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第九章・Ⅱ贈り物(五)


 昼のニュースが始まった。トップの見出しは、先程の爆発事件だった。

『今日、午前10時30分頃、東京都港区内にある人気ロックグループ・ジュリエットの事務所に・・』

 え? 

自分達の事が放送されているのに、ナオがテレビに目をやった。そして、晃一を呼ぶ。

『爆弾が爆発し、ボーカルの光月司さんが重傷を負いました・・・』


 え!? 


二人は顔を見合わせるとテレビに釘付けになった。

ブラウン管の中には、見覚えのあるビルと公園が映し出され、公園の周りや中は、警官や人でごった返している。

『繰り返します。今日午前10時30分頃・・・』

「ちょっ、晃一っ、どういう事!?」

「知らねェよっ! とにかく電話っ」

晃一は慌てて自分の体を触ったが、上半身裸で海水パンツ一枚でいる自分に気が付いた。ナオを見れば同じ格好だ。

「車ん中だ・・」

二人は呆然と顔を見合わせたが、ふと見ればレジの横に電話がある事に気付いた。

「ちょっと、おばちゃんっ、電話借りるよ」

了解も得ずに受話器を取ってダイヤルを廻した。

「もしもし・・・っ、俺、晃一だよっ。どうなってんだよっ・・ え!? うん、テレビで・・・、 紀伊也? ・・・代わって」

「晃一っ!?」

ようやく一人と連絡が取れた。しかも、晃一からかけて来たのだ。

 無事か?

「どうなってんだよっ!? 爆発って!? 司は!? 重傷ってっ」

思わず店中に聞こえる程の声を出していた。昼時で店の中は混んでいる。

一斉に、奥のレジの横に立っている二人に視線が集った。

「とりあえず詳しい事は後だ。それよりお前は無事か? 他のヤツは?」

「ああ、ナオが一緒だ」

「って事は、海か・・・」

「ごめん」

「いいよ、それより近いのか?」

「ごめん」

「とにかく悪いが、すぐ戻って来てくれ。・・・、それより秀也も一緒なのか?」

サーフィンなら三人一緒の筈だ。

 オフだから誰が何処で何をしようが自由だが、とにかく今は居場所が知りたかった。司の為にも三人の無事を確認しなければならない。

「いや、ナオと二人だよ。秀也なら司と一緒じゃねぇのか?」

「え?」

「昨日、誕生日だろ。アイツの」

そう言えばそうだが、事務所には秀也はいなかった。それにスタッフも懸命に連絡を取ろうとしているし、司も秀也の事を心配していた。

「いや、いないよ。天気もいいから海かと・・・」

晃一も一瞬怪訝(けげん)な顔をしたが、もしかしたら一人で、何処か他へ行っているかもしれない、そう思った。

「分かった。秀也の事は何とかこっちで探してみる。とにかく今から戻るから待っててくれ。・・・司は?」

もう一度訊いた。

「心配ない。肋骨一本だけだ」

「そっか、・・・わかった。じゃ」

晃一は受話器を置くと、店員に礼を言って店を出た。二人は立てかけてあったサーフボードを抱え急いで車へ走った。


「チッ、何だってこんな時に渋滞なんだよっ」

高速道路を東京方面へ走らせていたが、突然目の前に車の列が見えたかと思えば、動かなくなってしまったのだ。遠くに電光掲示板が見えた。

「ケっ、事故かよ・・・。ついてねぇな・・・」

忌々しそうにダッシュボードを蹴った。

「それより秀也の方はどう?」

ナオがハンドルを握ったまま晃一に向いた。

「ダメだ、手当たり次第かけてはいるんだがな、つかまらねぇ」

晃一は秀也が行きそうな海の近くにある店や知り合いに電話をかけまくっていたが、誰も秀也を見た者がいなかった。

「ったく、何処行ったんだ」

吐き捨てるように言うと、セカンドバッグから手帳を取り出し、たまにしか行かないような海にまで電話をかけはじめた。

 晃一とナオが事務所に着いた時には、既に公園の中はいつものように静かだったが、ロープが張られ、その周りを警官と報道記者達が埋め尽くしていた。

夕陽が眩しくビルを照らしている。

地下の駐車場に車を入れると、フェラーリが停まっていた。まだ紀伊也は居るようだ。

事務所まで走って行った。

部屋へ入ると、警官が何人かスタッフと話をしており、奥のソファには紀伊也が一人、タバコを吸いながら頭を抱えていた。

「遅くなったな」

その声に顔を上げると晃一とナオが立っていた。

 何事もなかったようだ。

ホッとして、一息つくと、安心したようにソファにもたれた。

「どうなってんだよ」

晃一は、安心したようにソファにもたれた紀伊也に、少し苛立ちを覚える。

「それより秀也は?・・・・・、そっか」

紀伊也は黙って首を横に振るナオを見てがっかりすると同時に不安になった。

 司が狙われているのは確かだった。そして、メンバーの中でも最も仲の良い、いや、秀也は司の恋人だ。その秀也が狙われない筈がない。

晃一とナオは、紀伊也から3つの箱の件を聞いて青ざめて息を呑んだ。

 まさか、もうすでに・・・!?

三人は同じ事を考え顔を見合わせると、ソファに崩れるように座った。

 暫らくして、司に付き添っていた宮内が戻って来ると、入って来るなり紀伊也の所へ一直線に向かって来る。

紀伊也の前まで来ると、そこに晃一とナオが居るのを見て、ホッと胸を撫で下ろした。

「どうだった?」

紀伊也が宮内をいたわりながら訊く。

「とりあえず、今日は安静に、という事でした。ガードの方も家の方から来たみたいで、大丈夫そうです」

「そっか、なら、心配いらないな」

光月家から派遣されたボディガードなら心配はない。恐らく司専属だろう。

「それより紀伊也さん、司さんが秀也さんの事を・・・」

「分かっているっ!」

紀伊也は苛立って怒鳴った。が、気を取り直すと

「分かっている。任せておけ」

そういつものように冷静に言うと溜息をついた。


 どう任せられればいいんだ

 結局、俺は仲間と連絡を取る事も出来なかった

 秀也の事だって、何処にいるかも検討すら付かなかった

 晃一に任せたのだ。

 しかし、晃一もナオもテレビのニュースを見てすぐ連絡をして来た。

 これだけ報道されればイヤでも耳にする筈だ。

 それなのに秀也は連絡して来ない。

 司が心配じゃないのか? しかし・・・

 もし、本当に、何かあったとしたら・・・


紀伊也は青ざめた。もし万が一、秀也に何かあったとしたら、それこそ取り返しのつかない事になる。司に合わせる顔がない。何の為に今まで司の側にいるのか、どうする事も出来ないでいる自分に、苛立ちを感じて責めた。

思わず、ドンッと、テーブルに両の拳を叩き付けると頭を抱えた。

「紀伊也、焦っても仕方ないよ。とにかく待とう。これだけ報道されれば、秀也だってイヤでも目にするさ」

ナオが自分自身にも言い聞かせるように言う。

「でも、もし・・・」

「言うなよ、大丈夫だから・・・絶対にっ!」

晃一が紀伊也の不安を打ち消すかのように言い放った。

「そうだな・・・」

紀伊也は呟くように言うと、冷静さを取り戻すようにタバコに火をつけた。


 ******


 翌朝、秀也は部屋に朝食と一緒に新聞を持って来るよう仲居に依頼し、それを受け取ると、珍しく真ん中のスポーツ記事から読み始めた。

昨日は何となく世間のニュースから目を反らせたくなり、テレビもラジオも付けず、夕刊にも目を通さなかった。

 ゆっくり温泉に浸かり、食事をしたかった。

これだけゆっくりと静かな時間を過ごした事は、恐らく今までにないだろう。

東京に出て来る前に、家族と過ごした日々を思い起こさせた。

あの頃は、ただ漠然と時を過ごしていた。 

何か変化を求めたくて、渦々していた時期だ。しかし家族といる時は、苛立ちを覚えながらも自然な安らぎを感じていた。

 今になればそう思う事が出来る。

そして、司に逢ってからは、毎日が変化に富んでいて、何もかも新鮮で楽しかった。

飽きる事のない生活が続き、一日の時間が足りない程に充実していた。

一日を大切に生きて来た。

 必死で。

それに秀也は少し疲れて来ていた。 

安らぎが欲しかった。司と居ても、安らぎを感じる事はあった。愛していたからだ。しかし今は、それとは違う安らぎが求めたくなった。

そんな時、ゆかりに何処かへ行こうと言われ、急に海ではなく、緑を求めて、ここ那須へ来たくなったのだ。

夏休みという事もあり、小さな温泉宿しか取れなかったが、それが返って良かった。

初めて味わう安らぎに秀也は何もかも忘れた。

 事件を知るまでは・・・

そして最後に、三面記事を開いて折り返し目を通す。


 え!? 


思わず持っていた箸を落とし、ある記事に釘付けになってしまった。

読んでいるうちに、手が震えて来る。

「秀也さん?」

目の前の秀也が、異常なまでに青ざめて震える手で新聞を見ている。

「つ・・司・・・」

そう呟くと新聞を膝の上に置き、顔を上げ目の前に座っているゆかりを見た。

秀也は血の気が引いていくのを感じた。

 俺は何をしているんだ・・・

「どうしたの?」

箸を置いて心配そうに秀也を見た。

「ごめん」

席を立つと携帯電話を持って窓際へ行く。

 窓の外に一瞬目をやると、眼下には緑の木々の絨毯じゅうたんが広がっている。 が、今はその絨毯の上を滑ってでも、一刻も早く東京へ行かねばならなかった。

「・・・もしもし・・・俺」



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