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第九章・Ⅳ束縛(ニ)

 ツアーの合間に、アルバムと写真集の発売に合わせた各雑誌の取材に追われ、雑誌の撮影では、相変わらず司と秀也の絡むシーンが多かった。

ある雑誌で激しく絡んだ二人は、久しぶりに秀也の部屋へ行った。

「ビールでいいか?」

部屋へ上がると、秀也は冷蔵庫を開けて、リビングにいる司に訊いた。

「いいよ」と返事が聞こえ、二本取り出すと、扉を閉めてリビングに入った。

「はい」と背を向けた司の肩越しからビールを渡すと、司はそれを黙って受け取った。

「今日も疲れたなぁ」

秀也は、缶のプルタブを引っ張りながらソファに腰を下ろすと、一口飲んで息をついた。もう一口飲むと、缶をテーブルに置き、タバコに火をつけた。

煙を吐きながら司を見ると、缶のふたも開けず背を向けたまま動こうとしない。

「どうしたの?」

「・・・あののこと・・・」

「え?」

呟くように何か言っている司の背中が、急に弱々しく見えた。

「ゆかり、・・・。ゆかりちゃんの事、本気、なの?」

司は、手にした一枚の写真を見つめながら茫然としてしまった。

 緑の中で、彼女が嬉しそうに秀也の腕に自分の腕を絡ませている。秀也は照れたように笑っていた。

その写真の日付は、司の誕生日だった。

しばし、沈黙に包まれた。

「本気なのか、って訊いてるんだ」

振り絞るように言う司が振り向くと、手には一枚の写真が握られている。その手は微かに、震えているようだった。

秀也には分からなかった。しかし、分かっている事はあった。

「分からない・・・。けど、アソビじゃ付き合えない」

「・・・、そう、・・・なら、もう会うのはよせ」

力なく呟くように言っているが、手にしている写真は握り潰されていた。

それを目にした秀也の中の何かに火がついた。

「どうして? 司、お前が言い出したんだぜ、付き合えって。今更何言ってんだよ」

「え? オレ? オレのせいなの? たまにはフツーの女の子と遊んでみればって、言っただけだろ。誰が付き合えって、言ったよ。それに、マジになる事ないだろ」

「バカな事言うなよ、今更・・・」

「今更って・・・。だって、本気じゃないんだろ? だったら今更も何も関係ないだろ」

「本・気、だよ。・・・多分・・・」

秀也はタバコを吸うと、ふうっと一息吐いた。

司は時が止まってしまったかのように、その煙を見つめた。

「な・・に、言ってんの?」

秀也が今、何を言ったのか司には理解出来ないし、それは認めたくはない言葉でもあった。

「ねぇ、秀也、お前疲れてんだろ?ツアー始まってからいろいろあったし・・・」

司は宙を見ながら、秀也が寝言でも言っているのではないかと思った。

「いろいろあったのは、お前だろ」

秀也は灰皿にタバコを押し付けると司を刺すように見た。

その時、あの時の劣等感が秀也を襲う。

「おかしな事ばかり起こってた。しかも普通じゃあり得ない事ばかりだ。それをお前は全て一人で抱え込んでた。俺には愚痴一つこぼさずにだ。それなのに、紀伊也には頼っていた。そうだろ」

「・・・でもそれは、お前らに迷惑がかかんないようにしようと・・・」

「紀伊也にはかけてもか? お前と紀伊也は一体何なんだよっ」

司は戸惑った。 こんな事・・・、秀也がまさか二人の事を疑っているなんて・・・。

しかし、司には言えなかった。 

言ってはいけない事だったのだ。しかし、それこそ今更である。

「別にお前らの事、今更どうこう言う訳ねえけど、俺とは住む世界が違いすぎるよ」

秀也はビールを取ると、一口飲んでテーブルに置いた。

「お前はオックスフォードで、紀伊也はハーバード。それにお前は元華族で世界中に別荘を持つ社長の娘、紀伊也だって、一条グループの御曹司だろ。 俺の所はただの公務員。所詮、住む世界が違い過ぎると、頭ん中の構造だって違うんだ」


 っ!? 


司は思わず手にしていた缶を投げ付けた。

「お前、そんなちっぽけな事にこだわってたのかっ!? 秀也は秀也だろっ! それに、住む世界が違うって何なんだよ。オレ達は今まで一緒にバンドやって来た仲間だろっ。そんな学歴だの家柄だの、こだわって来た事なんか今までに一度だってねぇだろっ。それこそ全く関係のない事だっ」

司は呆れた。秀也がそんな事にこだわっていたとは、夢にも思わなかったのだ。

それにしても、そんな事だけで、秀也がゆかりの元へ行く筈がない。他にも理由がある筈だ。それか、ただそれだけの事が原因で、ゆかりに逃げたくなったのではないだろうか、そうも思った。

それも、ほんのつかの間・・・。

「やっぱり、秀也疲れてんだよ。確かに異常な事ばっかりあったさ。慣れない事が起き過ぎたんだ。 だから彼女のとこに逃げたくなったんだよ。やっぱ、一時いっときのアソビだよ」

司は自分にも言い聞かせるように言った。それが秀也の自分に対する言い訳なのだと。

秀也は黙って司の言葉を聞いていた。

確かに司の言う通り、本当はそんな事にこだわっていなかったし、こだわった事など今までにない。現に、バンドの仲間として対等に五人、皆渡り歩いて来たのだ。しかし、それは仲間としてであって、司を恋人にしている事では違っていた。

それが、此処へ来て急にそう思うようになったのだ。それもゆかりに会ってからだ。

司を受け止め切れなくなって来ていた。

「司・・・」

力なく秀也が呟く。

そんな秀也を愛しむように見ると、秀也は目を伏せた。

「俺、疲れてんのかな・・・」

「そうだよ、だから少し休めよ。それにもう彼女と会うのはやめろ」

その言葉に秀也は目を上げた。

「やめるのは、お前の方だ」

「え・・・!?」

信じ難い秀也の言葉に司は息を呑むと、視線が宙を彷徨さまよったまま秀也を見つめた。

「あいつと居るとホッとするんだ。何もかも忘れられる。温かいんだ。それに、柔らかいし。一緒に居ると、手を引いて守ってやりたくなる」

秀也は自分の両手を見つめた。

「・・・秀也・・・? 守ってやりたい・・・って? ・・・、何なんだよ、それ。オレには一度だってそんな事、言ってくれた事・・・なかった・・・」

秀也の口から初めてゆかりが語られた。


 温かくて、柔らかい・・・。


司は、秀也の口から他の女の事を語られ、異常なまでのショックを受けていた。

「確かにお前はイイ女さ。口は悪いが魅力的だし、可愛いところもある。けど、お前は俺がいなくても一人でやって行けんだろ? 俺が手を貸せば、返って迷惑なんだろ?」

司はもう立っていられない程の衝撃を受けて思わずよろけると、サイドボードに寄り掛かってしまった。

その拍子に何かが落ちた。下を見ると、司がプレゼントした腕時計だった。

「そうだろ?」

秀也が確認するように言う。

「・・・・」

「それが答えだよ。お前には、俺は必要ないんだ」

突き刺すような秀也の言葉が、ナイフのように胸をえぐる。それと同時に急に胸が締め付けられるように痛み出した。

 くっ・・・っ

左胸を押さえた。

息が出来ない。 はぁ、はぁっと呼吸が荒くなって行く。心臓がバクバクと音を立て、今にも飛び出しそうな勢いだ。

 司に背を向けて立ち上がった秀也が、バタンっと扉の閉まる大きな音に振り向くと、そこに司の姿はなく、床には司から貰った時計と、その横に握り潰された写真が一枚落ちていた。


 何処をどう歩いたのか分からない。

途中、何度か倒れそうになって、へいに寄り掛かりながら家まで辿り着いた。

部屋へ入ると灯りもつけず、サイドボードからブランデーのビンを取り出して、そのまま口につけて飲んで一息つくと、崩れるようにソファに腰を下ろした。

胸の痛みをこらえながら天井を見つめていた。

そのうち、目の前が真白になると意識がなくなった。




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