表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/99

第九章・Ⅱ贈り物(五の2)

 

 トゥルル・・・、トゥルル・・・


 晃一の胸から電話の音が鳴った。ソファで横になっていた晃一は慌てて飛び起きると、電話をポケットから取り出した。

 秀也だ。

紀伊也もナオも体を起こして電話を見つめた。

結局三人は事務所で一夜を明かしたのだ。 

晃一が電話に出る。

「もしもし、秀也?」

声が上ずった。 返事をしてくれっ。祈るような気持ちだ。


「・・・もしもし・・・俺・・・」


 良かった・・・

ホッと胸を撫で下ろして、二人に頷いた。

紀伊也とナオは、ハァっと大きな息をついてソファにもたれ込んだ。

「何処に居るんだよっ。心配したんだぞっ、ばかやろうがっ・・・」

恐らく一晩中起きて、待っていたのだろう。 晃一は怒りながらも、安心したような声を出している。それが電話越しに伝わって来る。

「ごめん、心配、かけたよな」

「当り前だっ。お前にもしもの事があったら、司に合わす顔がねぇだろっ!」

「・・・。司は?」

「自分の目で確かめろっ。とにかく早く戻って来い」

「分かった。ごめんよ・・・」

秀也が何か言いかけたが、晃一は電話を切ろうとした。

「司は心配ない。肋骨一本だけだ」

晃一はそれだけ言うと、電話を切った。今、これ以上秀也と話をしたくはなかった。何となく察したのだ。秀也が司ではない、他の女と居る事を。しかし、これ以上の詮索はしたくなかった。

 秀也は電話を切ると溜息をついた。ゆかりを見ると、手には新聞を持っている。

「ごめん、戻るよ」

ゆかりは黙って頷くと、新聞を折りたたんで立ち上がった。

「すぐ、戻りましょう」

 東京へ向かう高速道路では、終始無言だった。ハンドルを握る手にも力が入る。

 司宛に爆弾が送り付けられ、爆発した。

新聞では打撲による重傷となっていた。しかし晃一は、肋骨一本折ったと言っている。

まだ、ツアーも前半だ。

レコーディングも残っている。打撲だけなら何とかなるだろうが、肋骨一本折ったとなるとツアーも延期するしかないだろう。しかし、司の事だ、ツアーの延期という事はまずあり得ないだろう。それにしても、本当に大丈夫なのだろうか。

一人で、あれこれ考えていた。

 ゆかりを家に送り届けると、すぐさま事務所に向かった。

ビルの地下の駐車場には、紀伊也の車の隣に、サーフボードを乗せたナオの車がある。

やはり昨日からずっと事務所にいたのだ。

秀也の足取りは重い。事務所に入ると、皆が一斉に振り向き、晃一・ナオ・紀伊也の三人が駆け寄って来た。 そして、立ち尽くす秀也の頭の先から爪先まで確認するかのように見た。

「無事、だったんだな」

晃一が秀也の肩を叩きながら言うと、ナオも紀伊也も安心したように顔を見合わせた。

「何処に行ってたんだっ、ばかやろうっ!」

案の定、晃一が安心したように怒鳴った。

「お前一人の為にどれだけ皆が心配したかっ! 連絡くらい寄こせっ。それに、司一人に背負しょい込ませて、お前は何やってんだっ!?」

晃一がエラい剣幕で責め立てる。 秀也が死んだかもしれない、と一瞬でも疑い、心配してどうしようもなく不安な夜を過ごしたのだ。

それなのに秀也は、事もあろうか、別の女と一緒だったかもしれない。そう思うと腹が立った。

掴みかかりそうになった、その時

「やめろよ」

聞き覚えのある声に顔を向けると、秀也の肩の向方に司の顔が見えた。

秀也が振り向くと、入口のドアに肘をかけて司が立っていた。右腕は白い三角巾で吊っている。そしてその後方には、黒いスーツを着て黒いサングラスをした体格のいい男が二人立っていた。

「秀也が何しようと何処へ行こうと勝手だろ。それに、オレがいなくなった時には放っておいて、秀也だと責めるのか? ・・・、 それに、オレの事は自分で何とかする。そう言ったよな、紀伊也」

司は刺すように皆を見ると、紀伊也には無表情な冷たい視線を投げつけた。相当苛立っているようだ。

「あ、ああ・・・、悪かった」

タランチュラの苛立った瞳に睨まれたような気がして、紀伊也はためらいがちに目を伏せた。

司はチッと舌打ちし、男達に下がるように顎で指示すると、左手で髪をかき上げながら、皆を押し退けてデスクに向かった。

山積みのメールを早く開封しなければならない。

四人は司のその左手を見た後、息を呑んで司を見送った。

 - 何だ、心配して損した。ちゃんとやる事はやってんじゃねぇか。

晃一は安心したようにナオと紀伊也を見ると、二人とも同じように、秀也の後姿に視線を送った。

秀也は一瞬、自分の目を疑った。

司の左手の中指にリングがはめてある。あれだけ嫌がっていた司が指輪をしたのだ。しかも、並木にプレゼントされたと思われる指輪だ。

秀也はその場に立ち尽くし、司の左手を見つめていた。

そして、その横顔を見ると、その顔つきは苛々しながらも真剣で、包みを手と口で開封していた。時折、顔をしかめながら、左手で右胸を押さえている。

『司一人に背負い込ませて』

さっきの晃一の言葉が秀也を刺す。確かに言う通りだった。

現に自分は、現実から逃げ、安らぎを求めて那須へ行っていた。

秀也の足は自然に司へ向いていた。

隣のデスクの椅子に腰を下ろすと、司の手にしていた小包に手を置いた。

 思うように小包が開封出来ない。昨日のように、おかしなモノが入っていないとも限らない。とにかく急いで全ての中身を確かめなければならない。

司は焦った。しかも左手しか使えないのだ。それにあのSP達だ。彼等がいると何も出来ない。そう思うと更に苛立った。

また面倒臭そうな小包だった。

それを開封しようとした時、手が伸びて来る。

ふと見上げると秀也だった。

余りに苛立ち過ぎていて、秀也が隣に座った事にも気付かなかった。

「手伝うよ」

「・・・、サンキュ」

ほんの少しの間、二人は見つめ合った。

司はふっと、視線を反らせると顔がほころんだ。

 - やっぱり安心する

秀也も同じだったのかもしれない。

 紀伊也達三人が二人を見ると、さっきまで張り詰めていた空気がすっかり和んでいるのが分かる。三人は安心したようにソファへ行き、タバコを吸うと、急に眠気に襲われ、合わせたかのように目を閉じた。


「結構あるんだなぁ。これ、一人でやってたの?」

大方開封し終えて、感心したように言う秀也を、呆れたように睨んだ。

「いい気なもんだぜ。ったく」

今日は何もなかった。

ホッと一安心すると、肩から背中へかけて痛みが走る。痛み止めと緊張のせいもあり、感じていなかった打撲の傷がうずいたのだ。

「そう言えば司、メシは?」

秀也は昼前に事務所に着き、朝食も途中で放り出して来たので、急に空腹を覚えた。時計を見れば3時を回っている。

「気持ち悪くて、食う気しねぇよ」

額からは冷汗が出て来る。吐き気も感じて、必死でそれをこらえている。

「大丈夫か?でもなさそうだな。家まで送るよ」

そう言うと、抱きかかえるように立ち上がった。それを見ていたSPの一人が足早にやって来ると、司に手を差し出そうとしたが、司はそれを払い除けた。

「もういいから帰れっ。お前等がいると何もできねぇんだよ。帰って親父に伝えろ、自分の身は自分で守る、とな」

そう言うと睨み付けた。

「いいのか?」

秀也が心配になって訊く。

「いいんだよ。逐一ちくいち、親父に報告されるんだ。たまんねぇよ。それにガードなら他を雇う」

忌々しそうにSP二人を手で追い払った。 二人は黙って従うしかなかった。

 秀也は司を車に乗せると、マンションまで走らせた。

今朝まで隣にはゆかりがいた。

今は司がシートを倒して、ぐったりと座っている。

 額に当てた左手の中指が気になった。信号で車が止まる度に、視線を送った。

司は何となくそれに気付いて、車が走り出す度に、ちらっと片目を開けて、秀也の横顔を見ていた。

 部屋へ入ると秀也はリビングの入口に立ち尽くし、唖然としてしまった。

ピアノの上や周りの床には、いくつもの譜面が散乱している。ソファの上には、ギターが二本横になっており、一本は立てかけてあった。

司は慌ててそれらを左手で拾い始めた。

「なかなか上手く行かなくてさ。やっと、少し慣れ始めたんだ。この分じゃ、レコーディング、ギリギリになっちゃうな。・・・ごめん」

かがんだ拍子に膝が胸にぶつかり、思わずうずくまってしまった。

「・・・っつぅ・・・」

「大丈夫か?」

秀也が代わりに拾い始めた。そして、そろえるとピアノの上に置いた。

ギターをソファからどけて、立てかけると司を座らせ、自分も隣に座った。

思わず、左手を取って中指を見つめた。司はそれをすっと引っ込めた。

「ファッションリングなんだってさ。あいつにもらったんだ」

「え? だって、お前・・・」

「うん、そうだよ。お前にもらったの、失くしたくなかったから」

隣に居る秀也を見上げると、左手をかざした。

「でも、何かいいなこれ。たまたま貰ったのがあいつだったけどさ。結構気に入っちゃったよ。・・・ねえ、秀也・・」

もう一度秀也を見上げる。

「今度、買って」

ねだるように言うと微笑んだ。

「いいよ。じゃ、明日行こっか。誕生日プレゼントに」

秀也も嬉しそうだ。

「それは要らない」

「どうして?」

「誕生日プレゼントは、ゆかりと買いに行くつもりだったんだろ」

少しふくれながら言うと秀也は黙った。

「そうだなぁ、クリスマスプレゼントにしてよ。そん時に、誕生日プレゼントとしてもらうよ」

意地悪そうに秀也を見ると、ニッと笑った。そんな司に秀也は苦笑してしまう。

 - まったく・・・、ガキだな

いつもの事ながら、司にはお手上げだ。

他人の前では決して見せない甘えた姿を、秀也の前だけでは見せた。

そんな司が秀也はやはり愛しい。

「司」

 ん? 一瞬、真面目な顔をした秀也に不安になる。

「お前の事、愛してるから」

「え?」

「お前の事、愛してるから」

もう一度、秀也は自分自身にも確認するように言った。 が、司は目を反らすと、下を向いた。何となく怒っているかのようだ。

「どう、した?」

今度は秀也が不安になった。

「改まって言われると、照れるだろ。ばぁか」

司は照れ笑いを浮かべると、下を向いたまま泣きそうになってしまった。

今一番、秀也の口から聞きたかった言葉だった。

本当はツアーの間中、不安で不安で仕方なかった。ステージに立つ事で、何とか誤魔化していた。曲がなかなか出来ないのも、そのせいもあった。

しかし、今それを聞いて、司の中に絡まっていた鎖が、一つほどけて行くようだった。

 司は立ち上がると、ピアノの上の譜面を取りに行き、ソファに再び座った。

その中から数枚選んで抜き出すと、秀也に渡した。

「ねえ、これ弾いてみて。この体じゃ、オレ弾けないから」

O.Kと言いながら立てかけてあったギターを手に取ると、足を組んで、その上にギターを抱え、譜面を見ながら弾き始める。

司は秀也のギターを聴きながら目を閉じた。

 - やっぱりこの音だ。 オレには秀也しかいない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ