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第九章・Ⅱ贈り物(四)


 翌日、昨日やり残したメールの開封をする為、事務所を訪れると、スタッフが気の毒そうに司を迎えた。

「どうしたの?」

あれ、とデスクを指差す。ん?近づくとア然とした。

「何これっ!? 増えてるじゃんっっ!」

更に小包が山のように積まれている。

 昨日の誕生日に合わせ、今朝になって更に配達されて来ていた。中にはクール宅急便まである。とにかくそれは急いで開けた。中は何と、アイスクリームだ。呆れてスタッフに冷蔵庫へ運ばせる。更にはケーキ屋の包みまである。それらは開封するまでもなく、スタッフに突きつけた。

 一時間程で食べ物関係の開封が終わると、甘ったるい匂いで少し気分が悪くなって、タバコに火をつけた。一服吸ってデスクをけて煙を吐くと、横目で小包の山を見てうんざりした。

「仕方ないですよ。誕生日だったんだから」

透が司の肩を叩いてなぐさめた。 司は、はぁと溜息をつきながら、左手で髪をかきあげた。

「あれ、珍しい・・」

 ん? と透を見ると、司の左手を指している。中指には、リングをはめたままだった。

「ん、ああ・・・これね。いいでしょ」

少し戸惑ったが、おどけて左手をかざす。

と、その時デスクの上の電話が鳴った。

透が受話器を取ろうとしたが、何か嫌な予感が走り、司が受話器を取った。

「もしもし・・・」

「光月司か」

やはりあの男だった。 瞬間、司の目が険しくなる。

「夜の海には気を付けた方がいいな。魂を吸い取られてしまうぞ」

 !? ・・・っ

司は血の気が引くのを感じた。

  見、られた・・・

  あの男は何処かで見ていた・・・オレと並木を・・・

思わずタバコを落としそうになって灰皿に押し付けた。

「ところで、私からのバースデープレゼントは受け取ってもらえたかな?」

「何っ!?・・・」

「あっ・・ と。タランチュラはただのプレゼントだよ。勿論もちろん、気に入ってくれたと思うがね」

司は、慌てて小包の山をあさった。リボンのかかっているものいないもの、どれかれ構わず投げ捨てて行く。そして、白い包装紙に包まれた箱を見つけた。

 間違いない! 

それを手に取った。

「今度はもっと気に入ってもらえると思うがね・・・・タランチュラ」

そう言うと電話が切れた。司は受話器を乱暴に置くと、デスクの上の包みを全て床に放り棄てた。

周りにいたスタッフは全員驚いて司に注目している。

 司は青ざめてその箱を見つめている。

肩で息をしているかのようにも見えた。

少し震える手で、慎重に包みをがす。蓋を開けると同時に時計の針の動く音がした。

 プ、プラスチック爆弾・・!!

司は自分の目を疑った。

五色の線に囲まれて、爆弾が仕掛けられている。この大きさでは半径30メートルは吹き飛ぶ。

デジタルの時計が5分を切っていた。

「爆弾だっっ!! 爆発するぞっ!」

叫んで箱を両手で抱えた。

 えっっ!? 

全員が立ち上がって息を呑んだ。が、仰天して体が動かない。

「公園で爆発させる! 透、来いっ。宮、平沼、お前らも来いっ。公園にいるヤツらを避難させろっ!チャーリーっ、紀伊也を呼べっ。それから竹宮に連絡させろっ! あと、他のヤツらと連絡を取ってくれっ! 行くぞっ」

そう叫ぶと、箱を抱えて飛び出した。後から透をはじめ、スタッフの何人かが、慌てて飛び出して行った。


 その日の朝、紀伊也は何となく司が気になって家を出ると、車を走らせ、事務所に向かっていた。

ビルに入ろうとした所で、携帯電話が鳴った。とりあえず地下の駐車場に車を入れた。

それと入れ替わりに、ビルから箱を抱えた司と、その後からスタッフが飛び出して行った。

公園に入ると

「爆弾だっっ!! 爆発するぞっ! 皆、公園から出ろーーっっ!!」

と大声で叫んだ。

 公園の中は午前中の日差しの弱い時間を狙って、小さな子供連れの親子達でにぎわっていた。隣接するビルが芸能事務所だという事もあり、いつか誰かに会えるだろうと、密かな期待を寄せた母親達がそれなりに着飾っている。夏休みという事もあり、学校のない小学生達までも母親に連れられて来ていた。

そこへ、数人の男達が血相を変えて、『爆弾だ! 爆発するぞ! 逃げろ!』と叫びながら、公園に飛び込んで来たのだ。皆、始めは何事かと思ったが、我に返ると、『爆弾』!? この二文字に、混乱を期してしまった。

公園はパニックになった。


とにかく公園から出ろっっ!! 


司達は、声の限り叫んだ。 透はじめ、スタッフも皆を公園から避難させる。

司は辺りを見渡し、ここが公園の中央だと判断すると、そこへ箱を置いた。

中の導火線を念入りに調べる。

五色のうち、どれを外せばいいのか・・・。冷静に考えたが、あの男がこれを何処かで見ているかもしれない。そう思うと、焦ってどれなのかえなくなってしまった。

「司さんっ、早くっ! 離れてっっ!!」

透が遠くから呼んでいる。他のスタッフも、皆を公園から出して、司を大声で呼んでいた。

「あ、あと30秒っっ!?」

目を見開くと、急いで透の側に走り込んだ。

と、その時

「キャーーっ、ケンちゃんっっ!?」

女の悲鳴が聞こえた。 ハッと向くと、箱目掛けて小さな男の子が走って行く。


 っ!!? 


全員が目を見張り、そして顔を背けた。

「ばっかやろ・・・」

透は隣で司の呟く声を聴いた。

次の瞬間ハッと向くと、何かの影が隣から飛び出して行った。


 紀伊也は地下の駐車場の車の中で電話を取った。

「え? 爆弾・・?」

チャーリーの声が、上ずっていて何を言っているのか解らない。とりあえず、司が爆弾を抱えて公園に行った。それだけは解った。 何か他にも言っているが、構わず電話を切ると車のキーを抜き、車から出て急いで駐車場を駆け上がった。

ビルを出て公園の方へ曲がると、人だかりが公園の中に釘付けになっている。皆、母子おやこ連れだった。

男が数人、公園に向かって何か叫んでいる。見ると、見知った顔だ。

その内の一人は宮内だった。

一瞬、静まり返り、キャーっという女の悲鳴と同時に


 ダッーーンッ!! 


という爆発音が響いた。

驚いて公園に走った。


 透は、自分の体から血の気が失せて行くのが分かった。

隣に走り込んで来た筈の司が、目の前から消えていた。そして、振り向こうとした瞬間に爆発が起き、公園の中央で砂が巻き上がった。

 暫らくして風が吹き、静まり返った公園を、そよそよっと揺らした。

舞い上がった砂や土埃が、地面に静かに落ちて行く。

目の中にも少しほこりが入り、こすった

ぼやけていた視界が開けると、公園の中央には何もなかった。

視線を移すと、数メートル離れたベンチの足元に、誰かが何かを抱えてうずくまって倒れている。

「つ、司っ!?」

立ち上がった透は、その服から司である事を確信して青ざめた。

 ま、まさか・・・ !?


 子供が、爆弾目掛けて走って行く。あと数秒しかない。「ばっかやろ・・」呟くと同時に瞬時に移動し、子供を小脇に抱えて地面を蹴った。その瞬間耳元でもの凄い炸裂音が響いたかと思えば体が宙を舞い、爆風で吹き飛ばされた。体制を整える事も出来ず、子供だけは何とか自分の胸の中に抱きかかえた。

 っ!! 

次の瞬間、背中から肩にかけて衝撃が走った。それと同時に、胸にも衝撃が走る。

 くっ・・・・

思わず腕に力が入り、子供を抱きかかえていた事を思い出してふと見れば、自分の胸の中で放心状態だ。

こちらを見上げた。

 ホッ、無事か・・・。 思わず微笑むと子供も笑った。

「ほら、・・・行けよ」

腕を離し、子供の肩を起こす。

子供は司の胸に手を付いて、立ち上がった。

 つっーっ・・・ !! 

衝撃が襲い、思わず手で胸を押さえた。一瞬子供は司を見下ろしたが、笑顔を浮かべると走り去って行った。

「ママーーっ」

我が子の声が聞こえ、恐る恐る顔に当てた手をどけると、自分の子がこちらを目指して笑顔を浮かべながら走って来る。

「ケ、ケンちゃん!?」

一瞬、夢なのか疑ったが、真っ直ぐに自分を目掛けて来る子供に走り寄ると、力いっぱい抱き締めた。

 

 紀伊也が公園に着くと、透の悲痛な叫びを聞いたような気がした。

隣で女性が一人顔を手で覆い震えている。「ママーっ」という声がし、見ると、男の子がこちらに向かって走って来る。女性は顔から手を下ろし、子供の名前を呼んで走り寄ると抱きしめた。

 そして、その向方に視線を送ると、ベンチの下で胸を押さえうずくまって倒れている司を発見した。

「司っっ!?」

紀伊也は母子の横をすり抜け、司の元へ走った。

「司っ!しっかりしろっ、何があった!?」

 くっ・・・ と顔をしかめながら目を開け、体を起こそうとしたが激痛が全身を走る。

 つぅ・・・っ

「・・・っきしょう・・・」

何とか紀伊也に支えられながら起き上がった。

「司さんっっ!!」

透も他のスタッフも駆け寄って来た。

「心配するな。大丈夫、だから・・・つっ・・」

立ち上がろうとして更に胸に激痛が走った。

 っく・・・、折れてやがる・・・

その時、サイレンの音が響き、公園の外がざわついた。パトカーと救急車が一台到着した。警官が車から出て来て、公園の周りの人垣を押し退けて入って来ると、一層物々しくなった。

「怪我人は!?」

救急隊員が担架を持って現れる。

紀伊也に抱きかかえられて、辛うじて立っている司を見つけると、公園の中央に走って来る。警官も一緒だ。後から数台のパトカーが到着した。バタバタっと車の扉の音がし、中から大勢出て来ると、公園の周りを固め、すぐさまロープが張られた。

「子供を・・」

司が顎で指す。

皆がそちらを見ると、先程の母親が男の子を抱いてしゃがんでいる。皆の視線に気付きそちらを見ると、司と目が合った。

「子供を」

もう一度言った。

「何言ってるんですか!?」

透が驚いて言った。 見れば子供は元気そうに母親にしがみ付いている。母親も立ち上がって、子供の手を引くと2,3歩近づいて来た。

救急隊員が到着した。

「子供を連れて行け」

顔をしかめながら彼等に言った。救急隊員は戸惑って司を見る。どう見ても司の方が怪我人だ。

「うちの子なら大丈夫ですから・・・」

母親は皆に囲まれて立っている人物が、会いたかったジュリエットの光月司で、その隣にいるのが、一条紀伊也だという事に気付いた。

「大丈夫かどうかは医者が決める事だ。てめェは医者か」

吐き棄てるように言うと睨みつけた。少し苛立っているようだ。

「でも・・光月さんの方が・・」

「馬鹿野郎っ、母親なら自分の子を心配しろっ。そいつは自分の体の事をわかってんのか!? 何か言えるのかよ。ふざけやがって・・っ。 とにかく、早く子供を連れて行けっ。 検査してもらえっ、その上で大丈夫かどうか判断しろっ」

怒鳴ると、救急隊員を睨んだ。圧倒されて彼等は母子を連れて行った。

司は忌々しそうに彼等を見送ると、チッと舌打ちした。

怒鳴ったお陰で全身に余計な力が入り、再び激痛が走る。

 くっ・・・、 思わずよろけて紀伊也に寄り掛かった。

「大丈夫か?」

宮内にもう一台呼ぶように指示し、司を見るとその額からは汗が滲み出し、胸を押さえて苦しそうだ。

「折れた、のか?」

「ああ・・・、一本な」

スタッフは驚いて司を見る。

子供の体重が倍になって、ベンチに体を打ちつけた拍子にし掛かったのだ。さすがに子供が気になって、自分の体をかばいきれなかった。

「これ位どうってことない・・。それより他のヤツらはどうした?」

紀伊也を不安気に見上げた。

「他のヤツら?」

「あいつ等は無事か!? 晃一は!? ナオは!? ・・・、秀也はっ!?」

紀伊也の腕にしがみ付いた。

青ざめて心配そうに自分を見つめている司に、胸が締め付けられる。

自分の事より仲間の心配をしている。 一昨日おととい、あいつ等の事を見ている余裕がないと言ったばかりだ。

本当は一番心配して、司自身で守りたいと思っている筈だ。

紀伊也は一瞬皆がうらやましく思えた。

司に命がけで守られている仲間を。そして、司にも命がけで守りたいと思っている仲間がいる事に、羨ましく思えた。

 

 自分にはそういうヤツがいるのだろうか。

 よく考えればあいつ等の事だって司程思い入れがある訳ではない。

 それに命がけで守りたいものがあるのだろうか?


とにかく今は司の心配だけでも軽くしなければならなかった。

「あいつ等の事は心配するな。俺に任せろ」

「そうだな、お前に任せる・・・」

呟くように言うとそのまま気を失ってしまった。もう一台救急車が来ると、宮内に司を頼み、透を連れて事務所に急いだ。


 中ではチャーリー始め他のスタッフがあたふたしている。

「チャーリーっ、あいつ等とはどうなってんだっ!?」

珍しく紀伊也が怒鳴った。隣にいた透が驚いて紀伊也を見る。

「そ、それが、まだ・・」

「何回電話しても誰も出ないんです」

他のスタッフも泣き出しそうになりながら受話器を握り締めている。

「あ、あの、竹宮さんに連絡しろって・・・司さんが・・」

誰かが言った。 

 司が?

「ったく、何で早く言わねェんだっ」

吐き捨てるように言うと電話を取った。電話をかけながら透に指示する。

「何とかあいつ等と連絡を取れっ、・・・あ、もしもし、一条だ・・・」

竹宮に事情を話し、ついでにどうなっているか聞くと、電話を切って一息ついた。

 焦っても仕方がない。とりあえず司は無事だ。

紀伊也はポケットからタバコを取り出すと、一本口に銜え、窓際へ行くと火をつけた。

一服吸って窓から下を見下ろすと、道路には報道関係の車と人だかりで埋め尽くされていた。

それに向かって煙を吐く。

「騒ぎになったな・・・」

冷ややかにそれを見つめた。

 

 紀伊也は段々焦って来ていた。

宮内からの連絡では、司は打撲だぼく肋骨ろっこつを一本折っただけで、大事には至らないとの事だった。が、一時間経った今でも、メンバーの誰一人とも連絡が取れない。

晃一とナオの携帯電話は、呼び出し音が鳴るだけだ。

そして秀也の自宅は、留守番電話にもなっておらず、呼び出し音が鳴るだけで、携帯電話は電源が切られていた。


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