演前の出来事を思い出す。バラの花束を踏みにじった司の姿が忘れられない。

「いや、何でもない。・・・電話・・・」

 そうだ、朝の電話! あれだ。 咄嗟にそう思った。 あれは、これから何かが起ころうとしている予告の電話だったのだ。

「電話? 電話がどうかしたか?」

「あ、ああ? 何でもないよ」

気付かれないよう、笑って誤魔化した。

「変なヤツだなぁ、ったく・・・」

晃一はてっきり秀也の事を気にしていたのかと思い、それが違っていたのを知ると安心した。


 二人が楽屋に戻ると、既に三人は着替えを済ませ、スポーツドリンクを飲みながらタバコを吸っていた。

司は珍しく皆に背を向けて、汗だくになった黒いブラウスを脱ぎ捨てると、タオルを肩に掛け汗を拭った。

『そろそろ終わりにしよう、タランチュラ』最初にあの男はそう言った。

 何を終わらせるというのだろうか・・・

そして、『もう、終わりにしよう』次にそう言った。

二回目のあの言葉に、司は自分自身に言っているような気がして、ゾッとしたのだった。

 確かに、もう終わりにしたかった。

少し疲れて来ていた。

もうこれ以上誰も苦しめたくなかった。 終わりに出来るものならそうしたい・・・。

そう思うと、急に切なくなり、それを悟られないようにドリンクを一気に飲むと、白いブラウスに着替えた。


 メンバーは、思わず司の背中を見つめていた。

久しぶりに見た肩が、一段と痩せ細ってしまったかのように、か細く見えた。

無理もない、つい先日栄養失調で倒れたばかりだ。

そうなるまで神経を使っていたのだ。彼等に言わせると、神経を使わせていたのだ。

全てを司に任せてしまっていた。こんな細い肩に頼っていた自分達が情けなかった。今はせめて自分達のやれる事をやるしかない。皆そう思っていた。

 特に紀伊也は、昨日司が帰り際に、妙に沈んでいたのが気になっていた。秀也が結婚の事を考えているのではないかと、冗談交じりに言った事がいけなかったのか、それを思うと少し後悔したりもした。

着替えを済ませた司が不意にこちらを向いたので、メンバーは慌てて視線を逸らせた。

 ん? 一瞬皆の視線を感じたが気のせいかと思い、気を取り直してドリンクを飲み干すと、皆を見渡した。

「さて、行きますか」

デザインは違うが、五人は白いシャツに、黒い皮のズボンで統一されている。

皆、司を見て頷くと、ステージに戻った。


 ******


 晃一のスティックの合図で曲が始まった。

司は先程感じた所を探しながら歌い、踊った。

 - ちっきしょう・・・、何処にいる!? ヤツは何をたくらんでやがる・・・っ。

ナオに絡みながら、辺りを注意深く見渡す。

 

 っ!?  殺気!!


確かに感じた。

そちらに視線をやり、集中させると、遠くで何かが光った。

ステージは昼間のように明るい。


 - これでは完璧な的だな。狙いがオレなら、メンバーに危害がかからないように動くしかないな。・・・さあ、どう撃って来る!?


狙撃されて、ける自信は充分にある。

仮に避ける事が出来なくても、右手首のブレスレットに当てさせればいいだけの事だ。それで騒ぎは防げるし、もし第二波が来そうになっても、その時ヤツは既に動く事が出来ないだろう。

 全ては司の計算通りだった

しかし、司が動いても、照準の動く気配がない。


 - おかしい、狙いはオレじゃないのか?


少し焦った。

誰を狙っているのか、ステージを見渡した。

司の動きに、紀伊也が微かに気付いた。

司から殺気を感じて一瞬今朝目覚めた時の嫌な予感が走ったのだ。

 司は、ふと後ろに下がった。 

ギターのソロで、秀也が前に出て来たのだ。

その時司は確かに感じた。


 狙いは秀也だ!!


「秀也っ!!」

司が走り出すのと同時に、引き金が引かれた。そして、秀也が突き飛ばされるのと同時に、司の右腹から血が噴き出した。


 ギィーーンッ・・・・


ギターの音が弾け、晃一のスティックが止まった。

一瞬、何が起こったのか分からない。

晃一もナオも紀伊也もスタッフも全員、倒れた秀也と、ステージの中央に立ち尽くす司を見ている。

会場も静まり返り、ステージの上のスクリーンに映し出された司の姿に、皆、凍りついている。


 散・弾・・・!?


そう思った瞬間、ぐっと前のめりになり、体の中で弾け、溜まっていたものが一気に沸き上がり、口からどっと噴き出した。

あっという間に白いブラウスが、赤い血で染まって行く。

 狙いは、こ・・れ・・か・・っ!?

何とか両脚で踏ん張っていたが、後から後から溢れて来る血に、むせ返ってよろけると、そのまま倒れ掛かった。

「司っ!!」

瞬時にして紀伊也がキーボードを飛び越え、司を抱きかかえた。

それをきっかけに、止まっていた時間が動き出す。

晃一が駆け寄り、ナオもベースを放り出し、側に寄った。脇からはスタッフが慌てて出て来るとメンバーを囲む。

秀也は倒れた体を起こし、ギターを体から外すとその場を動く事が出来ず、紀伊也に抱きかかえられている血にまみれた司を見ていた。

 不思議と秀也の周りは静かだった。まるで夢を見ているかのように自分の目の前で起こっている事が理解できないでいる。

「司っ!!」

紀伊也が、晃一が、ナオが口々に司の名を叫んだ。

「おいっ、スクリーンを消せ!」

ナオがスタッフに怒鳴った。 どうしていいか分からず、あたふたするスタッフに指示を出す。

「止血する」

紀伊也が冷静に言った。

「ナオ、タオルを取ってくれ。それからお前らの袖を取って、一本につなげてくれ。晃一、秀也を頼む」

紀伊也は、茫然自失になりかけている秀也を横目に、晃一に頼んだ。そして、自分の袖を肩から引きちぎると、とおるを呼んだ。

「透っ、透はいるかっ!?」

ステージ脇から慌てて駆け寄って来る。

「すぐボンに電話しろ。状況を説明して替われ」

この状況の中で、異常なまでに冷静な紀伊也に皆従っていた。

ナオから受け取ったタオルを司の腹に当て、自分の袖を巻きつけて行く。

「少し痛むが我慢しろ、止血する」

司に話しかけるとかすかに目が開いた。何か言っている。

「紀・・伊也、ね、らいは、これ・・・だ・・・・っ・・」

再びむせ返って血を吐いた。 紀伊也の白いシャツが、見る間に赤く染まって行く。

しゃべるな、ばかっ」

「ひ、秀也、は・・・?」

秀也のいる方に視線を送ろうとして紀伊也とぶつかる。 こんな時に秀也の心配か・・・。

「心配するな。お前以外、誰も傷ついちゃいないさ 」

少し呆れた様に冷静に言う紀伊也の言葉に、ホッとしたように司は目を閉じた。

紀伊也はナオからつながった袖を受け取ると、司の体に巻きつけ処置して行く。 その手付きは慣れたものだった。

 両腕を露わにした晃一は秀也の所へ行くが、立ち上がりもせず、茫然としている秀也に驚きと苛立ちを隠せない。

「秀也っ!!」

 パシンっ。 頬を平手で殴った。

 !?

ハッと顔を上げると、晃一の心配そうな目とぶつかった。

「しっかりしろっ」

秀也の肩を掴んで揺すると、やっと正気を取り戻したかのように「司っ!?」と叫んでギターを放り出すと、転がるように司の側に駆け寄った。

「司、何だってこんな事に・・・!?」

血にまみれた司は、紀伊也の腕の中で、今にも消えそうだった。





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